第20話『警報(俺は見てるだけ…)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。レジスタの街という場所で色々あって、今は全く別の場所にある山の洞窟へと来ているが、そこに俺は入れない。
聖なる洞窟という場所に到着し、意気揚々と乗り込む手はずだったのだが……なんと。その入り口は女の人しか入れない魔法で守られていたのだ。つまり、俺は強い眠気をおさえて歩いてきたのに、ここで足止めって訳だ。無理に侵入しようとして体に電気ショックを流されたせいで、まだ俺の足はパクパクと震えている。
「ゼロ。ミオ隊員。行ってくれるかな?」
「……博士。私は……女なのですか?」
「ああ。一応、それらしきパーツだけで構成されている」
マントで隠れていて部分部分しか見えないが、ゼロさん自身も自分の体が女性のものなのか半信半疑の様子。実際、俺も足の先の方と、金属のコテを装備している腕くらいしか見た事がない。
「あたちは行かないんよ」
「ホッ!ムッシュホーン!ガガーリン!」
と、精霊様ことルルルが決まりきったセリフを言っている。仙人が何か怒っている様子だが、歯が無いせいで依然として何を言っているのか解らない。それを見かねた博士が、なにやらルルルを煽り始めた。
「まだ、ルルルは体が女ではないから洞窟に入れないだろう」
「なんじゃと!どういう意味じゃ!」
どういう意味かと聞かれたら、どう見ても寸胴と大差ない起伏だからとしか言いようがないが、俺は幼い女の子の体について言及したくないから静かに見守っている。
「幼いから入れないだろう。君は。私は知っている」
「子どもじゃないんよ!見ておれ!」
解りやすいくらいの挑発にのって、ルルルが洞窟の入り口に張られた縄をまたぎ……いや、足が短いから、くぐっている。ちゃんと入れたからドヤ顔をしているが、俺も入れないんじゃないかとヒヤヒヤしながら見届けた。
「どじゃ!」
「ああ。そうだ。面白い物がある。これを持ちなさい」
「なんじゃこれ!なんじゃこれ!」
博士はバッグからはレンズを取り出し、それをルルルに投げて渡す。博士の方は薄いガラス板を持ち、みんなに見えるようかざしている。なんだろう……あ、ガラス板が光り出したぞ。
「このガラスとレンズは魔法で繋がっている。レンズの正面にあるものが、ガラス板に映り込む仕組みだ。声も少しは通信されるぞ」
「面白いのう」
なるほど。これなら、俺たちも心配性に苛まれずに済む。精霊様は自分のつむじをレンズに映しており、それがガラス板を通して鮮明に見える。初めて自分の頭頂部を確認できたからか、やけに嬉しそうなルルル。しかし、いくら人間ではないとはいえ、こんな小さい子を送り込むのは気が引ける……。
「精霊様。それで遊びたい気持ちは解りますが、危ないので残ってもいいんですよ」
「いや、あたち精霊じゃし……」
「ああ。精霊だから大丈夫だろう」
「え?そ……そうですか」
精霊本人と博士の中では、『精霊』である事の安心感が共有されているらしいけど、だったら精霊ってなんなのよと、俺も自分の認識を疑わねばならない。それはそうとて、精霊様は新しいオモチャで遊びたくて仕方がないのだ。ここは、まともな女性陣を信頼して幼児を託す他ない。
「うちの子をよろしくお願いします。お二人も気をつけて」
「任されたっすが、勇者様は、この子のなんなんすか……」
「まあ、仲間だし……」
友情かも愛情かも解らない、あやふやな感情におされて俺は保護者役をやっている。とにかく、何事もなく冒険が終わるのを願うばかりだ。早速、ゼロさんとミオさんとルルルの3人は洞窟の中へと消え……こら、ルルル。スキップするんじゃない。濡れてるから転ぶぞ。
「さて。我々も仕事に入ろう。もしもの際は警備隊への救助を要請すべく、私のジェットパックが火を噴くぞ」
