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第22話『野営(…)』

《 前回までのおはなし 》

 俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。真実の泉に関する調査をするためにレジスタの街を離れて半日、どうした事か街は魔物へと変貌したらしい。街がヤバげ。

 

 通信機能を持つガラス版には禍々しい何かが映っていて、それを博士は魔物になったレジスタの街だという。確かに、空を覆うほどの大きな物体には黒い翼のようなものがついているし、左右には筋肉質な腕みたいなのが揺れている。


 そんな街を外から映しているとなれば、博士は街が見える野外にいると考えられるが、どこにいるのだろうか。そう考え始めた中、博士は顔を映さずに待ち合わせ場所を提示する。


 『私の研究所へ来てほしい。そちらで対策を立てよう。あ……ガラス板は忘れずに持ち帰ってくれ』


 その後もガラス板の映像は途切れず、博士が仙人に語り掛ける落ち着いたリポートが送信されている。その様子からすると今まさに危機感がある訳ではないようだが、よく見るとレジスタの街の近くを光りながら飛んでいる謎の飛行物体がある。


 「これ、光ってるの、なんだろう……」

 「そ……それにつけては僕が報告……ぐっ!はぁはぁ……ッ!」

 「あれじゃろ。勇者の……」

 「待ってください!そこは僕、カルマ・ギルティに!カルマ・ギルティに言わせて……」

 「勇者の旧友の……」

 「仮面の人!そこは僕に……ッ!」

 「ごめん……もう解っちゃったからいいです」


 カルマ隊員が悶えている横よりヒントが小出しされ、さすがの俺にも予想がついた。おそらく、ヤチャが街の外で抵抗していて、魔物とかした街の進行をくいとめているのだろう。人知れず事情も知らずに奮闘するヤチャ。やはり、大した男だが……その貫禄が災いしてか、街へは入れてもらえなかったと見える。


 「事態は急を要するっす!街に戻るっすよ!」


 「……そうだァ!僕はテルヤさんたちが戻ることを先に報告連絡いたしますゥ!ミオ隊員!お先に失礼ィ!」


 報告できる案件を見出したカルマ隊員は土ぼこりをあげてダッシュし、あっという間に森の中へと消えていった。あれだけ足が速いと、何か他に適した仕事がありそうな気もするが、この世界にマラソン選手という肩書がなさそうなのが残念である。


 博士はジェットパックで飛べるし、仙人も謎の力で飛べるから研究所へ戻るのにも時間がかからなかっただろうが、俺とゼロさんとミオさんは飛べないから元来た道を徒歩で行く。


 考えても見れば、こんなに女の人ばかりの組み合わせで歩くのは、この世界に来て初めての事だ。なのにゼロさんは俺を避けて歩くし、そちらを放っておいてミオさんに声をかけるのも気が引ける。なにより、俺の足元には常に女児が位置取っていて、そのせいで他の人たちが横に来てくれない……。


 「勇者!伝説の剣を授けるんよ!」

 「いい枝ですが遠慮します……」


 やけに懐かれているが、未だに幼い女の子とのコミュニケーションの取り方が解らないから他人行儀が抜けない。その上、人間ですらないものだから目上として扱っていいのか、フランクに接していいのかも判別がつかない。その割に精霊様の相手は俺の役目となっていて、ゼロさんとミオさんは何気ない会話をしたりしている。複雑だ……。


 「夜になりますねー……ここで朝まで待ちます?私、テント立てれるっすよ」

 「ええ。夜通し歩くのは俺には無理そうです……」


 大体、研究所までの道のりの3分の1ほどは歩いたかな。空は浅く紺色に染まっていて、もう少しで夜が来る。ミオさんのリュックには野営に使える道具が入っているみたいだが、街と格闘しているヤチャの身を考えると、ここで立ち止まるのも悪い気がしてしまう。街の状況が垣間見えないものかとガラス版を掲げてみたら、相変わらず空に浮かんだ街が映し出されていた。


 『ふはははははっ!俺様は、無敵……だぁ!ふははぁ!』


 夜闇を裂きながら煌々と飛び回り、街と対峙し続けているヤチャの声を聞いて、俺は一晩の睡眠を決意した。ミオさんがリュックを下ろして道具を取り出そうとしていると、辺りを見渡していたゼロさんが大樹のある方向を指さして告げる。


