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第27話『家出(勘弁してくれ…)』

《 前回までのおはなし 》

 俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公だったはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。なぜか、今は女児との同居を強いられている。もちろん、小学生の女の子は恋愛対象外である為、あまり近づきたくない…。



 押し問答の末、精霊様に添い寝しなくてはならない事態は避けられた。しかし、眠れない子どもを残して別室へ逃げるのも気が引けた為、明かりを消さずに一晩ずっと本を読んでいた。『魔法の使い方』という本があったから全5巻を読破したのだが、各ページに載っている解説の末尾に『なお、使用効果は本人の素質に左右される』と書かれていて、なんかダメそうな感じが凄い。


 それにしても、夜というのは昼間以上に音が浸透するようで、日中は聞こえていなかったモーター音などが、どこからともなく耳につく。それは恐らく、街を飛行させているシステムの一部なのだろうが、それが怪物の唸り声にも聞こえたりして、想像が捗る分だけ子どもの方が怖がるかもしれない。


 時計がない上に街が外の光をあまり受け入れないせいで、いつ朝が来るのかは全く解らない。ひとまず、お腹が空いてきたのを合図に料理を始め、精霊様が起床した頃にはエセ満漢全席らしきものが完成していた。


 「ん……なんよ!パーチィするのん?」

 「作りすぎてしまった……あとでヤチャたちに持っていこう」

 「あたち、持っていくんよ!」


 突然、お使いを引き受けると精霊様が言い出した。だが、『あたちは行かない』が口癖の彼女が、そんなことを言い出すのは今までの傾向から見て怪しい。これは何か良くないことが起こるに違いない。ご遠慮しよう。


 「俺が一人で持っていきます。精霊様は良き休日を……」

 「あー!あたちが信用できないっていうんね!勇者のバカ!家出するんよ!」


 そう言うと精霊様は俺の作ったゴマ団子もどきを食べながら、有言実行とばかりに家を出ていった。まあ、精霊様は何を言っても怒るし、しばらく放っておいてみよう。


 充実し過ぎた朝食を終えると、台所にあったカゴに料理を入れてホテルへと向かった。よくよく街を観察してみると、街の所々にかかっているハシゴの他にも、非常に長い螺旋状の階段が街を囲むように伸びており、街の中層までは手を使わずに移動できた。ただし、ハシゴを使うより遥かに遠回りであることは間違いなく、ホテルに着く頃には少しお腹がすいていた。


 街の中央にある吹き抜けの中を日光が通っている為、街は全体的に薄い明るさを保っているのだが、昼夜にとらわれずホテルは夜の繁華街のようなケバい光を放っている。ひょうきんそうな顔をした宿屋の主人に事情を説明すると、仙人とヤチャは外出したと教えてくれた。幸い、ご主人が料理を預かってくれたから、カゴいっぱいの料理を持ち帰らずには済んだ。


 さて、ヤチャは修行に出ているだろうし、負けないよう俺もランニングでもしよう。学生服の上着はボロボロになってしまったし、さすがにジャージも持ち合わせていないので、今の俺はワイシャツと学生服ズボンを着ている状態だ。体を動かしやすい服装ではないのだが、他の服に着替えてしまうと……俺の本分が何なのか解らなくなりそうで怖い。あえて、この服は着替えずにいよう。


 折角ここまで来たんだし、頂上にある公園まで行ってみようか。博士の研究所へ向かいたい気持ちは山々なのだが、面会の機会を作ってくれると言われた手前、こちらも空気を読むべきと考えた。一時のじれったさを忘れるようにして、俺は薄明るい街の中を見物ながらに走り出した。


 下の方に真実の泉が見える。最初にお目にかかった時とは水の透明度が全く異なり、今は水が入っていないのではないかと見間違えるほどの美しさだ。しかし、なぜか泉の周りにバリアらしきものが張られていて、誰も泉には近づけないようバリケードされている。その理由をスースース山の住民風な服装の人に聞いてみる。


 「あの、すみません。泉の周り、どうしたんですか?」


 「あー、ああするよう博士が言ったみたいだねー。泉は質問を受けると心を読み取って、黒く汚れてしまうんだとか。近づけないよう囲ってあるんだねー」


 「……ちなみにですが、汚れを取り除く時、女の人が儀式してるのを見たことはなかったですか?」


 「汚れをとるつもりかは知らないけど、年に二回、泉の関係者以外立ち入り禁止になる時があったなー。腕に模様のある女の人もいたねー」


 とすると、やっぱりゼロさんの腕は山の巫女らしき人のもので、その人がクリスタルを通して魔力を泉に注ぎ与えるとを、泉の汚れを浄化できる仕組みだったんだろう。魔王を倒して平和になったら、この山を元あった場所に戻す日もくるのだろうか。でも、泉の管理者が記憶を消してしまった今、そのシステムまで完全に元通りにするのは難しいかもしれない。


