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第72話の2『隠し玉』

 シオンさんの剣が振り抜かれるより一瞬だけ早く、ゴゥオンという鈍い音が鳴り会場は暗闇に包まれた。な……なんだ?


 『……あーっと!照明が落ちましたー!何も見えません!』


 何も見えない中、レフェリーさんの声が聞こえる。狙ったか狙うまいか、黒い風が照明に直撃したらしい。太陽はチカチカと点滅し、すぐに会場全体には明るい光が戻る。

 俺たちがステージへ目を凝らした時には、すでにグロウもシオンさんもいなくなっていた。どこへ行ったのか……照明の光をさえぎって上空を見る。そこには、鳥の姿でシオンさんをつかんだまま飛び立ったグロウの姿があった。


 「これで、もう動けねぇだろう!」

 「……では、こちらはどうでしょう」


 暗闇を使ってシオンさんの不意をつき、得意な空中へ連れ出したらしい。グロウはシオンさんの上半身と下半身を足で鷲掴みにしているが、手を爪ではなく翼に変えているから攻撃はできない。一方、シオンさんは体を拘束されてはいるものの、体から魔法で電気のようなものを発して脱出を試みる。


 「ぐぅ……」


 きっと遥か上空から叩き落とす作戦だったのだろうが、このままでは痺れに負けて先にグロウが力尽きる。かといって、シオンさんを離せば、その瞬間に斬りつけられるだろう。一見して墓穴を掘った様子に思えたが、途中でグロウはピタリと上昇するのをやめた。


 「……しゃあねぇ!見せてやらぁ!」

 「……?」


 グロウは両足を動かし、シオンさんを自分の面前へと持ち上げる。そして、大きく口を開いた。


 「隠し玉だぁ!絶刀・紅紅べにくれない

 「……ッ!」


 くちばしの奥から、赤い舌……いや、赤い刀が勢いよく飛び出した。どう見ても避けられない体勢で間違いないのだが、シオンさんは関節を無視した柔軟な動きで間一髪、その直撃を免れた。ただ、彼の白い肌……脇腹からは赤い血が滴っている。グロウの力がゆるんだすきをついて腕を出し、シオンさんはグロウへと剣で反撃する。


 「うおっ……いてぇ!」

 「ぐっ……」


 両者ともに5メートル近い高所から落下し、しばらくはステージの上でうずくまっていた。そんな中、先に立ち上がったのはグロウであり、近くに落ちている刀の一本を拾い上げる。一方、シオンさんは傷口ではなく、頭を抱えて塞ぎこんだまま、うめき声をあげている。


 「あ……ああ……」

 「ああ?どうした……終わりか?」


 痛がっている……というより、むしろ悲しんでいるようにも見える。シオンさんの姿を見て、俺の隣にいるアマラさんがつぶやく。

 

 「あぁ……追い込んでしまったようだね」

 「……?」

 「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 「……!」


 突然、シオンさんの叫び声が聞こえ、遠くにいる俺すらビビってしまう。ど……どうした?混乱した調子の口調で、シオンさんがグロウに何か言っている。


 「君……逃げて……僕が僕が……僕が」

 「……あ?」

 「……僕じゃなくなる前にッ!」


 顔を上げたシオンさんの表情は普段の澄ました表情とは微妙に違う、ちょっとイッちゃった感じの笑顔であった。さすがのグロウも驚いたのか、ビクリとして刀を落としそうになっていた。


 「なぜ、君は僕を傷つけた!やめろー!やめろよおおぉぉぉぉー!」

 「おわあああああぁぁぁぁ!」

 

 剣を振り回しながら走り出したシオンさんと、背中を向けて逃げ出したグロウ。傍目に見るとギャグみたいな光景だが……当事者だったら笑えないやつである。一体、何が起こったのか。アマラさん……解説をください。

 

 「アマラさん……あれって」

 「あぁ……シオン君、血を見るとテンションが上がってしまうんだ」

 「そ……そうなんですか。変わった方ですね」

 「……つまり、血が好きなんだね」


 う~ん。それは違うんじゃないですかね。


                               第72話の3へ続く  

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