第25話『救出(グッドエンドは、まだ残っている!)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公だったはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。魔物となったレジスタの街でキメラのツーさんに追いかけられながらも、真実の泉へ辿り着きはしたが……。
「テルヤ君!」
飛ぶ術を持たない俺は空へ投げ出されても落ちるだけだが、地面へ叩きつけられる前にジェット飛行している博士が受け止めてくれた。博士は俺を掴まえたまま勢いを殺しつつ着地。俺は地面から高く高く突き出しているツーさんの歯茎へ殴りにかかる。
「ゼロさんを出せ!うああああぁぁぁ!」
何度も何度も叩いてみるが、俺の力では全くダメージを与えられない。ぶよぶよとした太い器官が咀嚼するように動き、内部に取り込んだものを奥へ押し込んでいく。その不気味な物体はズルズルと地面へ引き戻され、俺はツーさんから生えている触手に打たれて、殴られるように博士の足元まで戻された。
「テルヤ君!ゼロは……」
「博士。ゼロさん、俺をかばって……」
「……私の目論見が完全に外れた。本当に、すまない」
「……」
確かに……作戦を練ったのは博士だが、その作戦に期待したのは俺だ。博士に何か言ったところで、責任転嫁でしかない。頭を冷やせ。どうしたら、飲み込まれたゼロさんを助けられるか。
そうだ。俺にはコンテニュー、もしくは『一つ前の選択肢に戻る』能力がある。俺が死ねば、ゼロさんが飲み込まれる前に戻れるかもしれない。しかし、ここへ至るまでに死にそうな目にこそあいはしたが、選択肢は一つも表示されなかった。ゼロさんが食べられる前へ戻れる保証はない。でも……。
「……博士。爆弾などは、お持ちですか?俺を消し飛ばせるくらいの」
「その目は……諦めてはいないのだな。何をするつもりだ?」
「そっ……そうかぁ。死にたいなら、殺してやらないと……」
「……あ……危ない!テルヤ君!」
博士と向き合っている俺の背後から、ツーさんの声ではない別の声がする。それに気づいた博士が俺をかばう形で躍り出て、腕時計らしき装置のボタンを押してバリアを展開した。博士の周りに出現した光の殻に阻まれて爆発が起き、残った煙が次第に消えていく。
聞こえてきた声の正体を探して辺りを見渡す。真実の泉の中央に大きな泥のカタマリがあるのを知った。それは自問自答するようにガラガラとした高い声で喋り出し、すぐに博士は正体を突き止めた。
「これが魔法ねぇ……魔法……」
「……さては、お前。キメラのツーか!?」
「私……私……そうか。そうだねぇ」
泥が流れ落ち、カタマリの中から人の形をしたものが現れる。筋肉や骨格は街の上層で遭遇した時のツーさんに似ているが、手足は細いフォルムに変化している。その分、筋肉が肥大化した部分とミスマッチしており、かろうじて人間のシルエットは保っているが不格好である。顔は目と口こそ見て取れるが、それ以外の部分は焼けただれた皮膚さながら垂れ下がっていた。
「声……声……あああ。あああああ……こっちの方が好きかな?あああ……ああああぁ!」
「ツー……そうか。ゼロを取り込んで、体の一部にしているのか」
相手が喉元をひねって見せると、くもった声の中に澄んだ女性の声が鳴った。それは聞き間違えもしない。ゼロさんの声だ。すると、体もゼロさんを取り込んで模倣したものなのかもしれない。ツーさんは泉の中から踏み出し、尻尾のようにも見える管を引っ張った。管は泉の中へと伸びていて、水を吸い出すホースにも似て脈動している。
