第75話の3『大変』
「ルルル。ヤチャにもアビスさんと同じ治療できる?」
「やってみるんよ」
すぐに治るかどうかはさておき、今のヤチャは悪い状態であって間違いない。アビスさんに魔法をかけてもらったのと同じ要領で、ヤチャにも治療を施してもらうこととなった。したら、いきなりルルルがヤチャにバシバシとチョップを叩き込み始めた為、すぐさま俺はちっちゃな手の暴力を制止する。
「ちょちょちょ……ちょっと待った」
「なんよ?」
「それ、あってるの?」
「あってるんよ」
まあ、別にヤチャはダメージを受けている様子もないし、これで正しいのだと思われる。が……傍目に見たらイジメにしか見えないからして、妹さんの治療現場にお兄さんを入れなかったのは賢明だったかもしれない。
「勇者さん。ツメ、取れそうっすよ」
「え……引っ張ればいいんですか?」
そうミオさんに言われ、俺とミオさんは一緒にヤチャの爪を引っ張り始めた。すると、粘土に刺した棒を抜くような感覚で尖った爪が抜け、下から普通の人間の爪が現われた。次はキバも抜けそうな気がしたので、そちらは俺が責任をもって一人でやる。
「お兄ちゃん……手が疲れてきた」
「がんばれ。がんばれ」
体の色も健康的な肌色へと回復し、悪魔のようになっていたヤチャの姿は普通の筋肉ムキムキマンへと戻る。ルルルがヤチャの股間の辺りをチョップした拍子に、ヤチャはビクリと体を震わせて俺の顔を見た。
「お……テルヤァ」
「ヤチャ……無事か?」
「……ぬう?」
精神的に問題はなさそうだけど、上半身を起こせないくらい体は痺れているらしい。そんなヤチャの様子を見ながらも、キメラのツーさんは何かを感じ取った様子で声を発した。
『マモノ!いない!いないよ!』
「マモノ…カルマさんの家に行く時にも言ってたっけ」
「……この感じ。マモノってのはヤチャさんや、アビスさんのことなんすかね。さっきの見た目的に」
ミオさんの予想を聞いて、魔物の正体に合点がいった。キメラのツーさんが感じ取っていたのは、アビスさんやヤチャの中にあった濁った魔力だったのかもしれない。とすれば、この病気を引き起こしている原因は、魔物の魔力に近しい何かと考えられる。
「ぐ……ぐぐ……オレサマ、テルヤァと一緒に行くぞぉ!」
そう言って立ち上がろうとするヤチャだが、節々をぎこちなく揺らしているだけで立ち上がれそうな感じではない。おそらく、ヤチャが魔法を自在に使用できるようになったのも、パワーアップの塔での修行を終えた最近のことだ。急に慣れない力を酷使し、その上に疲れが出たせいで今回の病に至った可能性はある。言えば、俺がヤチャに負担をかけさせ過ぎたんだろう。
「ヤチャ……すまないな。いつも無理させて」
「ぐぐぐ……」
「次の作戦が動いてはいるけど、今回は、ゆっくり休んでくれ。できるだけ俺も頑張るから」
「テルヤァ……」
近くの押し入れから、ミオさんが掛け布団や毛布を持ってきてくれる。ヤチャを運ぶには人数が必要そうだから、ひとまず毛布と布団だけヤチャにかけてあげた。
こんな状態のヤチャを調査に連れて行くのは心配だし、今回の件については休んでもらうことに決める。そうと決まれば、レジスタへ戻って会議の内容を確認だ。俺はヤチャに安静にしているよう伝えると、対戦ステージがある会場へ続く階段へ足をかけた。
「テ……テルヤァ」
階段を上がっていこうとした直前、元気のない声でヤチャに呼び止められた。なにか欲しいものでもあるのだろうか。俺は足を止めてヤチャの方へと振り返る。
「どうした?」
「お……」
「……?」
「お手洗い……もう……限界」
ヤバい……すぐさま俺はヤチャをトイレへ運ぶために走り出した。なお、ミオさんが呼んでくれた防衛隊の人たちにも手伝ってもらい、なかなかの大仕事になったのは申し訳ない限りである……。
第75話の4へ続く






