第71話の3『追われる身』
武闘会の時、ヤチャとグロウは同じ控室にいたと思われるのだが、やっぱりグロウは今のヤチャと昔のヤチャが同一人物だと気づいていなかったようである。俺だってヤチャには出会い頭にアイアンクローされながら持ち上げられた経験があるからして、一緒に旅に出た小坊主と本当に同一人物なのか、にわかに疑問ではある。
「そいつ、様変わりしすぎだろ……何があった?」
「お前もだろ……」
少し前までカラスだった人が、他人を指さして何か言っている。そして、今頃は女性部屋にいるであろう人も、グロウが前に会った時とは割と別の風貌である。だが、あちらはマントと仮面をつけていたから、それを外しただけに見えなくもないかもしれない。
「……」
ヤチャを見ながら絶句しているグロウはさておき、この雰囲気なら普通に会話をしても問題なさそうだ。まあ、仙人は入れ歯がなくて話しづらそうなので、行き先が同じっぽいセガールさんに話を聞いてみる。
「セガールさん。この車、どこに向かってるんでしたっけ」
「セントリアルから近めの諸国をめぐって、数日後にセントリアルへ戻る車らしいわよ。最初の駅は……マグマグ温泉街かしら。気に入った場所で下りればいいんじゃん?」
「近郊ですか……なるべくセントリアルの人には見つからないよう動きたいですが……」
セントリアルから近い場所には隊員さんが派遣されているだろうから、すぐに俺たちの居場所はバレてしまうだろうな。このまま引き車で行けるところまで行ったら、どこか降りた先で行方をくらますのがベストと考える。
「あぁ?お前、逃げて来たのか?」
「え……ま、まぁ。そんなところかな」
その口ぶりからするに、俺が勇者歓迎祭から逃げ出した一件について、まだグロウは知らない様子である。まあ、この車に乗ってるってことは、歓迎祭も見ないで立ち去るつもりだったのだろう。むしろ、こいつだって魔王軍に立てついた過去がある訳で、それなりに追われる身であってもおかしくないと思うのだが……。
「お前だって、前に俺を助けたことあるよな?魔王軍に追われてたりしないの?」
「裏切者……上等じゃねぇか。より優先すべき目的がある」
「……ん?」
「勇者。オマエを最初に叩き潰すのは、この俺だ。それまで、ぜってぇ負けんじゃねぇぞ?」
……あれ?こいつ、下手な魔王軍より、むしろ危険なんじゃないか?いや……でも、それって逆に言えば、俺がピンチになったら助けてくれるってことなのか?こいつ、俺にとって何ポジションなの?わからん……というか、お前は前に一度、俺に勝ってることは勝ってたりするので、それを教えてあげられないのが可哀そうではある。
そんな微妙に理解が追い付かない会話をしていると、急にドンッと音がして天井から何かが落ちてきた!俺はビックリしてイスの上に飛び乗りつつ、何が落ちて来たのか見つめてみる。なんだろう……丸く切り抜かれた板……これは、天井か!なんと、天井から天井の一部が落ちてきた!
「上から失礼します。勇者様……」
羽織った細身の人物が部屋へと舞い降り、ひるがえしたマントの中に俺は引きずり込まれた。自分の身に起こった事すら認識できない内、軽く押さえるような力で首元を締められる。そして、俺は痛みも感じぬまま、謎の人物の腕の中で意識を失ってしまった。
第71話の4へ続く






