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第3話『窮地(もう、何を信用すれば…)』

 《前回までのあらすじ》

 恋愛アドベンチャーゲームの主人公となるべくして育った俺だったが、送り出されたのは何故かバトル漫画っぽい世界であった。運命のペンダントというアイテムを師匠らしき人物から託され、仲間のヤチャと共に行き先の解らない旅へと出た。豚みたいな魔物から逃げのびる形で、今はオトナリの村という場所にいる!


 『この村は気をつけろ』


 という、怪しい文字が部屋のテーブルの表面に刻み込まれている。ベッドで眠っていたヤチャいわく、俺が入室する前に何者かが部屋へと侵入し、この文字を残して窓から飛び出して逃げた……らしい。俺が2階の窓から外をながめていると、部屋のドアをノックする音がし、続けて秘書さんの渋い声が聞こえてきた。


 「なにか事件でしょうか?」

 「え?いえ、連れがベッドから落ちまして……まあ、何もありません」

 「御用がございましたら、私をお呼びつけください」


 それだけ言い残すと、秘書さんの声はドアの向こうから去っていった。俺は秘書さんが入室するのではないかと危惧してテーブルの前に立っていたが、むしろ文字の件は相談した方が良かったかも解らない。


 「テルヤ……ここは?」

 「……ああ。ヤチャは気絶してたから知らないのか。あの後、オトナリの村というところまで逃げてきたんだ」

 「じゃあ、あの敵はテルヤが倒したのか!?」

 「えっと……半ば、そう言って差し支えないかな」

 「……ついに必殺・爆裂拳をものにしたんだな。やったな!テルヤ!」


 一度も聞いた事がない俺の必殺技名をつぶやきつつ、ヤチャは一人で何かを納得している。ここ、オトナリの村について、ヤチャなら何か知っているかもしれない。話を聞いてみよう。


 「この村、ヤチャは来た事あるのか?」

 「一度だけ、おつかいで来た。その時、テルヤもいただろ?」

 「おぼえてないな……」

 「ボクのことも忘れてたし、鍛えすぎて脳みそが筋肉になってきたんじゃないか?」


 むしろ、そのくらい筋肉があったら安心なんだが……ひとまず、この村はヤチャも知っている村らしい。テーブルに刻まれた文字は気がかりだが、今は疲れているから余計なことを考えたくない。もっといえば、この村からも出たくもないくらい先行き不明である。


 「お食事のご用意ができました。一階のリビングルームにてお待ちしております」


 またノックの音がして、秘書さんの声がドアを介して聞こえてきた。泊めてくれるだけでなく夕食まで用意してくれる人たちが、本当に危険なのだろうか?念のため、俺はベッドのシーツをテーブルに被せ、謎のメッセージを包み隠してからヤチャと共に一階へ降りた。


 一階にはトイレとリビング、村長さんの部屋とキッチンくらいしかないようで、廊下にある最も大きな戸口がリビングへと繋がっていた。西洋風の長いテーブルがリビングルームを占領しており、村の人影の少なさの割にイスは15個くらいある。そのテーブルの最も奥に大きめのイスがあり、あれが屋敷の持ち主の席だと思われる。


 「どうぞ。お好きな席へ」

 「あ……失礼します」


 隣のキッチンからメイドさんが現れ、俺たちに席へつくよう勧めている。初めて見るメイドさんの服装には少しトキめいたが、妙齢のレディなわけではなく……80歳は超えていそうな熟女の方であった。


 「なにか手伝いましょうか?」

 「どうぞ。お構いなくおくつろぎください」


 と、俺がキッチンをのぞきこもうとするも、それは秘書さんに引き留められた。お金も払っていない貧乏人だからして、お客様として料理を待つだけ、というのも居心地が悪いのだが……ここはお言葉に甘えてしまってもいいかと思い直した。


 「お部屋はいかがでしたかな。お二人とも」


 秘書さんとメイドさんが順番に料理を運び込んでいる中、さっき屋敷へ招いてくれた村長らしき老人が現れ、部屋の感想を俺たちに求めてきた。部屋の感想を答えようと考え出した矢先、俺より先にヤチャが村長へ挨拶を始めた。


