第85話の2『サナギ』
「俺も中、見てみていいですか?」
「見た目はなんだが……襲ってくる気配はなさそうだぞ」
隙間から中身を見たバンさんの感想を聞く限り、なんだか気持ち悪そうな感じしか受け取れないが、危険ではないと知ると俺もテレパシーしてきた相手の目視を試みた。バンさんにカンテラを借り、入り口をめくって中をのぞく。
「……うわぁ!」
中身を見てビックリし、思わず入り口を閉めてしまった。岩だと思っていたものの中には糸が張り巡らされており、まるで大切なものを守るようにして白くて半透明なものが収まっていた。それも、その物体は脈打つテンポで膨らんだりしぼんだりしていて、大きさも岩山いっぱいといった巨大なものであった。
「勇者。どうした。正気を失ったか」
「え……いえ、とても不思議なものだったので……」
大声を出してしまったが為に、隣にいたゼロさんに酷く心配された。今度はゼロさんと一緒に入り口を開き、再び謎の物体の姿を目に入れる。1人でのぞいた時は恐怖心もあって驚きを隠せなかったものの、不思議と隣に女の子がいると怖さは薄れた。むしろ、ゼロさんは驚愕も恐怖も態度に表さず、じっと謎の物体を見つめている。
「あの白くて大きいのが、ニュフフンさんなんでしょうか」
「解らない」
ゼロさんに声をかけつつ、俺は中へと一歩、足を踏み入れる。その途端、体が膜に覆われたような錯覚に襲われた。しかし、自分の体を見ても、特に何かが巻き付いていたり、ねばねばと汚れていたりする訳でもない。その不思議な感覚に俺が困惑していると、魔導力車の放送から聞こえていたものと同じ声が、俺とゼロさんに肉声で伝わってきた。
「よくぞ……我はニュフフン」
「えっと……どうして、俺たちを呼んだんですか?」
「勇者さん、どうし……おお!なんだ今の?」
バンさんが俺たちに続いて中へと入り、その際に俺と同じく膜にひっかかったような感覚に襲われたのか、自分の体のあちこちをはたいていた。ニュフフンさんが敵か味方かと言えば、見た目は虫の幼虫っぽくて近づきがたいものの、牙や爪を立てて襲ってくる雰囲気は全くない。俺の問いかけに答える形で、白くて大きな物体が黒い瞳を開き、ゆっくりと眼球を回して俺の顔を見つめる。
「ペンダントの輝き……勇者……よくぞ参られた」
「あなたが、霊獣のニュフフンさんです?」
「……」
バンさんにカンテラを返すと、バンさんはカンテラを高く掲げてニュフフンさんを照らし出した。よく見ると、ニュフフンさんの体の至るところには傷跡があり、この中でジッと痛みから身を守っているのが解る。この傷は誰にやられたのか、巨大な姿をしている相手の耳まで聞こえるよう、バンさんが大きな声で問いかける。
「誰にやられた?四天王とかいうやつか?」
「我は霊界神様……精霊様をお守りしている。先日、精霊神殿より連れ去られたと知った。助け出すべく挑みはしたが……」
いち早く神殿の異変に気付いて、助け出そうと精霊山へ向かったのだろう。ただ……敵は四天王なので当然とはいえ、これだけ大きな霊獣の襲撃を返り討ちにできるとなれば、それなりの戦力をアジトに有していると考えられる。詳しく話を聞きたいが……ニュフフンさんの声は苦しげで、時間がかかりそうだ。そんな俺たちの焦りを感じ取ったのか、ニュフフンさんが提案を示す。
「我、治療は急務……よって、この外殻より内側……時空を歪めた。時間の流れ、違う……」
「この中、時間の進みが違うんですか?」
「1日の時間を、この中ならば30日分ほどに……長くできる……話を聞いてほしい……」
精一杯のテレパシーで勇者を呼んだのもあって、伝えたい用件を多く抱えているようである。ニュフフンさんが作り出したサナギのようなものの中は時間の進みが遅いと聞き、俺たちは顔を見合わせ頷きあうと、この相談を車へ持ち帰る事とした。サナギを出る間際、俺がニュフフンさんに理由を告げる。
「仲間と相談してみます。ちょっと待っててください」
「うむ……」
車へと戻り、アマラさんも含めて客席で会議を始める。まず、時間を早めたり遅くしたり、そんなことが可能なのか。バンさんがアマラさんに意見を求める。
「時間を遅くするなんて、できるものなんですか?」
「可能ではある。私も少しはできるからね」
「へぇ。できるんですか……それは知らなかったな」
「自分の周囲の時間だけ変化させれば、少ない時間で睡眠時間を多く取ることができたりして」
あんまり寝ないとは自分で言っていたが、そういう仕組みだったのか。そうと解れば時間は気にしなくていいだろう。魔導力車が収まるスペースはギリギリあったし、そのまま中へと入れば……あっ。
「一応、確認なんですが……」
「……?」
「この中に、虫が苦手な人っています?」
「……」
生理的に受け付けない人もいるかと思い、念のために俺は女性陣を含めて虫が嫌いか聞いてみた。
「私、たくさん長い足があるやつじゃなければ大丈夫っす」
「お姉ちゃんは問題なしなので」
「私は目をつむろう」
アマラさんは微妙に苦手そうだが、ひとまず問題はないと見た。そこへ、俺たちの話し声を聞いて目を覚ましたグロウがやってくる。
「なんだぁ?晩飯の相談か?」
「グロウ……虫、大丈夫だよな?」
「……虫?」
まだ寝ぼけているのか、やや間を挟んで回答をくれる。
「たまに食うけど、どうした?」
「……あ……鳥だもんな」
逆の意味で危険だ……ニュフフンさんを守らないと。
第85話の3へ続く






