第82話の4『車内2』
「あ、良い匂いがする。なにか作ってるのかな?」
数分後、アマラさんが客席側へと移動してきた。ずっと運転したり修理したりで仕事続きだったから、ここで少し休憩をはさむのだろう。しかし、車は依然として走り続けており、そのスピードはアマラさんの時よりも2倍くらい出ている気がする。これ……グロウが運転してるのか?
「うわぁっ!」
突然、ズドンと音がして車がストップした。何事か。俺は勢いよく転んだ拍子にぶつけた尻を押さえつつ、窓から魔導力車の前方をうかがう。車は大木に正面から体当たりしており、今なお押し倒さんとばかりに前進しようと努力している。すぐにバンさんが運転席から顔を出して、魔導力車の通行状況を俺たちに告げる。
「あー、ちょっとぶつかっちゃっただけなんで、気にしないでください」
「えっと……グロウ、ちゃんと運転できてるんですか?」
「大丈夫大丈夫。君、ハンドル、右に動かしてくれる」
「ハンドルゥ?どれだよ?」
「あ、これこれ」
俺の疑問に対するバンさんの発言に反して、グロウは車の右折左折が解っていない様子である。すぐに車は右へと曲がっていくのだが、今度は岩壁にぶつかってストップした。このままでは横転すらしかねないので、念のために俺は窓は全て閉じておいた。俺が席に戻ると、小さなパンらしきものを持ったアマラさんがキッチンから出てきて、何気なく俺の前の席へと腰掛けた。
「そうそう、テルヤ君。具体的な話を聞いていなかったね。車が川へ流されたのちの、君たちの行動について」
「あ、はい」
そういえば、神殿へ向かった理由や神殿であったこと等々について、まだ俺も詳細には話していなかったな。俺は一つ一つ順を追って、車が流されてからの経緯を伝えた。
「カルマさんからも聞いているかもしれませんが、橋のあった場所で魔導力車を襲ったのは精霊神殿を護る守護神みたいな方々で、敵じゃなかったんですよね」
「そうなのかい?」
カルマさんとサカナカナさんがぎこちなく説明した様は想像に難しくないのだが、にしてもアマラさんが全く知らない風で俺の話を聞いているので、もう少し事細かに解説した方がいいと考え直した。
「はい。どうやら近頃……魔物が森へ来たようで、霊獣のジャジャーンさんたちが警戒していたみたいなんですけど、あの2人は神殿には入れないと聞きまして。神殿内部の様子を代わりに見てくるよう、俺とルルルとグロウがお願いされたんです」
「うんうん……あ、これ。半分あげよう」
まだ温度の残っているパンを半分だけもらって、それを食べながら俺はアマラさんとの話を進めていく。聞こえてくる話の内容が気になったからか、ゼロさんや仙人、ミオさんも俺の近くの席に移動して話を聞く姿勢をとった。
「それで、精霊神殿に入る為の儀式などをして、俺とルルルとグロウの3人で神殿へと入りました。ですが……もう霊界神様も精霊様も姿がなく、リリーさんという青い精霊様だけが隠れていた状態でした。リリーさんは、俺と一緒に魔導力車へ戻った小さい子です」
「ちなみに儀式ってなんっすか?」
「俺の体、ちょっと金色じゃないですか?これです」
「イメチェンじゃなかったんすね……」
「不格好ですみません……別に強そうに見せたい訳じゃないですが」
まあ、急に髪を金色に染めてきた人がいたら、イメチェンかグレたかの2択であろう。ミオさんには後者でないことだけは伝えておいた。次に何を話そうか。そう考えていると、ゼロさんが俺の方をじっと見ながら、行儀よく姿勢を正しつつ何か言い出した。
「勇者。金色でカッコいいと思うぞ」
「……え……そうですか?」
「ああ」
急に褒められてしまった。俺が自分で『不格好』などと言ったから、フォローしてくれたのは確かなのだろうが……それを否定するのも悪いし、参ったな。気恥ずかしさを隠せない俺と、特に表情を変えないゼロさんを見て、ミオさんがアマラさんに小声で伝える。
「イチャイチャしだしったっす……」
「あぁ、みんなが見ているというのに」
「そういうのじゃないです……」
『そうだぞ。テルヤ君』
ゼロさんの持っているガラス板から、博士の声が小さく聞こえてきた。
『お父さんは見たぞ』
娘さんと仲良くしてるところをお父さんにも見られた……気まずい。
第82話の5へ続く






