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第72話の3『転空』

 シオンさんが力任せに振るう剣からは雷撃が放たれており、もはや誰も近づく事すらままならない。グロウはステージ上を逃げ惑いながらも刀を差し向けたりはしているが、シオンさんの動きは今までにも増して俊敏で、一切の攻撃が当らない上に避ける動作すら一瞬たりともうかがえない。


 「うああぁぁぁぁぁ!僕から離れろ!僕から離れろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 「追いかけてんのはお前だろ!うおおおおぉぉぉぉ!」

 

 グロウを狩ろうとしているシオンさんの言動や形相といえば、ステージへ上がった時の温和な雰囲気はまるで残っていなくて、一つ間違えば審判さんにも斬りかかりそうな勢いである。その割には観客の人たちに戸惑いは見られず、むしろ黄色い声すら上がっている。もしかして、血を見ると動揺するというシオンさんの癖って、それなりに周知されていたりするのだろうか。


 「アマラさん……シオンさん、大丈夫なんですか?」

 「まあ、あのギャップがいいという声もある」


 そうなのか。でも、猟奇的な性格のキャラクターって、なんか妙な人気あったりして良いよな……と、普通キャラの俺が羨んでみたりもする。


 「うん。そして、その精神状態の危うさから、シオン君は別名……」

 「あああぁぁぁ!それ以上は言わなくていいので!」

 「……そうか。だが、人呼んで」

 「あああぁぁぁ!勘弁してください……」


 アマラさんの口から放送禁止用語が出そうな気がしたので、大声を出してギリギリのところで食い止めておいた。そんな俺とアマラさんの会話はさておき、一向に突破口を見つけられないのかグロウは未だに逃げ惑う他ない様子であった。


 「僕を……僕を傷つけるな!いいか!?絶対だ!」

 「ああ?傷の一つや二つ、勲章として持っとけ!この野郎!」

 「うるさいうるさい!ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 シオンさんはステージ脇へグロウを追いつめると、そのまま猪突猛進、剣を高く振り上げて攻撃に及んだ。ただ、その中の一瞬だけ、変な挙動が混じったというか……それが俺にも見て取れた。

 なんだろう……足元には刀が散らばっていて、刀と一緒に鞘も幾つか落ちている。シオンさんは鞘を蹴飛ばしたせいで、動きが乱れたのだろうか。それにグロウも気づいたのか、逃げ腰の態度から一転、刀を逆手に持って構えた。


 「……読めたぜ。鬼ごっこは、もうやめだ!投刀風封術!」

 「ああああああぁぁぁぁぁぁ!消えろおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 グロウが起こした風は攻撃に使うものよりも白く透き通っていて、やや動きの読めない弱い風がグロウの服を静かに揺らす。床に落ちている鞘や刀が浮かび上がる。直後、鞘の一本に足を引っかけられ、シオンさんの体は逆さまに投げ出された。そこへ、グロウが風を送り出すようにして刀を強く振り下ろす!


 「……転・空!」


 グロウが相手の攻撃を倍返しで受け流し、シオンさんはステージの逆側まで物凄い勢いで飛ばされていった。小さな鎧から露出している白い肌は赤く腫れているように見える。倒れたまま動かないシオンさんの顔をのぞき見た後、レフェリーは信じがたいという声で試合終了の合図を出した。


 『ま……ま……まさかの事態!シオン選手、立てません!よって勝者……グ……グロウ選手だああああぁぁぁぁぁ!』

 「……しゃあああああぁぁぁぁ!見たか!勇者あああぁぁぁぁ!」


 会場はシオンさんの敗北に対しての驚愕や、単純に勝者へのエールや、その他もろもろの感情でごった返している。ただ、どうして最後の一撃が決まったのか俺には解らず、姫の機嫌をうかがいつつ小声でアマラさんに尋ねてみた。


 「……最後、どうなったんですか?」

 「シオン君が回避できるものとしないもの、それを彼は見破った。見事な投げ技だった」


 ……多分、シオンさんは危険なものを無意識に避けられる人だったから、傷を負わなそうな鞘に対しては反応できなかったのだろう。そう勝手に理解したと同時、俺はアマラさんの言葉に対する引っかかりを素直に返した。


 「剣術に投げ技はない……俺、そう考えてました」

 「うん。私も」


                            第72話の4へ続く


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