第28話『プレゼント(喜んでくれるだろうか…)』
俺は元々、恋愛アドベンチャーゲームの主人公になる予定だった人である。で、ゲームの世界というのは対象年齢のレーティングが細かく審査されていて、下着がチラッと映るだけでも対象年齢が変更となってしまう。また、児童の裸や非道徳的表現、軽度の暴力シーンですらも懸念材料となりうる。それを考えるあまり、服を脱いだ精霊様に激怒してしまい、家出されるといる事態に至った……という、なにやら言い訳から始まってしまった第28話である。
精霊様を追いかけようにも、追いついたところでかける言葉も見当たらないし、ちょっとは俺も頭を冷やそう。一旦、精霊様のことは忘れるとして、俺は風呂に湯をはり体を清めた。
追い炊きの機能がないせいで徐々に湯の温度は冷たくなっていくんだけど、街全体が機械熱で気温を上げているから、やや生ぬるいくらいが丁度いい。そのまま、1時間くらい入浴していただろうか。見慣れた天井から浴室のドアへ目をやると、その隙間から大きな目が覗いていた。すぐに声でミオさんの目だと解ったが、一瞬だけ心臓が止まった気がする……。
「……おおっ!な……何?」
「ミオっす。何度も呼んだんすが、玄関の鍵が開いていたので中に来ちゃいました」
以前、水浴びの覗きを自粛した俺が、逆にミオさんに覗かれてしまうとは。清純派ヒロインに習って、悲鳴の一つでもあげた方がいいかしら……などと考えつつも、我ながら気色が悪いから止めておいた。
「精霊様が半裸のまま泣きじゃくりつつ、隊の本部に走ってきたんで保護したんすけど……」
「あの……着替えたらリビングに行くので、そっちで待っててもらっていいですか?」
「……精霊様が下着を忘れたみたいなので、そこに脱ぎ捨ててあるの持って行くっすよ」
「……」
ひとまず、ミオさんにはリビングで待っていてもらう事とし、俺は湯で濡れた体を手ごろな布で拭いている。にしても、はだけて飛び出していった精霊様の下着を取りに来たミオさんは、俺に対して何を思っているのか。
一体、このあと何を言われてしまうというのだろう。俺はシャツのボタンを一つ一つとめつつも、よくない想像を膨らませている。しかし、リビングで待っていたミオさんの様子は至って普段通りで、テーブルをはさんでイスに座ると、俺たちは軽い口調で面談を始めた。
「……それで、勇者様。精霊様と、なにがあったんすか?」
「ええっと……してませんよ?いたずらなことは何も」
「え?」
「え?」
……なにやら、各々の考えに食い違いがあるらしい。ここで先に切り出すのは危険だと察した俺は、無言でミオさんに手のひらを差し出し、『お先にどうぞ』の合図を出した。
「……あんな小さい子に、イタズラする人がいる訳ないじゃないですか。魔物でもしないんじゃないすかね」
「ごもっともです。では、俺と精霊様の間に、何があったと思いますか?」
「……ケンカっすよね?」
「そうなんですよ。俺もオトナ気が足りなくて、失敬失敬」
なるほど。この世界にはロ〇コンという概念がないのだ。そうなれば、俺と精霊様に何かあったとしても、兄妹ゲンカが発生したくらいにしか思われないだろう。それについての確認を含めて、もう一つだけ俺はセリフを付け加えてみた。
「以前、ある心理学者の著書を読んだ際、幼い少女ばかりに恋愛感情をもつ男がテーマとして取り上げられていまして、それと同じ類に思われては心外だと思った次第です」
「なんというか……その男は、何の得があって、そんなことを……?大人になるまで育てから……いや、育てている内に娘としての情が湧いてしまいそうっすよね」
「詳しくは心理学的分野でも解明されていないとか。いや、人の心は複雑怪奇ですね」
本当に理解できない、という戸惑いの表情を見せつつ、ミオさんが顎に指を添えて考え込んでいる。ひとまず、不当に不審者的な扱いは受けずに済みそうだ。そのまま、俺はケンカの原因を嘘も少なめに説明する。
「裸の精霊様とハチあわせた時、あちらが大人の真似をして俺を変態扱いした為、さっき話した本の記憶が蘇ってしまい、俺も強く言ってしまいました……」
「そういうことっすか……まあ、精霊様も今は会いたくないみたいっすから、ほとぼりが冷めた明日あたりにでも引き取りに来てほしいっす」
「なんか、すみません。お手数をかけます……」
頼りがいがあり過ぎるミオさんに一日だけ精霊様を預け、俺は一日だけの猶予を得た。そのお礼とはなんだけども簡単な料理を手渡し、玄関先にてミオさんの帰りを見送った。
