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第19話『出発(そして、食ったり寝たり…)』

《 前回までのおはなし 》

 俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。レジスタの街で色々あって、気づいたら登山に誘われていた。


 「博士。あれが噂のスースース山ですか?」

 「ああ。4合目辺りから上は保護したが、それより下は調査が及んでいない」


 研究所の天井がガランガランと開き、そこから見える遠い風景にはキレイな空をバックに山……みたいなものが見える。スースース山の上側はゴッソリとなくなっていて、丸いアイスクリームに深くスプーンを差し込んで取り除いた形だ。


 今の理解を詳しく説明しよう。レジスタの街にある不思議なドアは、どこか遠くにある研究所の中へと繋がっているのだが、どこへ瞬間移動しているのかといえばスースース山の近くであったのだ。確かに、スースースの人々がレジスタの街へ移住するにあたって、元いた場所へのアクセスがないのは不便である。その辺り、少し博士に聞いてみる。


 「じゃあ、街の人たちは普段から、研究所を通って山へ帰っているんですか?」


 「レーレーの民は原始的な生活を重んじている。あまり説明すると混乱するよ。警備兵以外の人々については、緊急時にのみ研究所へ出入りするよう伝えている」 


 「それはそうじゃが、レジスタじゃ狩りも栽培もできないんよ」


 「ああ。だから、各地を転々としつつも、迷彩機能を使用しながら実は、陸地に近づいている」


 「……あたちが前に来た時、それで迷い込んだんよ」


 「精霊様……迷い込んだんですか?」


 「……あっ!ちゃんと門から迷い込んだんよ!不法侵入する勇者とは違うんよ!」


 俺が入った時にも一緒にいた訳で、精霊様は二度目の不法侵入である。それはいいとして、博士は今にも山へと出発する足取りで、隣の部屋へと移動していく。そんな博士を追いかけてみると、避難の為に研究所へやってきた街の人たちはおらず、博士は戸のない通路へと進んでいく。


 「ついてきなさい。そこに段差があるぞ。転ぶ際は注意せよ」


 光る玉がポツポツと置かれている通路を博士の導きで進んでいけば、青色の森を通して紺色の空が見える場所へと出た。そこに街の人たちも待機しており、さっき俺に博士の居場所を教えてくれた長老っぽい人が、不安げに博士へと事情を尋ねている。


 「博士。この度は、どのような事件が?」

 「……私の仲間が、思わぬ動きをしたものでな」

 「マントの死神が暴れたのか!恐ろしや恐ろしや!」

 「ああ。彼らの正体は言えないが、少なくとも死神ではないのだ」


 老人がゼロさんを指さして、マントの死神などという中二的な呼び名をつけている。なるほど。街の人たちはキメラについて知らないのか。確かに……こういう民族意識の人たちに博士の研究を教えたら、生命の冒涜だなどと恐怖してしまいかねない。それに比べれば、憶測に尾びれ背びれがついて、『マントの死神』というフィクションが生まれてしまう方が安くて困らない。


 にしても、こうして見ると街の住民は思いのほか少なくて、軽く見まわして100人くらいかな。里の人たちを全て引き受け、博士の仲間と思われる警備の人たちを加えると、これくらいになるのかしら。


 「ああ。これより、泉の汚れを浄化すべく、私たち勇者テルヤチームはスースース山の調査へ向かう。儀式を行う聖域や、魔力の強い場所など、どこか当てはないだろうか」


 「勇者殿が出向くとは、これは期待ですな!どこか……ああ。ここから山の裏側へ回った場所に、聖なる洞窟というもんがあるぞ。なあ、長老」


 「ほはぁ」


 この老人は長老じゃなくて、隣にいる毛むくじゃらの人が長老なのか。長老は魔法で記憶を消してしまったからか、魂が抜けた声だけを発している。というか、勇者テルヤチームって、完全に俺が主体みたいになってるじゃないか……別にいいけど。


 「ところで、テルヤ君。調査に危険はつきもの。戦力は十分かな?」

 「え?そうですね……」


 仙人と精霊様もついてきてくれるだろうし、今回はゼロさんも博士もいる。唯一の懸念である俺は一生懸命に頑張るとして、ヤチャの姿がないのは心もとない。博士に虚勢をはったところで仕方ないし、ここは正直に伝えよう。


 「みんなの力を信じていますが、他にも頼りになる人に心当たりがあるんですか?」

 「聞いてみよう。警備隊長!一人か二人、調査に力を貸してはくれないか?」

 「はっ。では、ミオ。博士の隊に同行せよ」

 「……私すか?」

 「調理当番ばかりではやりがいがないであろう。行くがよい」

 「……って事です。へへ。よろしくお願いします。博士と勇者様一行」


 警備隊長の一声で派遣されたのは軽めのアーマーを着た女の子で、黒い髪と強気な目が印象的である。むしろ、この世界に来てから初めて、若くて普通の女の人の顔を見たから、妙に新鮮な気持ちもある。


