第76話の3『雲空』
「……そうそう。じゅーすがあるんだ。これで、にがみをやわらげよう」
「おっと、すぐに飲み物を飲むと、薬の効能が極めて小さくなるぜ」
「なんで……」
罰ゲームに使われているとしか思えない食べ物らしきものを口に含んでしまい、俺とヤチャは苦虫を噛んだような顔で天井を見上げている。グロウが言うには水などを飲むと効能が薄れるとのことなので、健康になりつつある状態のまま俺は会話を再開した。
「ほかにも、いろいろと、かってきたから、すきに、つかってくれ」
「おおお……」
ダメだ……ヤチャは苦みに悶えていて、満足に声を出せる状態ではない。かくいう俺も、ひらがなしか喋れないレベルで口の中が苦みに支配されている。うまく口が回らない現状、入れ歯のない仙人の気持ちが少し解った。ただし、草だんごを食べた効果があったのか、ヤチャの血色は少し良くなったようにも思える。
「……グロウ。あと、どうすればいいんだっけ?」
「まだ日がある内に、太陽に当たるのも悪くねぇな」
「なるほど」
ヤチャは一人で歩くのもキツそうだし、車いすなどの用意がないか別の部屋へと探しに出てみた。通りすがりの隊員さんを呼び止め、ヤチャを運ぶ道具がないか尋ねてみる。
「すみません。車いすみたいなものって、どこかにあったりしませんか?」
「あったかな……う~ん。じゃあ、そこの物置部屋を見てみましょう」
親切に近くの物置へと案内してもらい、雑多に置かれている道具の数々を物色する。そこには俺が乗せてもらったのと同じ型の車いすはあるにはあるのだが、これにヤチャを乗せるには少しばかり大きさが足りない。あとは……あっ。
「ヤチャー。外に行くぞ。これに乗ってくれ」
搬送用のストレッチャーに寝かせたヤチャを俺と仙人の2人がかりで押し、周囲の視線をくぎ付けにしつつ廊下の端を行く。途中途中、隊員さん達に「緊急事態ですかぁ?」と声をかけられたが、お構いなくと言い訳をしつつ進む。
(……どこまで?)
「城の外側にベランダみたいな場所があるらしいです」
仙人の息が切れ切れなので俺が普段以上に頑張って押しているのだが、ちゃんストレッチャーの車輪が回っているにもかかわらず進みが悪く、ヤチャの体重は140キロは超えているに違いないと見られた。それでも隊員さんにベランダへの道を聞いたりつつ、なんとかかんとか建物の外に面した場所まで出た。
たくさん絵画かけてある廊下の先には手すりで囲われている開けた場所があり、そこは陽の光を体中にあびれる場所となっていた。久々に太陽に当たると気持ちはいいが……俺たちの現在地が異様に高所なせいもあり、太陽光は温かいというよりも熱いというのが本音である。俺は額の汗を拭きつつ、城のベランダから遠くの景色を見つめた。
「……んん?」
見渡す限り、街の周囲を眺めまわしてみる。すると、なぜか城の周囲だけは青空が広がっているのだが、それ以外の空には紫色の雲が立ち込めているのが解った。どう見ても普通の曇り空には見えない。それを見つめつつ、グロウが訝しそうに眼を細めて言う。
「ありゃあ、怪しいぜ。魔物の気配がする」
「そうなのか?」
あれが何かは解らないけど、このまま雲が広がり続けたら大変なことになる予感はする。任務開始は明日の朝だ。あまり時間はないのかもしれない……。
第76話の4へ続く