 泉についての質問に答えてくれた人へ感謝を告げ、俺は賑わいのある通りへと興味本位で入ってみた。そこで精霊様の姿を見つけ、俺は屋台の影に身を隠す。精霊様は土産物屋を見ているらしく、手元の小さい財布を指先でかき混ぜている。


 「お嬢ちゃん。これが欲しいのかい?」

 「う~ん……やめておくんよ」

 「展示のでよければ、値引きしてあげるわよ?」

 「う~ん……やめておくんよ」


 値引きしてくれてなお、手持ちのお金が足りなかったらしく、精霊様は溜息を洩らしながらトボトボと店を離れた。何を買おうとしていたのか気になり、俺は精霊様が見ていた店をのぞく。それは時計がついた髪飾りで、二つセットだから左右でツインテール風につけるものだろう。しかし、髪飾りに時計がついていても時間が確認し辛いし、その辺りの実用性については考えられていないと思われる。


 「あんた……それつけるかい?」

 「……俺には似合わないと思います」


 女店主さんのお誘いを丁重にお断りし、そのまま俺は精霊様の行方を辿ってみた。店の立ち並ぶ道の角に雑多な陳列をされた服屋があり、そこから出てきたヤチャと仙人が精霊様に気づく。


 「精霊……だあ!」

 「ムキムキ……じじい……ううう……」

 「フォカッチャ!アオオン?」


 ヤチャ、精霊様、仙人の順で喋った訳だが、相変わらず意思の疎通がカオスである。顔や雰囲気は悪役が極まっているヤチャだが、ここに来て服の新調に成功したらしく、今は赤い胴着に身を包んでいる。筋肉ムキムキになってからは股間部以外を全て露出していた次第、やっと普通の服装を得た訳だが、どうして未だに足先は裸足である。


 (お前、何かあったのかね?)

 「じじい……あたち……勇者に……」

 「お茶!するかあああぁぁ!」


 と、俺が何かしたみたいな精霊様の発言に深い訳を感づいたのか、ヤチャの気回しで老人と児童とムキムキが喫茶店へと入っていく。その3人が相席している光景すら異様なのだが、気が触れたようなテンションのまま、ヤチャが喫茶店に入ろうと言い出したことが一番の驚き。


 で、この3人で何を話すのだろうかと気になり、3人からは背もたれで見えない場所へと俺も移動。小声で店員さんに飲み物をオーダーし、こっそりと俺は隣の話声に耳を傾けた。


 (勇者が……ど……どうかしたのか?ふう……ふう……)


 ちょっとテレパシーを使っただけで仙人が息も絶え絶えであるが、精霊様は気にせず悩みを打ち明けている。


 「あたち、勇者と仲良くなりたいんよ。でも、素直になれないん……これ、なんなのん?」

 「うまいぃ!お茶だぁ!」


 本当にヤチャはお茶を飲みたかっただけらしく、持ってきてもらったお茶を飲み干して次を欲している。だから、精霊様の質問に答える人は仙人しかいない。


 (あれだ。可愛げが足りんのじゃ。もっとこう、媚びた感じにせんといかん。バブバブ、あたち可愛い子どもよ。とな……ふう)


 聞いている限りでは馬鹿にしてるようにしか思えないが、それを真に受けるほど精霊様は気に病んでいるらしい。ちょっと試してみたりもする。


 「こ……こうじゃろ?ばうばう……あたち、アメ食べたいわー」

 (もっとこう、下手に出る方がいい。ご主人様、お腹すいたの。とな……ふう)

 「ご……ごちゅじんたま。頭なでなで……して?」

 (そうじゃ。それでいけば勇者も満足……ふう……ふう……)


 なんか……こう……なんか……不憫に思えてきた。これ以上は見るに堪えかねない……俺はティーカップ片手に立ち上がった。


 「あの……精霊様?」

 「……な……こら、勇者!聞いておったのか……ああああ……」

 「帰りましょう……」


 これからは優しく接するよう心がけよう。危ない大人たちから遠ざけるようにして、俺は精霊様を連れて家に帰った……。


 家出娘と何を話したらいいか解らず、帰り道も何を話したらいいのか解らず、家に着いても何を話したらいいのか解らなかったので、とりあえず家にあったアメをあげて静かにさせておいた。その内に俺は風呂の掃除に行く。


 風呂場は壁やバスタブが全て一体化していて、タイルとタイルの間の溝などもない。一見すると掃除する必要がないくらい綺麗だが、排水溝にワンさんたちの残した獣の毛のようなものが詰まっていて、それを取り除く作業が困難を極めた。


 「勇者……じゃなかった、ご主人様!誰か来てるんよ!」

 「……その呼び方、絶対に止めてください」


 お客さんが来たらしい。誰だろう?専念していた風呂掃除の手を止め、裸足のまま玄関へ向かう。そこに立っていたのは頬に傷のある大柄な人物で、警備隊の制服を着ているから安全な人だと解るものの、もし私服で出会っていたら警戒したかもしれない強そうなお兄さんである。


