第77話の1『働き者』
{前回までのあらすじ}
俺は時命照也。恋愛アドベチャーゲームの主人公なのだが、なぜかバトル漫画みたいな世界に飛ばされた。最近、怪しい魔力が原因と思われる病が流行っており、その原因を探る作戦に俺たちも参加させてもらえるようお願いした。聞くところによると、今日の朝には作戦へ向けて動き出す予定らしい。
***
「仙人。起きてください」
「うみゃ……ひゃ?」
朝が来た。わんぱく小僧さながら布団をふっとばして寝ている仙人を起こしつつ、俺は出かけるに際して忘れ物がないか一つ一つ確認している。とはいえ、ポケットに入る程度の所持品しか俺は持っておらず、改めて持ち物を確認したら頭になかったものまで発見されたりする。
「……これは」
学生服の胸のポケットから、小さな髪飾りが出てきた。これは……トチューの町で会った馬の被り物をした人にもらったものだ。ゼロさんへのプレゼントにとくれたのだろうが、今の今まで手渡せるシチュエーションがなかったから、まだ俺のポケットに入っているのである。結構、丈夫に作られているのか、壊れた部分は見られない。
そういえば、馬の被り物をした占い師の人……もう一度、会ってお礼を言いたかったな。あの助言がなかったら、絶対にグロウには勝てていなかった。でも、ああいう謎めいた人って、いざ会いに行ってみると忽然と姿を消していて、二度と会えないのが定番な気もするので、トチューの町へ戻っても無駄なんだろうという気もしなくもない。
(……おはよう。勇者よ)
「仙人。出発に遅れないよう、そろそろ準備して城の食堂に行こうと思います。あれ……そもそも、仙人って作戦に参加するんでしたっけ?」
「ほっひょ!」
「それは……どっちなんですかね」
(行く)
出発日の朝に城の食堂で待っているよう、昨日の時点でミオさんに言われていた。城の食堂というのは城の下層にあるバンさんたちと入った定食屋だと思っていたのが、城の上層部にも食堂があることが解ったので、俺はヤチャをストレッチャーに乗せて運びながら、姫様の作ってくれた夜食を食べた食堂へと向かった。
グロウは夜に見た場所では眠っておらず、すでに食堂で俺たちに先んじて飯を食っていた。黒い着物を着た無法者っぽい風貌の男なので、防衛隊の食堂では姿かたちが異様でいて存在感を放っている。
「勇者!来るのが遅せぇよ!飯が全部、俺の腹に入っちまうとこだったぜ?」
「それ……俺はいいけど、他の人に迷惑じゃないか?」
食べ過ぎないようグロウに注意などしながらも、俺は食堂の中を見渡してみる。ミオさんは……まだ来ていないようだな。それじゃあ、俺たちも朝ご飯を食べながら待たせてもらおう。朝ご飯の注文をすべく、キッチンへ通じるカウンターの前に立ったところ、そこから顔を出したのがカリーナさんだった為に俺は少し面食らった。
「はぁい!ご注文をどうぞー!」
「……あれ?カリーナさんですか?」
「あ、勇者様。朝食ですか?」
カリーナさんって、これから出発するメンバーの1人だったよなぁ。俺は後ろで順番待ちしている隊員さんに先をゆずり、手があいたタイミングで再びカリーナさんに声をかけた。
「カリーナさん。これから出発ですよね?」
「そうなんですけど、調理場の手が足りてるか心配だったんです」
「そうですか……無理はしないでくださいね」
頼りにはなるけど最低限の仕事しかしない人もいれば、こうして頼られたら頼られただけ仕事してしまう人もいるんだという事実は闇が深い。とりあえず、カリーナさんにオススメメニューを教えてもらい、それを俺と仙人とヤチャの3人分だけオーダーした。すると、カリーナさんの後ろの方で調理をしている女の人達が、指示をあおぐために次々とカリーナさんへ呼びかけてくる。
「ママ!シンジャウロースできました!」
「はい!こっちに2人前、持ってきてぇ」
「ママー!炒め終わりましたー!」
「置いてある調味料、順番に入れてねー!」
あれ……もしかして、カリーナさんって若そうに見えるけど……そんな可能性が俺の中で浮上し、つかぬことを本人にお聞きしてしまう。
「もしや、カリーナさんって……子だくさんですか?」
「やだ。私、まだ独身よ?赤ちゃんもいないわよぉ?」
それを聞き、少しだけ安心したような、なんだかよく分からない感情が俺の中に芽生えた。つまり、居酒屋で女の人の店主がママって呼ばれるようなものなんだろうな。そこへ、ミオさんが俺たちを探しにやってきた。
「あ、勇者様。もう来てたんすね」
「おはようございます。まだ時間あるかと思って、ご飯を頼んでしまいました」
「全然、オーケーっす。じゃあ、私もそうしよう。ママー、コッコマンジ!」
「え……ミオさんもなんですか?」
「……えっ、なんすか?」
いや、なんというか……俺もママって呼んでみたい気持ちが湧いてきて、ちょっとヤバい……。
第77話の2へ続く