「ゼロ……こいつは……私と同じ、いびつな生き物だね。しかし、やっと人の形を得られた。さぁ、君たちも私になって。脳を、心臓をください」
ツーさんは手のひらに火炎の球を作り、それを俺たちへ目掛けて連続して投げつけてくる。それはゼロさんが使っていた魔法の一つだ。博士がバリアで防いでくれているが、いつまで耐えられるかは解らない。それよりなにより、俺は、ゼロさんの声で語り掛けてくる、そのキメラのツーが気に入らない。
「テルヤ君!これを!」
情けなく膝をついている俺の前に何かが投げられた。それは博士がつけているものと同じ腕時計型の装置で、文字盤ではなくスイッチが1つだけついている。おそらく、バリアを発生させるアイテムだとは思うが、次に博士は飛行に使っていた背中のジェットパックを地面に降ろした。
「全ては、私が責任を取る。爆発に巻き込まれぬよう、それを使って逃げなさい」
「博士……何をするんですか?」
博士が白衣を脱ぎ捨てる。その体にはメカメカしい見た目のダイナマイトらしきものが大量に巻き付けてあり、それを持って特攻しようとしている意思が伝わる。目の前のバリア発生機に手を伸ばしつつ、博士に『待った』をかけようと足を立てる。すると、博士の正面で眩いばかりの発光が起こった。急いで顔を上げる。体から神経を抜かれたようにして、博士が地面に倒れ込んだ。
「博士!どうしました!博士!」
「こんな魔法もあるんだねぇ?便利便利」
人を眠らせる魔法……オトナリの村で俺たちを助けてくれた、ゼロさんの魔法だ!博士が俺の視界を遮ってくれたから俺は眠らなかったが、すでに博士は息も静かで意識もない。急遽、俺は渡されたバリア発生機のスイッチを押す。
「ほら、こっちを見てよ!ねぇ!ねぇ!」
再び、火炎弾の応酬だ。炎はバリアで防御できるものの、相手に睡眠魔法がある以上、まともに正面を向く事すらままならない。もう、博士のダイナマイトを爆発させて、あるかも解らないコンテニューのチャンスに賭けるしかないだろうか。俺が不安ながらもダイナマイトへ手をかける。その時、キメラのツーの言葉に変化が見えた。
「勇者……が……勇者……?」
「……?」
「お前!お前、さっさと溶けて、力をよこせええぇぇぇ!私は、まだ……勇者……ああああッ!うるさいいいいぃぃぃ!ゆうしゃ?あれが、勇者!がが……があああああぁぁ!」
なんだ?キメラのツーは攻撃の手を止め、葛藤するようにして頭を抱えている。胸の内から出てくる声を押さえつけるべく、やつは自分の喉元を引きちぎった。その後、ツーの声は元のザラザラとした声質に戻り、今度は自分自身へと呼びかけるように叫ぶ。
「勇者!俺は勇者は、必ず消し去らないとねええぇぇ!勇者だけは、勇者……あああああぁぁぁぁ!」
キメラのツーは腹部についている大きな口を両腕で引っ張り、めくり返すような強引な仕草で巨大化させている。そんな最中、世界は時間を停止。俺の前にメッセージウィンドウが表示された。
『キメラのツーは口を広げ、バリアごと飲み込もうとしている。勇者は、どうする?』
ここにきて、ついに能力が発動した。もう少し早く出てきて欲しかったとは思いつつも、俺は次にとる行動のヒントが出現するのを待った。
『1.ジェットパックを借りる 2.博士を連れて逃げる 3.ヤチャの助けを待つ 』
『自爆する』。それが俺の選択だった。でも、この中には自滅する未来が用意されていない。だとすると、それは少なくとも、ここで選ぶべき選択ではないのだろうと考えた。それに加えて、さっきのツーのセリフを聞き、俺の気持ちもポジティブに向いている。憶測でしかないが、まだゼロさんは、ツーの中で生きている。そうなれば、俺だって死んではいられない!