 「村長、お久しぶりです!ヘイオンの村のヤチャです!」

 「ヘイオンの……ほほう。では、君たち二人が勇者道場で修行をし、ペンダントに認められし勇者と?」

 「テルヤが勇者で、ボクは選ばれなかったけど……一緒に世界を救うつもりです!」

 「そちらの方が勇者様でしたか」

 「はい。この度は、あのような大きな寝室を貸していただいて、ありがとうございました……」


 村長がした質問についての返答をフォローしてみたりしている内、秘書さんとメイドさんは最後のメインディッシュらしき皿をテーブルへ置き、そのまま礼をしてリビングから退室した。これにて全ての料理が揃ったとみると、村長はテーブルの最も奥にある大きな席へと腰かけ、手で料理を指し示しながら食事を促した。


 「うちの畑で採れた野菜です。召し上がってください」

 「うわぁ、おいしそうだなぁ!いただきます!」

 「ありがたくいただきます」


 すぐにがっつき始めたヤチャの隣で、俺は初めて見る異世界の料理へと目を向けた。黄色いスープはコーンスープだろうか。表面にマクが見えるほど濃厚だ。サラダには、みずみずしい緑色の野菜がキレイに盛られており、その脇には赤色をした丸い野菜も飾られている。そして、目の前には骨つきの丸い肉。恋愛アドベンチャーゲームの世界じゃあ、こんな漫画漫画したワイルドな料理は出てこないだろう。どれも非常に美味しそうだ。


 ……そうだ。思ってもみれば、この世界に来て初めての食事だ。なるほど。自然と空になった腹も鳴ってしまう訳だ。そう気づいたらいてもたってもいられず、俺は急いでフォークを手に取った。すると……謎の光が窓から飛び込み、食卓の上に吊ってある小さめのシャンデリアが燃えながら落ちてきた。


 一瞬、何が起こったのか理解できなかったものの、呑気に肉をかじっているヤチャの首根っこをつかんで、俺は部屋の隅へと転がり逃げた。


 「な、曲者か!村の衆、追えー!」


 床に散らばった料理とシャンデリアをまたいで、村長が窓から夕闇に向けて叫ぶ。魔物でも村に侵入したのだろうか。そんな心配もあるにはあったが……それよりも、食べること叶わず散乱した料理の数々にショックを受け、俺は思わず悔し涙を流していた。


 「あーあ。こんなに美味い肉なのに、もったいないなあ」

 「ヤチャ……お前ッ!」

 「勇者様は部屋でお休みください。村は我々が見回りをします故、お気になさらず」


 緊急事態に際して、村長は家を出て行ってしまった。俺たちは部屋で待機するよう言われ、まあ……戦いになっても役に立たないし、言われた通りに部屋へと戻った。空腹に無気力がプラスされ、もはや何もする気が起きない。もう起きているのも面倒だと、俺はベッドにダイブしたまま塞ぎこんでいた。


 「テルヤァ……ごめんな。ボクだけが肉にありつく結果になって」

 「どうせ、俺はひもじい思いと共に死ぬんだ……それでいいぜ」

 「……そうだ!これを食べるといい!」


 何か食べ物でもあるのかと、俺はふて寝しながらもヤチャの方をチラ見。すると、やつはポケットから木の実みたいなものを取り出し、それを俺の方へと差し出していた。


 「なんや。これは」

 「師匠がくれたパーフェクトの実というやつだよ」

 「……もらう」


 立派な肉と野菜を食い逃し、小僧がポケットにつっこんでいた実をむさぼる俺。これほど惨めな人間が、他にいるだろうか。いや、いない。


 そもそも、こんなもので腹が膨れるとも思えん……が、これは……意外と美味い。外の殻をかみくだくと、中からプルプルとした、みずみずしい実が出てきた。それを飲み込んだ瞬間、空っぽだった腹がグングンと満たされてくる。不思議と体の痛みすら薄れていくようだ。天にも昇る気持ちだ。心地が良すぎて逆に怖い。


 「……お……おお、おなかいっぱいだ。ヤチャ、これは一体」

 「師匠が言うには、これ一つ食べれば体は万全になり、傷も病も1つ残らず回復するとか。この前、『いざという時に食べなさい』と渡されたのを思い出したぞ」


 絶対、こんなところで空腹をまぎらわすのに使っちゃダメなやつだ……そう思いつつも、腹いっぱいになったことでヤチャへの憤りは消えた。そこへ、またドアをノックする音が聞こえる。