 「以前、あの辺りで休めそうな場所を発見した。木の中にある大きな穴なのだが……外にテントを張るより安全かもしれない」


 「そっち行ってみたいっす。案内、お願いしまっす」


 近場に眠れそうな場所があるらしく、俺たちはゼロさんの案内で大きな木の下へ移動した。木は逆側へ回り込むだけでも3分ほどかかる太さで、地面へ張った根は乗り越えるよりも隙間を見つけてくぐった方が早い。


 幹へ巻き付くように伸びた根をつたい登っていくと、人一人分が通れるくらいの穴が開いていた。ゼロさんが光の球で照らしてくれれば、八畳ほどの空洞が視界に広がる。隅にダンゴムシくらいはいるものの、野生動物の住処にはなっていないようだ。


 「あったかいっすね。一応、毛布あるっす」

 「ああ、ありがとうございます」


 ミオさんが毛布を出してくれた為、それを被ってうずくまってみる。日向で干したような、いい匂いがする。まだ寝るには時間的にも早いが、もう動きたくない。


 「すぐそばに緩やかな川がある。用があれば使えばいい」

 「あ、じゃあ水浴びしてくるっす。精霊様も行くっすか?」

 「おお、行くんよ行くんよ」

 「私が案内する。準備が出来たら外に来てくれ」


 みんなは近くの川に行くらしい。いや、水浴びと聞けば、覗きたい気持ちは十分にある。しかし、恋愛アドベンチャーゲームでは覗きをした代償として、そのままボコボコニされてゲームオーバー……なんてオチもあると聞く。それに加えて、精霊様の肌色が映りすぎると絵面的に危険なので、俺は毛布の中での安息を選んだ。


 あと、こういう覗きとかを率先して企画するのは大体、同じクラスの親友悪友なのだ。その逸材がいない中、主人公の俺が一人で覗きを働くのは展開としてタブーである。だから、俺は自分の身の丈を考えて覗きはしない。けっして、勇気がないからではないのだ。


 「……勇者」

 「はい!いえ、はい」

 「……火を起こした。あたるなら外に来るといい」


 のぞきをしない理由を並べていたところ、不意にゼロさんの声が聞こえて背筋が伸びた。あまりに俺が毛布で安らいでいたからか、寒いのかと心配してくれたのかもしれない。仲間になってくれた人たちは優しい人ばかりだが、いつも気遣ってくれるのはゼロさんだな……と、しみじみ感謝する。


 木から少し離れた場所に小さく火が焚かれていて、ミオさんと精霊様も先に温まっている。しっとりとした髪の2人は水に洗われてきたようだが、ゼロさんは川に入っていないようだ。


 焚火ってアレだな。温まろうと思って近づきすぎると顔が熱いし、離れたら離れたで全く温かくないという。あと、風向きによっても居心地が違うので、そこを考慮しつつゼロさんの横に座る。


 濡れた精霊様をミオさんが乾いた布で擦っており、じゃれ合っているようにも見える。そうしつつも、ミオさんは今夜の相談を始める。


 「私、ここで見張ってるんで。みんなは中で寝てていいっすよ」

 「気にするな。私は眠らないから」

 「ゼロさん、寝ないんすか?」

 「俺が見てるから、ここは任せて……」

 「いや、勇者は眠れ」

 「死にそうな顔で言われても困るっす……」


 そんなに言われるほどだろうかと、レジスタの街が映っているガラス板で自分の顔を確認してみる。確かに……目に全く光が入っていない。他の人たちは俺ほど疲労を抱えてはいなさそうだが、俺はバトル漫画の世界の人じゃないから、そもそも他の人たちとはポテンシャルが違うのかもしれない。


 「……それと、少し勇者と話があるから、ミオ隊員と精霊様は先に休んでくれていい」

 「え……俺ですか?」

 「それは助かっちゃうっすね。精霊様、行くっすよ」


 すでに電池の切れている精霊様を抱えて、ミオさんが幹の中にある部屋へと戻っていく。すると、必然的に焚火を囲むメンバーは俺とゼロさんだけになる訳で、火の熱さとは関係のない汗が流れてしまう。