考えろ。どうすればゼロさんを助けられる?博士を守れる?今までの冒険の中で、なにかヒントはあったんじゃないのか?俺は停止した時間の中で、無理やりにでも意識を集中させる。
一つずつ情報を整理しよう。まず、クリスタルの使い方だ。洞窟にあった壁画の件では、たしかクリスタルらしきものを手に持って、それを泉に入れている姿が描かれていた。しかし、入れてみても何も起こらなかった。う~ん。これは謎だ。一旦、保留しよう。
じゃあ、博士の推理が間違っていたのだろうか。ゼロさんの体には洞窟の守り人の部位が組み込まれていて、そのおかげでゼロさんにセキュリティは作動しなかった。そして、クリスタルは泉の汚れを取り除くアイテム。そういや、ゼロさんがクリスタルを持っていた時、目立つくらい腕が光っていたな。あれは……う~ん。
どちらにせよ、俺がクリスタルを使っても効果はなかったのだ。だとしたら、クリスタル自体に泉の穢れを浄化する力はなかった、と考えられるのではないだろうか。じゃあ、これはキレイなだけのインテリアか?いやいや。ちょっと煮つまってきたな……何か、他にヒントはなかったか?他にヒントは……え~と。
……待てよ。俺が街へ来てすぐ、真実の泉から聞いたお告げがある!その内容は『……が足りない』だった。この『……』に該当するものはなんだ?クリスタルを用意しても効果がなかったのだから、『クリスタルが足りない』では文脈として、少々おかしいのではないだろうか……。
ならば、壁画では、どうやってクリスタルを使っていただろう。あの時、ミオさんと精霊様が何か言っていた気がする。うろ覚えだが、こんな感じじゃなかったか?
『う~ん。この壁画が、儀式の方法を示してるんっすかね』
『女がクリスタルを持って……泉に入れてるんよな』
……壁画に描かれている人は女性だった。ゼロさんの体には真実の泉の関係者の体が含まれている。ゼロさんは手から魔法を使える。ゼロさんがクリスタルを持つと光る……つまり……あっ……あああ!解った……解ったのか?いや……解ったぞ!
理解してしまえば、今まで悩んでいた自分が信じられないと思うくらい単純だ。俺の考えが正しいとすれば、泉を浄化する為にはゼロさんの存在が不可欠だ。そして、浄化すべき泉と、キメラのツーは繋がっている!全ては想定に過ぎないが、ただ自爆するよりは、断然マシだ!行こう!俺は一つの選択に身をゆだねた。
『 1.ジェットパックを借りる! 』
「ぐあああああぁぁぁぁ!死ね死ね死ねええええええぇぇぇ!」
時間が動き出す。キメラのツーは腹部にある口を大きく広げており、今にも俺たちに食いついてきそうだ。俺は地面に転がされているジェットパックを背負い、眠っている博士の横に立つ。
「死……死……ああああぁぁぁ!」
「こいつ、この野郎おおおおぉぉぉ!ゼロさんを、返せえええええぇぇぇ!」
キメラのツーが歯茎を伸ばし、俺たちに襲い掛かる!俺は寸前でバリアを停止!使った事もないジェットのボタンをとにかくオンにする!全力で炎を噴射させ、ツーの牙をくぐって口の中へと飛び込んだ!
もっと奥だ!もっと奥へ!ジェットは最大出力!ツーの内部にある一面の真っ暗闇へと迷い込み、すでに俺は何も見えていない状態だ。呼吸もできない。それでも、クリスタルを持った手は前へと突き出し、手探りで進み続けた。
ベットリとしたものが体に纏わりつき、体が溶けていくような感覚に襲われる。喉を握られるような痛みが、酸素を失う苦しみに加わる。もうダメか……全てが、精神まで浸食されていく。俺が俺でなくなる。クリスタルを手放しそうになった、その瞬間……何かが俺の手に触れた。
「……?」
それは俺の手を優しくほどき、クリスタルをはさみこむように手をつなぐ。体が温かい。黒く染まっていた視界が、ぼんやりと明かりを広げるように白く輝く。ごぼごぼという水の泡立つ音の中、苦しみを発散するが如く、ツーの激しい悲鳴が耳をついた。
「ヴぁああああああぁぁぁ!消えるうううううぅぅぅぅ!ああああああぁあぁぁ!」
近くでガス管でも爆発したような音がして、周囲の闇に光の亀裂が広がる。何が起こるのかと身構える間もなく、俺は破裂したツーの体からはじき出され、転がりながらレジスタの街へ戻された。