「博士、飛べるんですか……科学者、なんでもありですね」
洞窟の端にガラス板を立てかけ、俺と博士と仙人はギャラリー。
『映っとるかー?映っとるかー?』
光るガラス板を通してルルルの声は聞こえるが、映像としてはゼロさんとミオさんの後ろ姿しか確認できない。
「博士。これ、持って入る方は映ってる画面が見えないから、別に面白くないんじゃ……」
「ああ。そこに気がついたか。大人って汚いね」
やっぱり解っていて渡していたか。にしても、博士は俺を含めて子どもの対応に慣れている印象を受ける。研究所に家族はいない様子だったが、息子さんでもいるのだろうか。ちょっとした興味から、この間に質問してみる。
「博士は、奥様や、お子さんをお持ちの方でしたか?」
「ああ……でも、あまり聞かないでほしい」
「そうですか。すみません……」
(わしも……そんな世帯に憧れた。ふう……ふう……)
「仙人……すみません。無理しないでください」
そういや、親友に思い人をとられた不憫な人もいた。何気ない子どもの好奇心が、2人の大人の心をえぐってしまったからして、俺は謝り倒す他ない。気まずくはないけど申し訳ない空気の中、ガラス越しにルルルの声がする。
『広い部屋に出たんよ!』
『光の壁みたいなのがあるっすね』
ガラス板の映像と二人の声から察するところ、岩を積んた作られた大きめの部屋に到着したらしい。その中央には赤い光の壁があり、それを透かして部屋の反対側にドアが見える。その光の壁をゼロさんが調べており、触れないように手を添えてみたりしている。
『……熱くはない。ナイフを刺してみる』
持っているナイフを光の壁に入れてみるが、ナイフが溶けてなくなるでも、光の壁に穴が開くでもない。試しにゼロさんが体を通してみると、何事も起きずにすり抜けた。
『……なんでもないみたいすね。じゃあ、私も』
続けてミオさんが光の壁に足を入れ、せまい隙間を通るような仕草で胴を通す。そこまでは何事もなかったのだが、安心しきった様子で足の先を光の壁より抜き取る。したら、それを見計らって部屋全体が真っ赤に光り出した。
『うわ……なんすか』
『おお、部屋に閉じ込められたんよー!』
「大丈夫ですかー……って、これ、あちらに声、聞こえてないですよね?」
「聞こえない。気合で念を送ってくれ」
つまり、本当に俺たちは見ているだけという事だ。その場にいても役に立たないかもしれないが、何もできないとなるともどかしい。でも、まあ……みんな俺よりは強い人たちだろうし、ここは信じよう。最悪の場合は痺れる罠を退けてでも突入する姿勢と気合を用意しつつ、改めて俺はガラス板の映像をのぞいた。
『今度は上から、でっかい岩の化け物が落ちてきたんよ!』
『あれを倒さないと、先に進めないって事っすかね』
おそらく、洞窟を守るセキュリティシステムがミオさんに反応したのだろう。岩と鉄を組み合わせたような巨体が映像に見え、ミオさんは腰元に下げている剣を抜いた。敵の体では何かが爆発しており、あれは画面外からゼロさんが放っている魔法と思われる。
『ボオオオォォォ!』
『化け物は私が相手してやるっすよ!』
敵が咆哮と共に大きな拳を振り上げ、ミオさんが堂々と正面から受ける。
『秘剣・鏡斬月!なぞり返しいいぃぃぃ!』
必殺技っぽいミオさんのセリフは聞こえるが、まばゆく光って何も見えん。博士がガラスを布で撫でてくれた。ガラスの曇りが取れたと同時、映像の鮮明さも戻ってくる。何か、床に点々と転がっている岩が確認できる。
『博士!勇者様!仙人!やったっすよー!』
『岩の化け物はバラバラじゃ!中に本体がいたんよ!』
ルルルがピンク色の小さな生き物を映しており、それが岩の化け物の核となって動いていたらしい。きっと洞窟を守るように配備されていたモンスターだろう。
(勇者。一ついいかね?)