 「先程は晩餐に妨害が入り、大変な失礼をいたしました。お夜食をお持ちしましたので、どうぞ召し上がってください」


 秘書さんが部屋に料理を持ってきてくれたが……もう俺の腹には何も入りそうにない。なんだろう。人生って上手く行かない……。


 窓からは光も見えず、かといって崖が切り立っていて空も見えない。溜まりに溜まった一日の疲れに加え、外の静けさと暗さが眠気を誘う。テーブルに書かれた文字などの検証もしたかったのだが、俺は腹の中に入った実が消化される間もなく眠りについた。ただ、そんな俺よりも気絶したりなんかしていたヤチャの方が先に眠っており、そこは……う~ん。


 それから何時間たったかは解らない。俺は小さく聞こえてくる人の声に起こされた。屋敷の外は暗い。夜は昼間以上に物音が響くのか、家の外で誰かの話し声が聞こえる。こんな夜中になんだろうか……。


 村長たちを起こさないよう忍び足で部屋から抜け出し、一階の玄関をわずかに開けて村の様子をうかがい見た。外には村人たちが集合していて、たいまつの明かりが点々と揺れている。更に顔をのぞかせ、村の門を見る。すると、そこには信じられない姿があった。


 「ミーツ様、よくぞ我が村へ!」

 「ミーツ様!」


 村の入り口には、俺が昼間に戦った豚の化け物がいて、そいつを村の人々が取り囲んでいる。夜遅くに村を襲撃されたのかとも思ったが、どうにも村民たちは歓迎ムードである。すなわち、村は魔王の手にある!ヤバい!俺はヤチャを起こすため、三段飛ばしで階段を駆け上がった!


 「ヤチャ!この村はヤバい!逃げるぞ!」

 「……う……テルヤ」

 「……?」


 ヤチャの毛布をはぎとり、がくがくと揺すってやる。しかし、なぜかヤチャは苦悶の表情を見せながら、ビクンビクンと体を痙攣させている。


 「か……体が、動かない!ビリビリしているんだ!どうしよう!」


 くっ!あの料理に痺れ薬でも入っていたのか!幸い、ヤチャは普通の人に比べて小さいから、こんな俺でも運べる!急いでヤチャを背負い上げ、俺は部屋のドアノブを回そうとする。しかし、なぜに開かない!


 「開かない!どうして!」

 「申し訳ございません。勇者様」


 ドアの向こうから秘書さんの声がする。どうやら、ドアのノブが固定されているらしい。


 「開けてください!どうして、こんなことを!」

 「……この村は魔王軍に支配され、若い女性たちは、つれて行かれてしまいました。勇者様を差し出せば、家族を返してもらえるはず」

 「ミーツ様、こちらに勇者を捕えてございます!」

 「ぶひっ、でかした。この働き、魔王様にも報告してやるぞ」


 まずい!足止めをくらっている内、ブタの化け物の声が廊下の方から聞こえてくる。その次の瞬間、ドアをふさぐ形で室外に置かれていた家具ごとドアが叩かれ、ひび割れたドアの隙間から肉に埋もれた細い目が覗いた。俺は追いつめられるように後ずさりし、ヤチャを背負ったまま逃げ腰に窓辺へと移動した。


 ここは二階だ。所詮は二階の高さ……とはいえ、されど二階の高さ。バトル漫画世界の人々なら大した障害ではないが、俺ならば足を骨折する高さだ。ここはケガしてでも飛び降りるべきか。勝ち目を探して豚の化け物に挑むべきか。俺が戸惑っていると、動けないながらもヤチャが声を発した。


 「……テルヤ!ボクを逆さにして、ここから飛び降りるんだ!」

 「……ええ?」


 なぜか、ヤチャがヤケになっている。ヤチャを下敷きにすれば俺は無傷で降りられる……かもしれないが、それはさすがに後味が悪すぎるだろう……。


 「観念しろぶひっ!」

 「勇者が窓から出るつもりだ!かこめー!」


 俺が二の足を踏んでいる間にも、豚の化け物は扉をバラバラにして侵入してくる。窓の下にも竹やりを持った人々が集まり、俺たちが窓から飛び降りるのを待ち構えていた!豚の化け物がジリジリと近づいてくる。すでに絶体絶命の状況にもかかわらず、あの時みたく『選択肢』の能力は発動しない!