こうなったら、精霊様を迎えに行くまでアクビをしている訳にもいかない。精霊様には何度も助けてもらっているし、ここでお別れとなる人物とも思えない。なにより、俺は人の好感度を上げるのが本職なのだ。精霊様のためにも、しっかり能力を発揮せねば。
そういや、仙人なら精霊様と知り合いだったし、彼女のことを教えてくれるかもしれない。まずは仙人に会いに行こうと考え、お金などの持ち物を確認していると、警備隊のお兄さんが届けてくれた封筒のことを思い出した。これ、確か差出人は博士からだったよな。俺は破りかけだった封筒を開き、一枚の紙を取り出して文に目を通す。
『勇者テルヤへ。私はゼロだ』
書き出しにゼロさんの名前があり、俺は思わず手紙を落としそうになった。手術したばかりの腕で書いた為か、文字の線は大きくブレていて、字数も多くはない。しかし、その中には短くも、ゼロさんの気持ちが込められていた。
『助けてくれて、ありがとう。また会いたいと言ってくれて、ありがとう。私も会いたい』
これを見てしまっては、俺も精霊様とケンカしている場合ではない。真実の泉が何を思って、俺と精霊様を同居させたかは解らないが、これも修行だと思って頑張らないと。手紙をYシャツの胸ポケットに入れ、俺は仙人を探しに再び街へと出た。
しかしだ。そんな俺の決意に反して、仙人の影も姿も発見されない。ホテルをはじめ、大通り、真実の泉の近く、公園、広場……と、足が棒になるほど探し回ったが、仙人は全く見当たらない。街の外へ修行に出ているのだろうか。だとすると、俺は街から出るという行為だけで、高所恐怖症により神経が衰弱しかねないから、このかくれんぼは負けである。
「どこに行ったんだろう……」
無情にも空は暗くなり、最後にホテルへも立ち寄ってはみたが、やはり仙人もヤチャも帰ってはいなかった。とはいえ、俺だって全てを仙人頼みにしようという気持ちはない。他の方法だって考えてはいたのだ。
その名も、『プレゼント大作戦』である。精霊様は苦いものが苦手だそうで、逆に俺の作ったゴマ団子もどきは好んで食べていた。つまり、甘いものが好きなのだ。ゴマ団子1個で好感度が1しか上がらないとしても、1000個あげれば高感度1000上がる計算。今日は夜なべをして、俺はお菓子を1000個、精霊様の為に作ろう。食べきれるよう、腐りにくいお菓子がいいだろうな。
なお、精霊様が欲しそうにしていた髪飾りを買ってもよかったのだが、あれを欲しがっていることを知っているという事は、俺が精霊様の後をつけていたということであって……それはそれで都合が悪いから止めておいた。
「……ん?」
借りている家へと戻る。すると、その横側についている窓から、誰かが家の中をのぞいているのが見えた。その人は白い髪をした背の高い女の人で、病人が着るような白い服に身を包んでいる。ドロボウ……には見えないし、敵意を持っている様子もなかったから、俺は彼女に御用を尋ねてみた。
「……どうされました?」
「ッ!あ……ああ……」
女の人は酷く動揺した身振りを見せると、顔を隠しながら逃げ去っていく。チラッと見えた彼女の顔は目を見張るほど美しかったのだが、やや常人とは違う怪しい雰囲気を持っていた。どう考えてもエキストラな見た目の人ではなかったし、物語に絡んではきそうなのだが……あまりの足の速さだった為、追いついて事情を聴取することすらままならなかった。
「誰だろう……」
思わぬ出会いに俺も考えを巡らせてしまうが、今は美人にうつつをぬかしている場合ではない。家にある材料を確認し、足りない分を買い足すために外出した。
それからは作業の手を止める暇もなかった。今ある材料からならクッキーっぽいものは作れそうなのだが、なにしろ材料は得体の知れない有象無象ばかりであり、美味しくできあがるのか予想もできない。最初に作ったものは粉っぽくなってしまい、もっさりとした食感が舌について美味しくなかった。
二度目に作ったものはクッキーらしきものではなく、まさしくクッキーであった。これを別の味付けにして大量に作ろう。その後は自分でもビックリするほど手際に冴えがあり、次の日の朝方にはジャスト1000枚の色とりどりクッキーが完成した。さすがに全ては持っていけなかったから、その中から200枚だけをかごに入れて警備隊本部へ向かう。
そこで、精霊様に言われたのが、次のセリフである。