「どうしました?仙人」
(あそこにいるとなると、あれもメスなんだろうなあ)
「仙人……それを言う為に、わざわざテレパシーを?」
メスかもしれないピンクの生き物は慌てて逃げ出し、ゼロさん達が通ってきた細い道へと姿をくらました。赤く光っていた部屋も元の青白い薄暗さを取り戻し、ドアについていた格子も引き上げられる。どうやら、無事に道は開けたようだ。
「……気持ちは解るが、テルヤ君。まあ、落ち着きたまえ」
「ええ。そうします」
中腰姿勢のまま待機している俺が気になったのか、博士は背中を叩いて俺を座らせる。確かに……過剰に心配しなくても、みんな頼りになるくらい強い。ミオさんに至っては『初登場の敵と戦って死ぬかもしれない人』とか、勘違いしていた事を撤回したい気持ちである……。
『次の部屋にゴーゴーなんよ!』
ルルルがドアを開くと、その先には更に洞窟が続いており、深く大きな崖があった。その中央に細い橋が架かっている。橋は金属製で丈夫に見えるが、手すりは無い。灯りも青白い灯篭が橋に沿って付いているだけ。足を踏み外したら、どこまで落とされるか解ったもんじゃない。
ところで……アングル的に見て映像が地に足をつけていないのだが、ルルルは一体どこを歩いているんだろう。
『精霊様は飛べるんっすね』
『そちらは落ちないよう気をつけるんよ』
そうだった。ルルルは宙に浮けるから、わざわざ橋を渡らなくてもいいのか。じゃあ、ルルルだけ飛んで先を見て来れるのではないかとも考えたが、どんな罠が控えているか予想もできないし、精霊様は撮影の仕事を気に入ってしまったから、映像は自然と女性陣の方しか向かない。
橋は微妙に斜度をつけてかかっており、少しずつ上がりながら渡ることになる。ゼロさんが先を行き、ミオさんも盾を構えながら後に続き、あらぬ場所にルルル。今はゼロさんが斜め前から映っている……と、また映像が赤く点滅を始めた。
『また赤い光なんよ!』
『精霊様、後ろ後ろ!』
ミオさんがルルルを指さしていて、そちらから何かが来ているらしい。一瞬だけ画面が暗転し、次の瞬間には振り子型の鉄球が橋の上を通過。それはゼロさん達のいる場所を振り抜いて、向こう側の壁に激突している。橋の上に二人はいない。どこだ?
『もらった面白い水晶が割れるところだったんよ……そちらは大丈夫じゃな?』
『問題ない。すぐに降りる』
ゼロさんの冷静な声が聞こえる。その後、カメラは天井を映す。ゼロさんは天井に突き刺したチェーンのようなものにぶら下がっていて、彼女の右腕にはミオさんが抱かれている。間一髪で真上に飛んで、鉄球を避けたと見えるが……ルルルには当たったよな?
『ゼロさん、ありがとうっす。精霊様、ケガはないっすか?』
『あたちは触ろうと思わないと触れないから、基本的に大丈夫なんよ』
そんな説明を受けて尚、精霊というものの謎は深まった。俺の眉間に謎のシワがあるのを見て、博士が更に解説をくれる。
「精霊は自然現象なのだ。意思を持つ、さわれる風や、さわれる熱のようなものだな」
「そうなんですか……んぉ」
解ったといえば嘘になる気がして、未だかつて出したことのない相槌が出た。そんな中でも、あちら側ではピンチが続いている。橋へと降り立った2人には矢が飛び込み、それをゼロさんが大きな短剣で弾き飛ばしている。強い。
踏んだ足場が落ち始め、ゼロさんがミオさんの手を引いて駆け出す。追い打ちをかけるように火球が飛んでくるが、それはミオさんが盾で払いのけた。その後も色々なトラップが作動したように見えたが、一般人の俺じゃあ目で追いきれない。あそこに俺がいたら、分厚い鎧を着ていたとしても絶対に死ぬ……。
『もう少しで終わるんよー……んん?』
橋の3分の2は進んだだろうか。そこまで来て、辺りの青白い灯りが消えた。どうも、あちら側は真っ暗で一寸先も見えないようだが、こちらはガラス自体が光を発しているせいか、黒っぽい映像の中にも、ぼやけてゼロさん達の姿が確認できる。