 「テルヤ!早く!ボクを逆さにして飛び降りるんだ!」

 「もう、行くしかねぇ……行くしかねぇ!」

 「死ねぶひっ!うおおぉ!」

 「……すまん!ヤチャ!うあああぁ!」


 豚の化け物が振り下ろした棍棒を避けるようにして、俺は二階の窓から飛び降りた!さっき言われた通り、ヤチャの体は逆さにして持っている!


 「どけどけぇー!必殺・岩石落としいぃぃー!」


 思わず目をつむってしまった俺だが、ヤチャの叫んだ声を受けて目を開く。そして、小脇に抱えているヤチャの重さに違和感を覚えた。パッとヤチャの様子を確認すると、その頭は何十倍にも大きくなっていて、あまりの迫力に村民たちが逃げ出している。結局、建物1階分くらいまで大きくなったヤチャの頭は地面を突き、地震さながらの轟音と振動を引き起こした。


 「……テルヤ。よく見えないけど、無事か?」

 「あ……あぁ」


 俺はヤチャの小さな体を持ったまま、巨大な頭の上に乗っている。俺の無事を声で確認すると、その頭は縮んで元の大きさへ戻った。ただ、相変わらずヤチャの体は動かないらしく、俺はヤチャの体を背負い直して逃げ出した。


 「ヤチャ……あんなこともできたのか!」

 「3年前のある日、テルヤに言われた『お前、頭カッチカッチだな』というヒントから編み出した必殺技さ!こんなところで役に立つとは!」


 まったく言った記憶はないが、グッジョブだ俺!起死回生を果たしたとばかり、俺は村の出口へと全力疾走だ!しかし、村の出口は一つしかない訳で、そこを封鎖されていない訳がない!


 「いたぞ!勇者だ!」

 「つかまえろ!」


 そんなこんなで追い込み漁さながら村人たちに追跡され、あれよあれよという間に俺たちはガケ下へと追いつめられた!周りには総勢30人くらいの村民たち。それと豚の化け物も立ちはだかる!


 「正直、勝ち目は薄いが……やるしかない!ヤチャ、地面に降ろすぞ!」

 「……そうか!爆裂拳を使うんだな!頼んだぞ!テルヤ!」


 もう『選択肢』に頼る他ない。そう考え臨戦態勢へ移行すると、未だ見たことのない技名をまたしてもヤチャが口にした。いや、まてよ。俺もバトル漫画の世界に馴染んできた……気がするし、もしかして使えるんじゃないか?謎の奥義・爆裂拳とやらを!


 豚の化け物は棍棒を振り回しながら、ゆっくりと俺たち方へと歩み出している。だが、今のペンダントは光を失っているし、敵の攻撃の寸前で選択肢が出るとは限らない。こうなったら、必殺技を試してみる価値はある!俺は急遽、爆裂拳についてヤチャへと尋ねた!


 「ヤチャ!爆裂拳……って、どうやって出すんだっけ?」

 「忘れちゃったのか?まず右手を頭の後ろに!」

 「こうか!」

 「ぶひっ!やつら、何かするつもりぶひっ!」

 「勇者が技を出すぞ!皆の者、ふせろー!」


 なぜか、あちらがザワめきだした!これは……いける!俺は根拠もなくドヤ顔しながら、爆裂拳の手ほどきを受けている! 


 「左手は腰に当てる!」

 「左手は腰!」

 「その構えから、全力でパンチを放つんだ!テルヤ!」


 右手は頭の後ろ。左手は腰。この状態からパンチを……って、これセクシーポーズじゃねーか!こんな姿勢じゃ、パンチくりだしづらいわ!


 「ヤチャ……これ……」

 「もうテルヤだけが希望なんだよね!よろしく!」


 どうやら、ふざけてるわけではないらしい。出せるのか?俺に。こんなアホなポーズから。爆裂拳を?俺は敵を目前としてセクシーポーズを披露しつつも、シリアスな冷や汗をにじませた。

                  

第四話へ続く 

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