 「……」

 「……」


 『話がある』と聞いた以上、相手の口が開くのを待つべきだろうか。焚火の割れる音が沈黙をごまかしてくれないかと、意味もなく枝で火を突いてみる。あらゆる音が吸い込まれていきそうな空気の中、いつもに増して落ち着いた声でゼロさんは語りだした。


 「……ミオ隊員と会話をしたのだが、彼女は良い人だ」

 「え……ええ。俺も、そう思います」

 「……気立てがいい。それに、顔もキレイだ」


 一瞬、『ゼロさんはミオさんの事が好きなんじゃないか……』と考えを起こしたが、『恋愛系ならともかく、この殺伐とした世界に限って女の人同士はなさそう』と間伐いれずに改めた。


 「ミオさんの話をするために、俺を残したわけじゃないですよね……」

 「……ええ」


 ですよね……。


 「……」

 「……」


 再び、沈黙が訪れた。俺は丸太に座っているゼロさんの、手元へ視線を落している。


 「……恥ずかしい話だが、なにかと理解できないことが多い」

 「……例えば?」

 「どうして、勇者は私を旅に呼んだのだろうか……」

 「そうですね……」


 多分、本作の読者か視聴者かユーザーさんか、その俺たちを見ている人すら理解していないと思しき質問が、ついにゼロさんの口から発せられてしまった。『恋愛アドベンチャーゲームの主人公だから』などと正体を明かしても答えにはならないし、俺も自分の気持ちを伝える他ない。


 「……信じてもらえるかは解らないですが、ゼロさん……に初めて会った時、運命的なものを感じたんです」


 「……」


 この世には相手を見た一目で惚れる現象すらあるのだから、見ず知らずの俺を助けてくれたゼロさんへの感情について、運命と表現してもいいと考えている。しかし、無言の彼女は、どんな言葉を期待しているのだろうか。あちらは俺のこと、どう思っているのだろう。


 俺の事、単純に謎の人物として見ているのか?それとも、ちょっとは意識してくれている?好き?嫌い……ではない?むしろ、俺はゼロさんに、なんって言ってほしいのだ。でも、俺は……。


 「……ゼロさん。あなたとは、一緒にいたら、とても素敵なことが起こる。そんな気がしたんです」


 「……それは……私は。だが、その期待には、きっと応えられない」


 言葉の足りなさを補うようにして、ゼロさんが数えるようにして声を続ける。


 「ミオ隊員のように笑えない……料理も大したものは作れない……それに」

 「だったら、俺だって……」


 そこまで聞けば、鈍感系主人公の俺でも察しはつく。俺だって、この世界じゃ主人公の器じゃない。だったら、ヒロインだって同じはず。俺は思わず立ち上がって、深く透明な星空を見上げた。


 「それを決めるのは、俺に任せてください。俺がハッピーエンドまで連れて行きますから」

 「……勇者」


 ああ、言っちゃった……。


 「……う……疲れたら呼んでください。見張り、交代しますので」


 灯りに隠しても解るくらい、顔が真っ赤になっていただろう。俺は言いたい事だけ自分勝手に伝えて、ぎこちなくも木の根を登る。木の中にある部屋を見ると、先に戻った二人は寄り添いあって眠っていて、その中にも入り辛かったから俺は毛布だけ借りると部屋の外でうずくまった。


 ちゃんと好きだって言えなかった。今からでも伝えに戻ろうか。でも……俺も初めてのことだから、そこまで勇気が出ない。クールダウン……クールダウン……冷静になろう。


 しばらくは混乱した頭の中を整理していたのだけど、いつしか眠ってしまった。無神経な自分をどうかとも思う反面、こういう時でも眠ってしまえる辺り、俺の特技は恋愛する事じゃなくて眠る事なのかもしれない。まあ、それに助けられている節すらある。


 そんな夢の中、謎の爆発音が俺の目を覚ました。


 「……うわあああ!なんだ!」

 どこだ?どこから聞こえた?パニックになりながらも、空が明るくなっていることを知る。音は……木の下の方だ!俺は転びそうな体勢のまま足を動かし、根の上に立って根本の様子を見つめる。そこには黒い煙を吐きながら、地面に突き刺さっているミサイルのようなものがあった。


第23話へ続く 

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