 「あんた、勇者テルヤ君か」

 「そうですが……」


 もはや呼ばれ慣れてしまったせいか、勇者が自分の苗字みたいに思えてきた。警備隊の人は片手で封筒を差し出すと、俺が差出人の名前を確認するより先に手紙の出元を告げた。


 「博士から渡すよう言われた。中身は俺も知らない」

 「博士から……ありがとうございます」


 博士からか。昨日の今日だし、なにか伝え忘れたことでもあるのだろうか。手紙の受け渡しにて、警備隊のお兄さんの用事は終わったようだが、あちらは手紙よりも俺たちの方に興味があるらしく、俺の頭頂部を見下ろしながら静かに始めた。


 「勇者なんて言うから、どんな男かと思ったが……魔法使いか?」

 「そ……そんなところですね」


 体に鍛えた様子がないせいか、すぐに魔法使いと判断された。よく考えてみれば、俺の能力って『未来予知』『時間の巻き戻し』『遠隔操作』とバトルものでは強力なものばかりではあるのだが、ただでも使い勝手が非常に悪いのが難点である。それら頼みで生き延びてきたという意味では、確かに一種の魔法使いみたいなものかもしれない。


 「で、さっきの子は妹さんかな?」

 「いえ、道中で知り合っただけの子です……」

 「いい子だな。かわいらしいしさ」

 「……ええ?」


 お兄さんの一言が俺の覚えている心象と食い違っていたせいで、思わず聞き返してしまった。もちろん、どのあたりが食い違っていたかというと、強面なお兄さんから発せられた優しいセリフと、俺が思う精霊様とお兄さんが褒める精霊様の印象の差、両方の意味で乖離が激しい。更に、お兄さんは、そう思った理由すら教えてくれる。


 「だってほら。アイサツも元気だし、俺が君を呼んでくれって言ったら、急いで呼びに行ってくれたし」


 「そうですかねぇ」


 「……おっと、見張りの交代に行かないと。すまん。失礼するよ」


 「ありがとうございました」


 お兄さんは立ち話を切り上げ、手を振りながら小走りで去っていく。それにしても、精霊様は他の人から見ると可愛くて良い子なんだな。つまり、俺にだけはイジワルをしているのか、はたまた俺の対応が悪いのか……そうなると、後者のようにも疑える。


 それと、もう一つ。お兄さんが精霊様をかわいいと言った時、なんともいえない妙な安心感があったのだ。俺が同じセリフを言おうとすると、ロ〇コンだと思われるんじゃないかという不安がよぎって顔が引きつりそうなものだが、先程の会話では自然と言葉が心に入ってきた。そんな俺と、お兄さんの違いはなんなんだろうか。それが、ふと気になったりした。


 俺が幼い女の子は危険だと意識しすぎているだけで、もっとフランクに接しても普通はなんとも思わないんじゃないだろうか。そう考えたら、ちょっと肩の荷が下りた。さっきのお兄さんを手本にして話しかけてみよう。俺は封筒の口を破きつつ、精霊様の姿を探した。


 「精霊様ー?」


 いない。寝室にもいないな。かといって、この家に出入り口は一つしかないはずだし、外には行っていないだろう。そんなに探す場所もない訳で、俺は消去法的に風呂場へと向かった。


 「……ん?」

 「あっ……勇者!」


 風呂場に精霊様はいたのだが、その姿は見事なまでに真っ裸で、手には掃除用の布切れが握られている。多分、風呂掃除を手伝ってくれているのだろうとは思ったが、唐突な裸に面食らってしまい、しばし体が固まってしまった。


 「やっ……急に開けるんじゃないんよ!エッチ!変態!」

 「……」

 「……え……勇者?」


 ふと我に返ると同時、なぜか叱るような声が口をついて出た。


 「そそ……そんなことより、早く服を着なさい!」

 「え……な……何を怒ってるのん」


 子供の裸を映しちゃダメだという危機感と、覗きシーンでのお決まりなセリフを精霊様に言われたショックで、俺は頭の血管が切れるような感覚に襲われた。そんな俺の表情といえば、ある意味では戦闘中より真剣だったかもしれない。


 「……二度と、さっきみたいな事は言わないでくださいね」


 手身近にあったバスタオルを濡れた精霊様に差し出すが、あまりに語気が強すぎたせいか精霊様は泣き出してしまった。


 「勇者のバカ!ああああぁぁぁ!」


 バスタオルだけ奪い取ると、精霊様は半裸のままで風呂場を飛び出し、遠くで玄関の戸を開くガラガラという音がした。これにて俺が知る限りの娯楽作品界においては史上初、一日に二度も子どもに家出されるという快挙が成し遂げられ、俺は呻きながら頭を抱えてしゃがみこんだ……。


第28話へ続く…

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