第77話の5『途中乗車』
「バンさん……この車、止める時って誰に言えばいいですか?」
「ん?なんで?」
「車の後ろに……」
そう言って俺が車の後ろ窓を指さそうとしたところ、車が止まっていないにも関わらず急にドアが開き、大きな息づかいのカルマさんが車内へと入ってきた。いつもの通り顔色は非常に悪いのだが、あれだけ走ったにも関わらず汗はかいておらず、あまりに静かにバンさんの後ろへ立ち尽くした為、振り向いた拍子にバンさんがビビる。
「おぉ……どこから来た?」
「はぁ……はぁ……僕は……くっ。ボクは……」
何か言いたげにカルマさんは俺たちを見つめるのだが、大げさに唾をのみ込んだりする仕草を見せた末、無言で席に座り込んだ。引き続きバンさんが質問を投げかける。
「カルマ隊員。どうやって、ここまで……どうして、ここへ?」
「僕は……はぁ……はぁ」
キッと鋭い目つきでカルマさんはバンさんを見つめるが、そのキメ顔を保ったままバッグからボトルを取り出し、まずは乾ききった喉を潤し始めた。その後もカルマさんの口が一向に働いてくれない訳で、その間にバンさんや俺たちは走りゆく荒野の向こうへ黙って視線を向けていた。今日も天気はよろしくない。
「ちょ……ちょっと、よろしいですかぁ!」
「おぉ……どうした?」
遠景に淡く森が見えてきた頃、カルマさんが挙手を交えて立ち上がった。弁当を食べているバンさんが、わざわざ手を止めて話を聞く姿勢をとる。
「ぼく……ぼく……ぼぼぼぼぼ……」
「まぁ、落ち着きたまえ……」
「たいちょう!僕も連れて行ってくださぁい!」
「えー……」
「僕もつれていってくださささぁぁい!」
そうカルマさんに言われ、どうしたものかとバンさんが俺たちの方を見るのだけど、ここで決定権を持っているのは立場的にバンさんだと思われる。弁当箱をしまいながら困り顔をしているバンさんへ向け、続けざまカルマさんが涙ながらに訴えた。
「僕の妹……何かできないかと……病気が……僕……カルマ・ギルティ」
「いや……危険だから、あんまりオススメはしないよ?」
「……みなさんは知らないでしょう。僕は走るのが速いです」
「いや、みんな知ってるから……」
「危なくなったら、すぐ逃げるので、つれていってくださぁい!」
「えええ……」
役に立ちたいのか立ちたくないのか半々な説得なのだが、汗もかかずに魔導力車へ追いつくくらいには走りの面で逸材なので、最悪の場合はセントリアルまで逃げ帰れる可能性はある。緊急連絡係としては頼りになってくれそうだが……うまく報告できなかった前例があるので俺も強くはオススメできない。
「たいちょお!お願いしまぁす!」
「まあ、ここから帰ってもらうのもナンだ。じゃあ、もしもの時は責任をもって逃げるように」
「あ……ありがざざいますッ!」
バンさんの許可を得ることに成功し、カルマさんは緊張した面持ちで席に座り直した。妹さんの前では無情な発言をしていたカルマさんも、やはり家族のために何かしたいという気持ちはあったと知り、俺は挨拶がてらに声をかける。
「カルマさん。よろしくお願いします」
「あぁ……はい」
返事に生気が感じられないんだが……本当に大丈夫なんだろうか。でも、こうして行動を起こしたことは純粋に凄いと思う。その気持ちは本人に伝えておきたい。
「カルマさん。なんだかんだいって妹想いなんですね。見直しましたよ」
「いや……その……」
「……?」
「……勇者さんたちが街を出た後、ばったり妹と会ってしまって」
「……?」
「『あれ?兄さん……任務は?』って……」
あっ……。
第77話の6へ続く






