第68話の2『宣言』
薄く目を開いた。幾度か見た天井の模様が瞳に映る。ここは……セントリアルの城の中にある病室だ。
「……」
窓から差す光は真っ白くて、とっくに夜は明けたと見られる。俺が寝ているベッドのそばには、イスに座ったまま眠っているアマラさんがいる。ベッドの周りを見回してみたが、部屋には他に誰もいないと思われる。布団の下をのぞくと、もう俺の服装は寝巻きのようなものへと変わっている。
「……あぁ、気がついたか。体は痛むかい?」
俺が布団を動かす音に気づき、すぐにアマラさんは目を覚ました。俺の体を心配してくれるのは嬉しいのだが、どちらかといえば木製のイスに座って眠っていた人の方が体の負担は大きそうである。
「いえ……今は大丈夫です。俺……どうなったんですか?」
「……姫様のかけた魔法が切れたのだろう。たまっていた疲労と、体中の不具合が一気に押し寄せて、痛みで失神を起こしたようだ。私が城まで連れ帰ったよ。それだけ、君は頑張った」
「……ありがとうございます。ゼロさんたちは」
「君の意向をくんで、城へは連れてきていない。来てほしかったかな?」
「あ……そちらに関しても、ありがとうございます」
昨日の夜、俺はゼロさんとルルルに自分の意見を伝えるすんで、志半ばで気絶してしまったのだろう。その時の痛みといえば命が千切れるのではないかという程に激しく、できるならば二度と体験したくない……でも、治療関係の魔法を使える人が仲間にいない状況となれば、ケガが回復するまでの間は痛みと戦い続ける必要があるという事である。
……ん?でも、今は体に痛みが感じられない。俺は誰が魔法をかけてくれたのか、すぐにアマラさんへと尋ねた。
「俺に魔法をかけてくれたのって……」
「私だ。姫様は君が、城を抜け出したことをまだ知らないだろう……バン大佐とブレイド君が言っていなければね」
アマラさんも治療関係の魔法を使えるのか。姫様に脱走の一部始終が知られているとしたら会わせる顔が違ってくる為、その点では一安心である。あまり頼りがいの解らないブレイドさんはともかく、バンさんに関しては空気を察して口をかたくしてくれそうな気がする。
回復の魔法については俺がレジスタに行く以前のゼロさんなら使えたように思えるのだけど、ルルルも同じく治療系の魔法を使えるのだろうか。いや……未だに何の精霊なのか教えてくれない子なので、使える魔法にも幅はあるのかもしれない。そうして俺が考え込んでいると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「……おや、どちら様かな?」
アマラさんがドアを少しだけ開けて、誰が来たのか確認してくれている。そうして、何秒か無言のやりとりをした後、アマラさんはドアを閉めて俺の耳の近くへ来て告げた。
「……姫様だ。病室に入れた方がいいかい?」
「入れないことってできそうですか?」
「厳しいな……」
行き着く答えなど決まりきっていたようだが、念のために確認してくれたらしい。アマラさんがドアを大きく解放したと同時、姫様は普段通りの自信に満ちた笑顔で現れた。
「ごきげんよう。勇者様。本日もワタクシが、誠心誠意の治療を行うわ。よろしくて?」
「お……おはようございます」
きっと姫様は俺にかけた魔法が切れた頃と考え、治療の魔法をかけ直しにきてくれたのだろう。しかし、痛みを感じている様子を俺が見せないばかりに、姫様は表情こそ変えないまでも、何か言いたそうな視線をアマラさんに向けた。
「いや、あまりに苦しそうだった。私が先に魔法をかけたよ」
「……そうね。では、ワタクシが朝食を。世界一の。ええ。最高のものをお届けしよう」
このまま姫様のペースに飲まれると、いつものように言いたい事も言えずに終わってしまう。すかさず、俺は姫様のセリフに声を差し込んだ。
「その前に、お話があります」
「……ほお。どのような?」
言葉を選ぼう。そう考えた時点で今回も負けだ。俺は自分の気持ちを、包み隠さず姫様へと伝えた。
「俺、あわよくば好きな人とイチャイチャする旅がしたいので、セントリアルとは一緒に戦えません」
「……ほお」
言ってやった。そのことに未練はない。だが、あまりに言葉を選ばなさすぎて、もうちょっと他になかったのかという残念な気持ちは割と凄い……。
第68話の3へ続く