第74話の5『兄貴』
変装した俺とカルマさんたち3人は一緒に民間用エレベーターへと乗り、安心安全なプロの操縦で街の最下層へ向かう。エレベーターが下の階へと降りるにしたがって、徐々に乗ってくる人も増えていき、1階へ到着した頃には乗客が20人くらいになっていた。
これから俺たちはカルマさんの実家を訪問する訳で、あとはカルマさんのあとについていけば道に関しては間違いない……はずなのだが、気のせいか何度も同じ道を歩いている錯覚に襲われる。それでも、なんとか細い通路の隠し扉を発見し、その奥へと俺たちは進んでいく。
『……ッ!マモノ!マモノ!』
「こら、静かにするんよ!」
突如、ルルルの腕に装備されていたキメラのツーさんが騒ぎ出し、ルルルが手で押さえながら声を封じていた。幸いの事、周りには誰もいなかったから怪しまれずに済んだが、ツーさんの正体を知らないカルマさんはビックリして腰が抜けてしまった様子である。
「そそ……それ、なんですかぁ!」
「えっと……ああ、すみません。これ、腕時計ですよ!マモノが近くにいると鳴るんです!」
「ですか……はあ、勇者さん。変なものをうちに持ち込まれると困りますよ?僕が」
『モノ扱い!モノ扱い!』
「……すみません。この人も俺の仲間なんです。ツーさんっていいます」
レジスタを襲ったキメラだと正直に言ったらイヤな顔をされそうだったので、無難に便利アイテムとして紹介してみたのだが……モノ扱いしないでくれとツーさんに怒られてしまった。まあ、さっきの言い草は確かに失礼だったなと納得はする。そうして俺が多方に謝罪している状況の中、ミオさんが話を先に進めてくれた。
「……っていうと、この付近に魔物がいるんすか?」
「……そうなりますね。ツーさん。魔物の魔力は強いんでしょうか?」
『ザコ』
「……だそうです」
魔物はいるにはいるようだが、敵としては強い相手ではないと見られる。こちらはミオさんしか戦える人がいないけど、何かあれば街の防衛隊の方々も来てくれそうなので気持ちは楽に持っておいた。
「あ、ここ僕の家です。おっとう、おっかあ。元気してだか?」
「おぉ、ギルティ!おめ、けぇってただか!こったら時間になにした?」
魔物についての会話をしている内に目的地へ着いたらしく、階段の下に開かれているスペースには果物の入った箱が多く並べられていた。お店は開店準備中らしく、カルマさんの両親と思われる、おじさんとおばさんが忙しそうに商品を運んでいる。おじさんとカルマさんが何か話をしているが、方言のような聞きなれない言葉遣いなので、すんなり耳に入ってこない……。
「おっとう。アビスの看病さ来てもらったばって、こっちゃ勇者さんだ」
「んだが!よぐきてくれだ勇者様!これ、けぇ!遠慮すな!」
「あ……ありがとうございます」
おじさんの厚意でリンゴみたいな果実を1人1つずつ受け取り、俺たちは店の奥にある通路へと入れてもらった。そこを歩きながら、カルマさんが顔色を暗くして愚痴り始める。
「折角、街に引っ越してきたのに、うちは田舎者の感じ丸出し……ふっ、まったく。イヤになるよ」
結構、カルマさんも方言ノリノリで話してた気はしたが……これが嫌だったから自虐的だったのか。そう俺が考えている中、カルマさんは廊下の一番奥にある扉の前で立ち止まる。
「ここだ。アビス、開けるぞ」
「……えっ!ま……待って!兄さん!」
部屋の中から女の子の声がして、まだ開けないでほしいと伝える。しかし、病気という割には元気そうな声である。待てと言われて待つ気もなく、カルマさんは遠慮なくドアを引き開けて侵入した。そこには12才くらいの女の子がおり、体を包み隠すようにして布団を被り、そこから顔だけ出して涙目で俺たちを見つめている。
「ほら。妹よ。そこの女の子がなおしてくれるから、布団から出るんだ」
「やだぁ……恥ずかしい」
「あの……カルマ隊員。私とルルちゃんでやるっす。部屋から出ててもらっていいっすか?」
「でも」
「でもじゃないっす」
「はい」
何が原因かは解らないが、嫌がっている女の子に配慮し、俺とカルマさんは室外へと退避した。部屋の中からは小さな悲鳴やら、泣き声やらが聞こえてきて、ちょっとドキドキしてしまう。その心音が聞かれたからか、つぶやくようにしてカルマさんが俺に告げる。
「勇者さん」
「なんですか?」
「……うちの妹には手を出さないでください」
「出しませんよ……あんな小さい子に」
俺、見境ない人だと思われてるんだろうか……むしろ、倫理的に見て安全な人間だと思っているが。
「……出されても、僕は止めないので」
「……そこは止めた方がいいと思います」
そして、この兄である……。
第74話の6へ続く