「……あ……あれ?」
一瞬だけ気絶しそうになったが、体に鞭打って身を起こす。俺の足元にはヘソの緒を千切られたみたいな黒くて細い生き物が落ちていて、その向こうには黒く染まり切ったマントを被った誰かが、うずくまっていた。呼吸に合わせて、マントの中にいる人が動いている。
「ゼロさん!無事ですか!」
マントの中にいる人がゼロさんであると判断し、すぐに俺は声をかけた。しかし、すでに彼女は声をだす気力もなく、マントから覗いている手も腐食したように形を変えている。なんとかしないと!でも、今の俺では治療もできない。俺は助けを求めて、眠っている博士の元へ走った。がくがくと肩をゆすり、博士を起こそうと試みる。
「博士!起きてください!」
「……」
いつもの俺なら、もう少し手段を選んだのだろうが、今だけは冷静な判断ができない。博士のポシェットからレモン汁を取り出し、ガバガバと躊躇なく彼の口に流し込んだ。
「酢ッ……おへおへ!なっ……なにごと?」
「博士!ゼロさんを助けてください!」
「んん?あっ……ああ!任せなさい!」
博士はレモン汁で喉にダメージを受けつつも、周囲の様子から見て戦いが終わったことを察してくれた。急いで博士はゼロさんに駆け寄り、マントの中を確認したり、背中をなでながら声をかけたりしている。荒っぽく小瓶の薬を流しかけたりしているが、ここでは応急処置が限界の様子だ。
「テルヤ君!ジェットパックを貸してくれないか!」
「俺、なにかできる事はないですか!?」
「ゼロは私が必ず助ける。付き添いたい気持ちもあるだろうが、頼みを聞いてほしい」
もちろん、『ゼロさんを助ける為に何かできることは?』という意味で聞いたのだが、それを先に断って別の頼みを言い渡される。
「ジェットパックで運んで飛べるのは、せいぜい一人だ。君はツーの監視、および街のバリアの停止、それと街を下降させる作業を頼みたい」
「でも……」
「私は、気休めはいわない。必ず助ける。研究所へのドアがある場所に赤と青のボタンがある。それを押しなさい」
「……」
「ゼロは、もう私の娘だ。助けなくてはならない」
……ゼロさんは俺を助けようとして、こんな姿になってしまった。その罪悪感と、女の子の一人も守れなかった虚無感、その上に心臓が握りつぶされそうな感情が覆いかかって、体の震えが止まらない。でも、博士が言うように、俺がゼロさんにしてあげられることは一つもない。
「赤と青のボタンだからね!急いで、頼んだよ!」
重そうにゼロさんを抱えると、博士は最寄りの緊急避難口を目指して飛び去った。その後、俺がバリアを停止させないと二人が街から出られないことに気づき、黒いゴミ袋のようにしぼんでいるツーを掴んで全力で走り出した。
よし。街に張りついていたツーの肉体は完全に消えていて、エレベータも無事に作動するようだ。最短最速ルートを頭の中で考え出し、バリアの停止スイッチがある場所へと到着する頃には汗が玉のように髪から落ちていた。壁についているボタンは本当に青と赤の二つしかなく、片方を押すと街の上空に見えていたバリアが消え、もう一つを押すと微かに重力が強くなる。博士とゼロさんは、無事に脱出できただろうか。
与えられた任務こそ全うしたが、そもそも俺……どこから街を出ればいいんだろう。あまりにも静か過ぎる街をとぼとぼと歩き、ふと街の頂上にある公園へと辿り着いた。
「……おおっ!ビックリした!」
「テルヤァ!」
空を見上げるとガラスの外にヤチャが貼り付いていて、相変わらずの恐ろしい形相をガラスに押し付けて俺を見ている。侵入を制止する警備員がいないと見ると、ヤチャはガラスをぶち破って中へと入ってきた。
「テルヤァ!やはり……俺様は、最強かあぁ?」
「……うん。そうだな」
「……テルヤァ!どうしたのだぁ!」
粋な返答も思いつかず、俺は黙って公園のベンチに座り込む。ヤチャが俺の隣に座ったら、当たり前のようにベンチが壊れ、俺も割れたベンチの間に尻をついた。俺は怒るでも痛がるでもなく、無気力に体育すわりしながら、薄明るい空を見上げていた。
第26話へ続く