「ううん……いらない」
「え……いらないですか?甘い物、好きじゃないんですか?」
「……あんたら、ミオ隊員と知り合いだったろ?そろそろ昼だし、一緒に飯に行って来たら?」
この前、手紙を持ってきてくれたお兄さんが精霊様を奥から連れてきてくれたのだが、まだ怒っているのか精霊様はお菓子を受け取ってくれなかった。そんな俺と精霊様の微妙な空気を感じ取ってくれたのか、お兄さんはミオ隊員を助け船として呼んですらくれる。なんて優しい人だ……。
「勇者様。なにして……なんすか。その死にそうな顔」
「いやぁ……昨日、寝てないんですよ」
「……まあ、いいっす。精霊様、一緒にご飯いくっすか?」
「行かないんよ……」
結局、精霊様はお兄さんに預けて、俺はミオさんと一緒に昼食へ出かけた。プレゼントを渡せば仲直りできるとタカをくくっていたけど、まさか受け取ってくれもしないとは。徹夜クッキングの疲れと、受け取ってもらえなかった残念感で、俺は骸骨のようにやつれている事だろう。それでも、なんとかミオさんに連れられて、屋台の近くにあるベンチへと座り込んだ。
「まあ、おごるっすから。ちょっと待っててほしいっす」
女の子と二人きりで昼食。普段ならばテンションも上がりそうなものだが、精霊様に拒絶されたのが響いて全く気持ちが浮かれない。しかも、サンドイッチみたいなものを買って戻ってきたミオ隊員の横にカルマ隊員が自然といて、二人きりの時間も怖いくらい儚かった……。
「私が、こういうのもなんなんすけど、勇者様は、なんで精霊様と仲良くできないんすか……」
「どうしたら仲良くなれるのか解らなくて、とりあえずプレゼントを作りました……」
「それは精霊様が欲しいものじゃなくて、勇者様があげたいものなんすから、今の精霊様は受け取ってくれないっすよ」
「お話は聞かせていただきました。通りすがりではありますが、このカルマ・ギルティからも一言よろしいですか?」
ミオさんからもらったサンドイッチを軽く揉んでいると、急にカルマ隊員が粋な顔をして何か言い出した。
「僕、カルマ・ギルティは妹を持つ実の兄。病弱な妹を守るため、どんな仕事でもする覚悟です。ええ。ええ。あなたには、妹を思う気持ちが足りない。そう結論を出しましたよ」
「……そういうものですか?」
現に妹じゃないし、妹がいる設定すら俺にはないのだが……それにしてもサンドイッチは美味い。
「テルヤさんには仲良くなろうという気持ちが足りないし、そんなものも必要ないのですよ。切っても切れない関係なのだから。そう、僕は思いますね」
「つまり、俺は……どうしろと」
「それくらい、自分で考えてください」
いつもの通り、カルマ隊員は正解をくれない。すると、その意見に乗っかって……いない様子で、ミオさんが俺の背中をさすってくれる。
「精霊様、なにか勇者様に怒られるんじゃないかって心配してましたが、なにか心当たりはないっすか?」
「……いえ、なにも」
「お互いの気持ちは一緒なのに、上手く噛み合わない時って、たまにあるんすよね。勇者様は精霊様の気持ちになって、どうしてほしいのかを考えてみるといいんじゃないすかね」
「ええ。僕、カルマ・ギルティも、そう思います」
「……よく解りませんが、考えてみます」
ミオさんの助言には大切なことが含まれている気はするものの、いまいちピンとはこない。その後も、ぼんやりしている俺にカルマ隊員は何か言い続けていたが、それもピンとこないまま俺はサンドイッチを食べ終わった。
「このまま精霊様を帰すのもアレなんで、もう一日だけ本部で預かるっす……」
「ミオさん。ありがとうございました……」
「僕も、これから速報を伝えに行かねばなりません。アデュー」
「お忙しいところ、ありがとうございます……」
カルマ隊員は、こんなところで油を売っている場合ではないんじゃないかとも思うが、それはさておき精霊様をよろしく頼む。そして、あまりに余っているクッキーをお礼として二人に渡した。
その後、俺は二人と別れて家に帰ったのだが、それから何をすればいいのか解らず、テーブルに突っ伏して塞ぎこんでいた。
「……テルヤさまー!ご在宅ですかー?」
玄関の戸の外から、聞いたことのない声がする。誰だろう。俺はダルい姿勢のまま立ち上がり、戸を少しだけ開けて来客を見つめた。
「ああ、よかった。先日、お預かりしたお品ですが、お直しが終了いたしましたので、お持ちいたしました」
