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第83話の3『姉弟』

 「カリーナさん。カラードさんに勝っちゃったんですか?」

 「えいっ!って、一突きしただけなのですけど……」


 ずっと道場で修行していたカラードさんが、食堂で仕事をしていただけのカリーナさんに一本をとられたのだ。なんかもう、努力とか友情とか勝利とか、色々なものが解らなくなりそうな敗北だが、今のスマートなカラードさんの印象を見るに、大きなショックは無かったんじゃないかと思う。


 「それからね。カラード君のお姉ちゃん反抗期が始まりましたのよ」

 「グレたんですか……あのカラードさんが」


 いや、やっぱりダメージはあったらしい。そつなく生きていそうな人でも、挫折の1つや2つはあるものなのだと理解した。この話題についてはカリーナさんも思い出すのが心苦しいのか、サンドイッチを飲み込みつつ記憶を言葉にしている。


 「二度と、道場へ来ないで……そう言われて、お姉ちゃんは悲しみにくれました。それはそれは、森で悪い猛獣さんを捕まえて、お料理するのも手につかないほどでございます」

 「この人、悲しみにくれながら修行を始めてる……」

 「それで、一方のカラードさんはといえば、カリーナさんに敗北を喫してから数日、大好きな甘いものが食べられなくなるくらい落ち込んでたっす」


 シオン・カラードさん……名前の割に、甘いものが好きなようである。てっきり、塩辛いものが好きなのかと思っていた。まあ、俺も時命照也なる名前だが、トキメイているかといえば微妙なところではある。ただ、カラードさんは立ち直るのも早かったようで、ミオさんの口から次に出たエピソードでは自力で完全復活していた。


 「カリーナさんに負けた原因を究明したカラードさんは、攻撃が当たらなければ負けはしないと自己解決したようで、それからは華麗な身のこなしと身体の柔軟性向上を目指したらしいっす」

 「ストイックな方だなぁ」


 などと専門家の如く解説しつつ、合間合間でサンドイッチを食べながら続けるミオさん。


 「で、自分の弱さと強みを見つめなおし、セントリアル武闘派衆にも抜擢されほどの戦士になったという話っす」

 「ええ。そうして、お姉ちゃんとも仲良しに戻りましたぁ」

 「いい話だなぁ」

 「ただ、武闘派衆入りの面接で頻繁ににカリーナさんの話題が出て、そこで少し曇ったらしいっす……」

 「その後、お姉ちゃんもカラード君と一緒に働きたくて、面接に合格しましたぁ」

 「いい話かなぁ……」


 などというお話をうかがい、カリーナさんの強さの秘訣は鋭い観察力、料理で培った応用力、これらの賜物であると知り得た。その矢先、カリーナさんは両手をにぎにぎさせつつ、目を細めながら俺たちに要望を出した。


 「お姉ちゃんは体の弱いところを知ってるから、逆に健康になる部分も存じておりますよぉ。ほぐしてほしい方はおりますかぁ?」

 「俺は大丈夫です」

 

 女の人からのボディタッチに興味津々ではあったが、ゼロさんの隣なので辛うじて自制がきいた。その代わり、手短にいたミオさんが引き寄せられてしまう。


 「わ……私、いいっす」

 「いいのね?あらあら」

 「や……やめ……あっ……ーーーーーッ!」

 「ここが気持ちいいでしょう?」

 「あ……あっ……ーーーーーーーーーーッ!」


 背中を何度か擦られただけなのだが、ミオさんは体を震わせながら脱力してしまった。リラックスしたというよりかは、むしろ強制的に体の感覚を奪われたように見える。ミオさんを倒したカリーナさんは、次にアマラさんの横に座った。


 「アマラ様。お体の具合はよろしいですかぁ?」

 「ああ……私は完璧だよ。ああ、完璧だ。すごく良好だ」


 とはいえ、アマラさんが疲れているのは明白であり、『完璧だ』という声すら少しくたびれている。そこで、カリーナさんは一つ歩み寄りつつ再確認する。


 「ややお疲れと見受けられますが……よろしくて?」

 「問題ないよ。だから……本当にやめてくれる?」


 アマラさん……珍しく本気のトーンで嫌がってる。そんなに効くのか。


                                  第83話の4へ続く


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