『何も見えないんじゃが、そこにおるかー?』
『私は、ここっすー!』
ミオさんが手を振っており、それをルルルが撮影しているが、お互いに目視はできていないらしい。踏み外す心配を兼ねて足を進めていないからか、新たに罠は襲ってこないようだが……ん?空を裂くような、グオオオという音がするぞ。
『なんじゃなんじゃ?』
ルルルの声が闇の中に響いている。ゼロさんが光の球を取り出し、近場を照らしている。何事かと、俺も映像に目を見張る。すると、暗闇の中、ゼロさん達の背後から、大きな蛇らしきものが迫っているのを発見した。あちらには聞こえないと解っていながら、自然と声が出てしまう。
「後ろだ!後ろに何かいる!」
謎の物体は宙を舞ながら狙いをつけ、ミオさんの背中へと弾丸さながら飛び込んできた。まずい!思わず再び立ち上がりはするが、今から何ができる訳でもない。そんなり焦りの中、俺は汗をはらいつつ、願うようにペンダントを握りしめていた。
『ひゃっ!』
暗闇の中、ミオさんの声がする。でも、なんだろう……ダメージを受けたにしては悲鳴が軽い。何が起こったのか見定めようと画面を見つめると、なぜかミオさん……と、なぜかゼロさんも一緒に転んで尻もちをついていた。蛇は2人の頭上を通って、突進を空振りした勢いに任せて飛んでいく。その最中、パンという音がして部屋の灯りが回復した。
『警備機能を解除ボタンしたんよー……あっ!なんかおるぞ!』
空中を縫うように飛んでいたのは岩の体を持つ大きな蛇で、発見すると同時にゼロさんが火炎弾をぶつけた。敵の体は四散し、ばらばらと橋の下へと落ちていく。その中にピンク色の生き物が見える。多分、前の部屋にいた岩の化け物が、形を変えてリベンジに来たのだろう。
「ああ。危機一髪だったね。しかし、テルヤ君。そのペンダントは?」
「え?」
運命のペンダントが光っている。となると、何か俺の能力が発動したのだろうか。新たな能力に目覚めたメッセージはなかったし、一体……と考え出した矢先、そういえば俺には女の子を転ばす、それだけの能力が備わっていたことを思い出す。でも、ゼロさんもミオさんもズボンをはいているから、やはりパンもチラしない。
『危ない橋を渡っちまったっすね』
『見てる方が肝を冷やしたんよ。なあ、勇者よ。博士よ。じじいよ。なあ』
まさに、おっしゃるとおりであり、仙人に至っては心労がたたって眠っている。ルルルがセキュリティを切ったからか、その後は何事もなく橋から降りられたようだ。
部屋の奥には長い階段があり、その先に明るい部屋が用意されていた。部屋の中央にクリスタルが置かれてあり、4つある壁には記号にも似た絵が掘られていた。
『クリスタル、ゲットットー』
ルルルのやつがクリスタルを入手している。しかし、その決め台詞は闇に葬ったのだ。へこむから蒸し返すんじゃない……。
『う~ん。この壁画が、儀式の方法を示してるんっすかね』
『女がクリスタルを持って……泉に入れてるんよな』
『……』
ゼロさんが何も言わず、右腕をさすっている。どうしたんだろう。そんな俺の横で、博士は画面を見ながら手元の紙に壁画を書き写している。これで泉の対処法も掴めるだろうか。
「博士ェ!大変です!」
画面に注意が向いていたからか、背後から聞こえた呼び声を受けて心臓が飛び出そうになった。振り向くと警備隊の制服を来た男の人がおり、緊迫した面持ちで息を弾ませている。
「どうしたのだ。そんなに慌てて」
「博士ェ!すぐに戻ってくださいィ!街が……街がァ!」
予想もできない、とんでもないことがあったのだろう。その人は興奮した様子で声を振り絞っている。ひとまず落ち着いてもらおうと、俺も両手を押し出す姿勢で隊員の人に呼び掛ける。
「どうしたんですか?街に何かあったんですか?」
「街が……はぁはぁ」
「……?」
「街が……はぁはぁ」
「……」
「街が……ヤバいィ!」
その後、彼から詳しく事情を聴き出すより早く、ゼロさん達は洞窟の入り口へと帰還した。
第21話へ続く






