第72話の7『ヤチャ vs シュッパ』
「テルヤァ……ずっと、強い……ともに修行……したことやあああああぁぁぁぁ!助けてくれたことまでえええええええぇぇぇぇ!全部……おぼえているッ!」
「……それに応えるため、私に勝ってみせるか」
ヤチャが思いのたけをどっと吐き出し、戦闘態勢に力を込めて体中の筋肉へ血を送り出す。血管のみなぎった腕や足は張り裂けそうに膨らんでおり、すでに服に至っては股間の部分以外は残っていない。
「テルヤァ……と、一緒に戦う!卑怯……しない!鍛えた……オレサマ、自分の力で……勝つッ!おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
掛け声を出したヤチャは一瞬で姿を消す。次に現れた時にはシュッパさんへと見た事もない速さでラッシュをかけており、常人である俺の目では手足の動きがまるで見えない。ただ、やはりシュッパさんは一歩も動かずに全ての攻撃を受け止めており、いまかいまかと反撃のスキをうかがっているのが解る。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
……俺は、この世界に途中から入ってきた人だ。だから、ヤチャと修行した記憶は一つもない。でも、あいつにとって俺は一緒に修行した、ただ一人の友達で、憧れを向ける相手だったのだと思う。この戦いは、そんな俺に対しての答えであって、勇者決定戦での俺とヤチャの試合は、ヤチャの期待に俺が答える戦いだったのだと理解した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「倒れなければ……絶対に負けはない。魔法を使おうが、君に私は倒せない!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
もともと、ヤチャは魔法なんて使えなかったのだろう。そこで、無茶苦茶して体を大きくしてみたり、がむしゃらに無謀な修行へ挑んだりしていたと思う。勇者には選ばれなかったけど、俺と一緒に強くなろうと決めた生粋の武闘家である。塔の効力で授かった魔法ではなく、昔からの修行と、素手と素足と気合で一晩中、てっぺんの見えない塔を登り続けた……その成果を俺に見せたい。その気持ちが伝わってきた。
「……ッ!」
突然、何を思ったか姫様は小走りで部屋から出ていってしまった。ただ、俺はヤチャの戦いを見届けたい一心で、すぐに試合の方へと視線を戻した。ヤチャの攻撃は強い風圧を生み、辺りには台風でも起きたかのように砕けた舞台の破片や、レフェリーさんが飛び交っている。
『おっとおおおおおおぉぉぉぉ!すごい気迫と攻撃いいいいいぃぃぃぃぃ!』
レフェリーさんが空へと吹き飛ばされ姿を消すと、嵐のような風の渦からヤチャが飛び退き。これが最後の力とばかり、右腕を自分の体より更に大きく巨大化させた。
「くらえ……岩……石……崩しいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃィぃィぃィぃ!」
「……ッ!」
ヤチャの渾身の一撃を受け、あのシュッパさんが後ろへ数歩だけ退いた。シュッパさんの息の荒さ、体のケガの酷さは見るに明らかだが、まだ倒れはしないと気張っている。これでもダメなのか……俺が目の前のガラスを叩いた。そこへ、吹き飛ばされていたレフェリーさんの声が響き渡る。
『……こ……これは……シュッパさん!場外!場外いいいいぃぃぃ!』
「……ええ?」
シュッパさんはステージの真ん中に立っているのに、なんで場外なんだ?そう思い、暴風の収まったステージを見る。シュッパさんのいる位置から後ろ、ステージが全て砕けてなくなっていて、真ん中にはシュッパさんが立っていたであろう足あとがくっきりとついていた。そうか。シュッパさんは地面に脚力で足を突き入れて、飛ばされないように耐えていたのか。
『……よって、押し出しにより、ヤチャ選手の勝利いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!』
「お……おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!テルヤァああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
観客席から飛ぶ歓びと悲しみの歓声に交じえ、ヤチャは俺の名前を叫びながら歓喜の雄たけびを上げる。かっこいいぞ。ヤチャ……そう思って聞いていたら、唐突にヤチャの声が止まった。
「ああああああああああああああああああああッ……」
「……ん?」
立ったままピクリとも動かないヤチャを気にし、レフェリーさんが慌てて確認に行く。ヤチャの目の前で手を振ってみたり、呼吸を聞いてみたりしている。その末、マイクを使って報告する。
『……し……死んで』
「ぐ……ぐがががが……ぐががががあああああああああ……」
『ああっと!寝てるだけだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!ヤチャ選手、お疲れ様あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
……本気の戦いを終えた後という事もあり、本当に死んだのかと思いビビった。それにしても、このノリ……少年マンガとしては見事なまでにベタだなぁ。
第73話へ続く