「お直し……ですか?」
家を訪ねてきた人に要件を伺うが、何かを修理に出した記憶は全くない。しかし、配達に来てくれた人の手提げバッグから出てきたものは俺の学生服であり、キメラのツーと対峙した際に出来てしまった、ほつれや破けがキレイに修復されていた。
「わたくし共も初めて見る素材の服でしたので、完全には元に戻すことはできませんでしたが……」
「これ……誰が持ってきました?」
「先日、小さいお子様が一人でお持ちくださいまして。どうしても、なおせないかとおっしゃっておりました」
精霊様が俺と一緒にいなくて、学生服を家に置いていた時だから……ピーマンの肉詰めを作った日の昼間に持って行ったのだろうか。そう推理していると、配達してくれた人は学生服に続けて、長い一枚の紙を取り出した。
「お子様の所持金では、わずかに修理費が不足しておりました為、残りはテルヤ様にと。こちら、どうぞよろしくお願いします」
「……」
「あのー……どうされました?」
「……え?いえ、少々お待ちください」
俺はポケットから大きなコインを取り出し、お釣りとして別の色の硬貨を受け取る。すると、配達してくれた人は俺に学生服を差し出し、帽子を取ってアイサツしつつもニコニコしながら帰っていった。
試しに制服を着てみる。確かに、所々は服の素材が変更となっていて、長袖の部分も少しだけ青みのある別の布で仕上がっていた。
……いつも着ていた服が蘇った。それも、もちろん感動である。でも、もっと大きな衝動に駆り立てられ、俺は服のボタンも留めずに走り出していた。
きっと、これは精霊様が俺のためを思ってしてくれたことで、俺と仲良くなりたいからしたことじゃない。それが、とても嬉しかったのだ。だったら、俺だって理屈は抜きで、その気持ちを返したい。俺は商店に置いてあるものの中から、時計の形をした髪留めをつかみ取り、お金を支払うと再びダッシュで道を下った。
警備隊本部の入り口には武器を持った人が立っていたけど、大声でアイサツをしたら顔パスで通り抜けられた。あちらこちらの戸を開けて精霊様を探し、食堂らしき場所のドアを開いたところで、ミオさんと一緒にクッキーを食べている精霊様の姿を発見した。そして、せっかちにも俺は精霊様を抱きしめた。
「ルルル!ごめんああぁぁぁー!」
「お……ゆ……勇者!その服……あああ……」
そのまま精霊様の頭をごしごしと撫でつける。はたから見ると完全にヤバいやつだが、今の俺は周囲の目など怖くない。そんな俺の様子に驚いているのか、ルルルは小声で何か言い訳をしている。
「服……なおしてもらおうと思ったんよ。でも……お金が……うひゃああぁぁ!」
「そんな事、気にするなよオオオォォォ!あ……そうだ!ルルル!」
「な……なんですかのん」
少しだけ身を離して、俺はルルルの肩を掴んだまま頼み込む。
「俺のこと、お兄ちゃんって呼んでくれ」
「えー……」
「俺じゃ、イヤかな?」
「……別に、イヤじゃないけど」
イヤじゃないなら、それでいいんだ。しばらく、俺は無言でルルルを見つめる。すると、観念したようにルルルも口を尖らせた。
「お……おお……おにいちゃん」
「もう一回!」
「おにいちゃん……」
「もう一回!」
「……お兄ちゃん!」
「ルルル。ありがとう!」
真っ赤な顔をしているルルルの頭をなでて、俺はポケットから髪飾りを取り出す。正しい付け方は解らないが、それっぽい感じでルルルの髪につけてあげた。
「これ。お兄ちゃんから、プレゼントだ」
「これ……なんで欲しいもの、知ってるん!?」
「お兄ちゃんって、なんでも知ってるんだ。ミオさん、ルルルがお世話になりました!」
「え……あ……ああ。うん」
突然のことにミオさんも呆気に取られている様子だが、とりあえず俺たちの仲は修復された……とは感じ取ったらしく、頬に汗を流しながらも静観している。
「じゃあ、ルルル。家に帰るか?」
「あの……精霊様?あの……大丈夫っすか?」
一応、確認とばかりにミオさんがルルルに尋ねる。ちょっとだけミオさんの方を見つめた後、ルルルは俺の顔を見上げて言った。
「あたち、帰るんよ!」
「よし、行こう!」
俺は全てが吹っ切れたような気持ちでルルルの手を握り、一緒に警備隊本部を後にした。その際、運命のペンダントが輝き、『新能力・お兄ちゃん属性に目覚めた!』と俺の目に文字を映していたが、それがなんの意味を持つのかは、今の俺には興味がなかった。
第29話へ続く






