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第89話の1『水しぶき』

{前回までのあらすじ}

 俺は時命照也。恋愛アドベチャーゲームの主人公なのだが、なぜかバトル漫画みたいな世界に飛ばされた。仲間のルルルを助け出すべく、四天王クロルの待つ精霊山へ侵入した。そして、今しがたカリスの罠にハマり、ドロドロの魔物たちに追い詰められたところである。

 「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ドロドロの魔物たちは地下で会ったキメラよりも大きく、岩壁を壊すほどの強い力を持っている。バシンバシンと地面を叩きながら、俺を追いつめるようにして暗闇の中をはいよってくる。他に逃げ場はないし……どうしたものか。俺が後ずさりながら考えていると、急に世界は時間を止め、俺の目の前に選択肢が表示された。


 『追いつめられた勇者はどうする? 1・壁の中に入る 2・魔物に向かっていく 3・魔物を濡らす 4・火を起こす 5・助けを呼ぶ』


 選択肢が出たってことは……まだ助かる見込みはあると考えられる。そして、その1つ目の選択肢を見て、俺はキメラのツーさんの能力を思い出した。そうだった……ツーさんがいるってことは、ここの壁も通り抜けできるんだった。すっかり忘れていた。


 敵のアジトに侵入した緊張で冷静さを欠いている点は否めないが、そもそも近頃の俺は他の人に頼りっきりな訳で……これで主人公とは笑いものだ。しっかりしないと。こんがらがってきた自分の思考をシンプルに正すよう努力しながら、俺は改めて目の前の選択肢を見つめた。


 まず、『1・壁の中に入る』は現状、最も助かる見込みが高いと思われる選択だ。ただし、ここへ落ちた際にマップを見た限りでは、俺の背後にある壁を抜けた先には通路などは見当たらなかった。途中でツーさんの力が切れてしまい、壁の中に閉じ込められたりしては命が危ない。


 かといって、『2・魔物に向かっていく』は立ち向かって押し退けられる希望が見えない。それに、ドロドロの魔物は体に高温をまとっていて、触ったら火傷では済まない可能性が高い。武器もない今、俺が敵う相手でないことは容易に想像できる。


 『3・魔物を濡らす』は青のオーブを使えば可能だろうが、そこから出る少量の水で、はたして効果があるのかは不明である。『4・火を起こす』も赤のオーブの力で実行はできるだろうけど、暗闇を一瞬だけ照らす程度の火だ。効果の程は解らない。『5・助けを呼ぶ』も、ドロドロの魔物が放つ大きな声にさえぎられてしまう事だろう。


 「……」


 ……待てよ。『壁の中を通って逃げる』じゃなくて、『壁の中に入る』という言い回しなのは、もしかして引っかけなんじゃないのか?この先に抜けて出られる場所はなくて、だから壁の中に入って敵がいなくなるまでやり過ごす。これが正解なのかもしれない。


 俺の背後にある壁までは少し距離がある。走りながら作戦を伝えれば、ツーさんにも解ってもらえるだろう。冷静に考えて、これが最適解と思われる。行こう!俺は次なる行動を選択した。


 『1・壁の中に入る!』


 「ツーさん!壁の中に逃げます!いいですか!?」

 「う……わかわかた」


 止まっていた時間が動き出す。俺はキメラのツーさんを抱きかかえたまま、背後にある壁へと体当たりする。頭が壁へと入るのを感じ、そのまま体も押し込もうとする。が……なぜか突然、壁から弾き出されてしまった。


 「うわっ!」


 どうしたのだろう。そう疑問に思ったが、腕の中にいるキメラのツーさんを見て、壁から弾き出された理由が頭に入ってきた。ツーさんの体が魔導力車にいた時より、随分と小さくなっている。精霊山へ入る際に力を消耗したせいで、壁の中へ留まるだけの力が残っていなかったのだろう。ここから逃げる事に必死で、そこまでは目がいっていなかった。


 「すみません。ツーさん。気づかなくて……」

 「ううう……」


 俺はツーさんを腕の入れ物に戻し、徐々に近づいてきているドロドロの魔物たちと対峙する。そこで、先程と似たような選択肢が目の前に現れた。


 『1・魔物に向かっていく 2・魔物を濡らす 3・火を起こす 4・助けを呼ぶ』


 今度は『壁の中に入る』がなくなり、時間停止もなしに他の選択肢が表示されている。まだチャンスはある。考えろ……考えろ……そこで、ふと俺はドロドロの魔物と目が合うのを感じた。


 「……あ」


 そうだ。地下で会ったドロドロのキメラたちも、ツーさんの声で俺達に道を開いてくれた。すると、この魔物たちも同じで、俺たちを殺そうとしている訳じゃないのかもしれない。それなら、俺がやるべきことは1つだ!赤のオーブをポケットにしまい、代わりに俺は青のオーブを取り出した。


 『魔物を濡らす!』

 「いけええぇぇぇ!」


 力の限り、俺は青のオーブをしぼって水しぶきを放った。赤のオーブを使っていないので相手の姿は闇に紛れて見えないが、水をあびたドロドロの魔物たちからは蒸気の上がる音が聞こえる。それに加えて、今までとは違う、安堵のこもった声が俺の耳に届いた。


 「あっ……あっ……ああああぁ……」


 確か、地下のキメラたちは体に熱をまとっていなかった。こちらの魔物たちは生まれたばかりだったから、きっと体の熱さに苦しんで暴走していたのだろう。ドロドロの魔物たちが冷水を浴びると、地面を叩く大きな音も聞こえなくなった。もうそろそろいいかな?そう考えて、俺は水しぶきをとめる。


 「あっ……あ……うああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「あ……ごめんなさい」


 水を止めたら怒られた……どうやら、まだまだ冷やし足りないらしい。ご要望の通りに水の振りまきを再開すると、また気持ちのよさそうな声を出して魔物たちは安らぎ始めた。だが……すでに俺はオーブの酷使で意識が飛びそうである。頼む……頼む……早く満足してくれ。


                            第89話の2へ続く

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