第30話の3『目覚め』
「とりあえず、縛り上げておいたが……」
魚人間に脅されているという村の為、魚人間へと差し出す魚の捕獲に名乗り出たのだが……漁に出たヤチャが当の魚人間を捕ってきてしまったのだ。村長からは海に返してくるよう言われたけれど、魚人間が気絶をしている内に海へ流し返したとして、何も事は良い方向には進展しない気がする……。
このまま俺たちが村にいるのを魚人間に見られてしまうと、村人たちが魚人間たちに対して反旗をひるがえしたと思われかねない為、俺たちは近くの山に移動して魚人間をロープで木に縛り付けた。水中でヤチャが勝ってしまうということは恐らく、このまま魚人間が目をさましたとしても問題にはならないはず。うまくいけば事情が聞けるかもしれないと期待し、どう話を切り出すか俺は思案していた。
『それ、魔獣じゃないね!おさかなさん!』
「……え?この人、魔獣じゃないの?」
ルルルの腕についているツーさんが言うところによると、魚人間は魔獣じゃないらしい。これが魔獣じゃないなら、魔獣と普通の生き物の違いとはなんなのか。謎は尽きない。
「う……うう。なんだったのだ……ギョ!お前たち、何者!」
「あ……目をさました。俺はテルヤ。えっと……海に浮いてたから、助けたところなんだ」
「縛られてるじゃねーか!助けた訳あるか!」
なんの作戦も立たぬ内に魚人間が目覚め、ひとまず助けたことにして恩をうろうとしたのだが、確かに……縛り付けているのに助けたもへたくれもない。魚人間はヤチャの顔を見つけると、指さすように長い顎を動かしながら怒りだす。
「その男!その人間に襲われたのだ!縄をほどけ!ぶっ殺してやる!」
「俺様が……最強だあぁぁ!」
気絶する寸前、ヤチャの顔は見られていたらしい。こうなったら誤魔化しも通用しない。村に魚をねだっている事情について問いかけてみた。
「あなたたちは海の中にいるんですから、村の人たちより魚も捕りやすいと思うんですが……どうして、こんなことを?」
「やはり、村人の差し金か!この魚海賊団首領、ギザギザに手を出した罪は重い!」
頭に血が上っているのか、俺の質問には答えてくれない。しかも、彼は魚海賊団のリーダーだという……。
「ギョハハハハ!ギザギザが海にいないことを知った仲間たちが、大挙として陸に押しよせる!今頃、村は血祭り!おしまい!」
「勇者!村の様子を見に行こう!」
「しまった……早く行こう」
そう言いつつ、すでにゼロさんは走り出している。このままでは俺たちのとばっちりで村が壊滅しかねないし……それは絶対に避けたいところである。仙人とルルルにはギザギザの見張りとして残ってもらい、俺とゼロさんとヤチャは村へと戻った。
山の上から見た村は夜だというのに家々の火も消されていて、人の影も見当たらないほどに静まり返っている。みんな、どこへ行ったのかと村の中を探してみると、海の近くにタイマツの灯りが大量に並んでいた。
「なむなむ……天の神、地の神、海の神、我々をお救いたまえ……」
村の船着き場に村人たちが集合しており、カゴに入った魚を前にして村長が念仏のようなものを唱えている。今から魚人間たちが襲来する訳で空気は緊張しているのだが、中には緊張が過ぎてアクビをしている者もうかがえる。
「村長さん。来ました?魚人間」
「おお!勇者君。いつもならば、とっくに来ている頃なのだが……」
村が血祭りどころか、魚を取りにすら来ていないらしい。念のために一時間くらい俺も村長たちと待機していたのだが、待てども待てども魚影の一つも浮かばない。その内、ルルルと仙人が持ち場を離れて村へとやってきた。
「あれ?ルルル。ギザギザは?」
「もういいかなって……」
ギザギザを観察するのに飽きてしまったらしい……もう、来ないな。これ。
「村長……私たち、家に戻っていいですか?」
「そうだなあ……そうだな」
魚人間が来なかったことが気がかりらしく、微妙に落ち着かない様子で村人たちは自宅へと帰っていった。もしかして、これ……誰もギザギザを探してないんじゃないだろうか。そんな予想が脳裏をよぎった上、先程のギザギザの圧倒的なセリフを聞いたせいか、なんだか虚しい気まずさに襲われている……。
「ルルル。誰も来なかったってギザギザに報告しといて……」
「……いやなんよ」
第31話に続く






