第85話の1『我の名は。』
{前回までのあらすじ}
俺は時命照也。恋愛アドベチャーゲームの主人公なのだが、なぜかバトル漫画みたいな世界に飛ばされた。敵のアジトとして使われている精霊山へ向かっている途中、心霊現象のような声に導かれ、俺たちは声の主を探しに向かっている。
***
「あの……この声、誰か聞き覚えとかないんすか?」
「ない」
「ない」
「あらあら」
みんなに漠然とした質問しつつ、ミオさんが声の正体を模索している。再三、スピーカーから聞こえては途切れ途切れとなっている声と、知り合いの人々の声を思い重ねてみる。しかし、俺も含めて誰も聞き覚えはないとの答えであった。しいていえば、声の雰囲気は霊獣のジャジャーンさんに似ている気がしなくもない。
仙人は魔法は使えないらしいが、テレパシーに関してはプロなので参考までに意見をいただきたく思う。しかし、こういう時に限って彼は不在だ。アマラさんなら相手と同じ方法で返事もできそうだけど、やらないってことはやれないか、またはやらない方が良いんだろうとも思う。
『我の名は……』
「……」
『に……』
またスピーカーから声がした。しかし、名前の1文字目だけ聞こえて途絶えてしまった。それでも最初よりは文章として聞けるようになってきており、徐々に声の発信源へは近づいていると判断できる。次第に車は下り坂を終えて、山の麓の平坦な道へと達した。
『我の名は……』
「……」
『にゅ……』
話し方の厳つさに反して、名前の響きが柔らかい……ただ、それ以降は声がかすれて聞き取れない。切り立った崖の下を車が進んでいくにつれて、崖の裏に隠れるようにして置いてある大きな岩が見えてくる。いや、大きな岩というか……ライトで照らされた岩は山を支えるように鎮座しており、山の影に更に一つ山があるといった印象であった。
『我の名は……』
「……」
『よくぞ参られた……すぐそこである』
聞きそびれたままになっている相手の名前を知りたいのだが、それより先に歓迎の言葉を頂いた。友好的に聞こえはするが、まだ相手が誰なのかは判明していない。岩の裏側へと回り込んだ辺りで車が止まり、バンさんが運転席のある部屋から出てくる。
「アマラさんが言うには、ここが近いらしいんだが……みんな、何か見えた?」
「……?」
アマラさんの話によると、ここに声の主がいるという。窓の外には生き物らしき姿は全く見えず、車の光で照らし出されているのは大きな岩と木々くらいだ。そのタイミングで再び、スピーカーを通して誰かの声が聞こえてくる。
『我の名は……』
「……」
『我の名は……ニュフフン。そなたらの前にいる』
……ニュフフン?
『勇者よ。我は神殿、および霊界神様、精霊様をお守りしている霊獣……その一人なり』
名前の可愛らしい感じに面食らったが、霊獣の1人と聞いて敵ではないと解り安心した。なれども、やはりニュフフンさんの姿はうかがえない。万が一の際に車を発進させられるようアマラさんは運転席へ残り、バンさんがニュフフンさんの正体を突き止めに出ると進み出た。
「俺が見てくる。みんなは待っててくれ」
「……俺も行きます」
「では、私も行こう」
霊獣さんが魔物の気配に警戒を見せてはいけないと考え、俺は腕につけていたキメラのツーさんを座席へと置き、少しの間の留守番をお願いした。魔導力車を護る役としてカリーナさんとミオさんが待機し、俺とバンさんとゼロさんで車を降りる。
「勇者さん。照明、持ってますか?」
「あ……一応、これで明るくします」
バンさんが火のついたカンテラを準備し、俺も赤のオーブを手に持って外の様子を見まわす。
赤のオーブは俺が叩くたび、火打石を叩いたように光を放つ。
「ニュフフンさん……どこですかー?」
俺たちは魔力を持たない為、魔導力車から出てしまうと相手の声は聞こえない。俺が呼びかけてみても、なんにも反応はない。車の周囲をぐるっと一周してみる。誰もいない。開いた窓の近くにいるミオさんに向かって、バンさんが外の様子を伝える。
「どこにも見当たらない。見つけられないくらい、小さい相手なのかもしれない」
「……勇者。あれ」
「……どうしました?」
ゼロさんが俺の肩を叩き、目の前にある大きな岩を指さす。魔導力車のライトに照らされた岩をよく見ると……なんだか、心臓のように動いているのが見えた。試しに触ってみる。その感触はゴムに近く、つまり岩ではないのだとして理解が及ぶ。
「バンさん。これ……この中にいるんじゃないですか?」
「これ、岩じゃなかったのか。じゃあ、あそこから入れるか?」
バンさんが岩の一部に切れ目を発見し、俺達より先んじて足音も立てずに近づく。そこはテントの入り口のようになっていて、めくれば中を拝見できそうである。
「……俺が先に見てくる。危険があれば、応援か、車への報せを頼む」
「解りました……」
バンさんが岩の切れ目をめくり、そっと視線と火の灯りだけを中へ滑り込ませた。
「お……」
ちょっとビックリしたような声を出し、すぐにバンさんは入り口を閉めた。なにがあったのか、俺はバンさんに聞こえる程度に小さく話しかけた。
「なにがありましたか?」
「あ……いや」
「……?」
説明の言葉を探しつつも、バンさんは端的に、中の物の状態を伝えた。
「なんというか……」
「……」
「生っぽい感じ……みたいな」
……なま?
第85話の2へ続く






