第75話の1『お願い』
俺は時命照也。恋愛アドベチャーゲームの主人公なのだが、なぜかバトル漫画みたいな世界に飛ばされた。セントリアルを中心に魔力による病が広がっていると聞き、その治療を目的に俺とルルルとミオさんはカルマさんの家を訪れた。だが、カルマさんの妹さんは……すでに。
***
布団から出てきたカルマさんの妹・アビスさんの姿といえば、マンガやアニメで稀に見かける悪魔っ娘の風貌で、体には尻尾や角が可愛らしくついていた。治療前から痛みに苦しんでいる様子も見られなかった為、外見的な変化のみが彼女の悩みだと予測される。
「かわ……」
「きえええええええぇぇぇ!ツノが生えてるうううううぅぅぅ!」
何気なく「可愛いじゃん」などと言いたくなってしまったが、本人は深刻に考えている可能性があるので思いとどまった。そんな俺に代わって、カルマさんがツノを見て発狂してしまう。
「……い……妹よ。街で僕を見かけても、話しかけるんじゃないぞ」
「兄さん……」
「カルマさん……それは人としてどうかと思いますよ」
「右に同じっす」
「後ろに同じ」
カルマさんの言動がアレ過ぎて、俺を含めて全員が微妙に引いた。それはともかく、さっきまでは床にはなかったであろう何か、キラキラした正体不明の物が散らばっている。これはなんなのか、治療した当事者であるルルルに質問してみる。
「この、下に落ちてるキラキラしたのは何?」
「妹さんのウロコと皮」
「はいだのか……」
「はいだというと聞こえが悪いん。魔力を注入したら、自然とむけてきたんよ」
すると、俺たちが来る前までは今よりも悪魔的な姿で、ややマイルドになって悪魔コスプレと化したわけだな。でも、落ちているウロコと皮はベールやアクセサリーのように輝いていて、それはそれで魅力的だったかもしれない。アビスさんがカルマさんに泣きつこうとするが、爪が魔物的に赤く尖っているせいで拒絶されていた。
「はぁ……はぁ……やれることはやったんだ……僕は、誰が何と言おうと、やれることはやったんだ!」
「兄さん……私、なおるよね?絶対、元に戻れるよね?」
「く……はぁはぁ」
カルマさんは普段と同じく息も絶え絶えであり、苦悶の表情を見せながら部屋の片隅にうずくまってしまう。したら、アビスさんは藁にも縋る思いとばかりに俺の方へと歩み寄る。
「勇者様……だよね?なんで私が、こんな姿になったのか、知ってるんでしょう?」
「え?あ……まあ、大体」
「お願い!このままじゃ、家の手伝いにも出ていけない!治す方法を教えて!」
刺さりそうもない短いツノと頭を下げ、アビスさんは俺に病の治し方を聞いている。バンさんの話を最後まで聞いていないから、本当に原因を究明できるかというと確証はない。しかし、ここで尻込みしていては恋愛ゲーム主人公としても、バトル漫画主人公としてもダメだ。俺は薄い自分の胸を拳で叩き、彼女の頼みを快諾した。
「まだ解らないことは多いけど、病気の原因は俺がつきとめる。任せてくれ」
「ほ……ほんとに?ありがとう!」
「え……お兄ちゃん。調査に行くのん?」
なぜか乗り気でないルルルの態度は気になるが、もう言ってしまったからには引くに引けない。やっと見せてくれた、この子の笑顔には応えなければ。そうして冷や汗を隠している俺の手を握り、アビスさんは期待の思いを伝えている。
「勇者様、ありがとう!私も手伝えることは頑張るからね!」
「あ、うん」
「それに、私にはレジスタ事件を解決した兄さんもいる……心強くて、嬉しくて涙が出ちゃう。応援するからね!」
「あ……うん?」
そんなセリフがアビスさんの口から飛び出た為、俺たちの視線は自然とカルマさんがいた方へと向く。しかし、もうカルマさんは部屋にはいない。あ……逃げたな。
第75話の2へ続く