 「テルヤです。よろしく」

 「ども。ミオっす」


 でも、ここにきて特にイベントもなく新しくメンバーが加入……それも一般兵の人……となると、調査先の初登場ボスか、初登場トラップで死ぬ役の人なんじゃないかというイヤな予想が働いてしまう。不憫なことにならないよう、俺も出来る限り尽力しよう……。


 「勇者様。もう、今から出発するんすか?」

 「そう……しようかな」


 レジスタの街にいた時は夕方の空色だったが、ここから見えるのは朝方の太陽。ここと街とは場所が離れているようだけど、もしかすると時間が経ったらレジスタの街も、この近くを通るのかもしれない。それを気にしている俺に構わず、博士は精霊様と仙人にコンタクトをとっている。


 「テルヤ君。ゼロ。ミオ。と、そちらの幼女は?」


 「ルールルルルールールーじゃよ」


 「ああ。では、ルルルでいいか。仙人らしき老人は?」


 「ウシャ!フェンフェーン!」


 「ああ。フェンフェーン殿。そして、残りは私だ!以上の6名にて、謎の洞窟を探索に当たる。忘れ物はないな」


 「はい。博士……ヤチャっていう俺の修行仲間が、レジスタの街に」


 「いや、戻っている時間はない。よーし、皆の者!スースース山へ参るぞ!」


 ヤチャという忘れ物は呼びに行く時間すら与えられず、俺は博士とマントの人と一般兵の方とルルルとフェンフェーンという、新たな部隊で調査へ臨む。ヤチャがいなくなっただけなのだが、妙に安定感がない気がしてしまう。同年代の男の子が仲間にいるって、意外と大事だな……。


 まあ、こうして点呼をとっている内にも、ツーさんが力を溜めている訳で、うかうかしてはいられない。正直、もろもろの心配とか疲れとかで目の下のクマが凄いことになってそうだけど、顔を叩いて気合を入れる。


 「勇者様……目つきヤバいっすね」

 「うん。俺は今、限界を超えようとしている」

 「漆黒の殺し屋って感じっすね」


 などとミオさんに強がりを言ってみたりするが、学ランが黒衣に見えたのか、無駄に強キャラ感が出ているらしい。意識がもうろうとしているせいか、それも悪い気はしない気もしない。


 研究所は岩陰に位置しており、そこからハシゴを下って森林地帯へと降りる。奇抜なリスやタヌキのような野生動物は見かけるが、一帯からは人の足跡が見られない。すなわち、真実の泉を持ち去られたことで、魔王軍の一行は撤退したのだと思われる。


 出発地点からの憶測では一時間くらいで山の麓へ到着してほしい気持ちだったけど、やはりというなんというか、想像以上に時間がかかった。その原因は主に俺で、途中途中でミオさんに命の心配をされるくらい困憊していた。もはや、こうなると俺は行っても行かなくても同じなのではないかとも思ったが、それを言ってしまうのは主人公として、どうかとも思う。


 「……ああ、すまない。アレがキレてしまった。少し早いが、ランチとしよう」

 「いいですね。そうしましょう」


 博士は苦しそうに胸元を抑えながら、近くの手ごろな岩に腰を下ろした。常用している薬でもキレたのだろうか。無理して足を進める訳にもいかないし、俺も少し睡眠をとりたかったから即座に提案を飲む。ランチと言われても食べるものがないなぁ……と口をとがらせていると、博士はリュックから何かが入ったボトルを取り出し、絞るようにして吸い出し始めた。


 「……博士。それ、なにを飲んでるんですか?」

 「……ん?これ、レモン汁。コレがキレると疲労感に打ちひしがれる」


 美味しいものなら分けてほしかったんだけど、それは全然いらない。博士、ビタミンCで動いてる人なんだな。


 「勇者!何か食べるものを出すんよ!」

 「ホホシャシャ!ホホシャシャ!」

 「そんなこと言われても……」


 幼児と老人が俺にランチをご所望だが、鞄も持っていない俺の、どこから食べ物が出るというのか。折角だから、手からお菓子が出る魔法でも教えてくれ。


 「私、簡単に何か作るっす。ちょっと待っといて」


 無言でゼロさんに助けを求めてみたものの、あちらも食べ物関係には疎いようで、スッと視線を外されてしまった。すると、ミオさんが横から助け船を出してくれた。彼女はバックパックからキャンプ道具のようなものを取り出し、肉の干物をあぶり始めた。


 「何か手伝おうか?」

 「いえ、すぐできるんで」


 手伝いを名乗り出てはみるが、今にも眠気で気絶しそうだから助かった……。お言葉に甘えて俺も座り込むと、地面の上なのに15秒で意識を失った。


 「……勇者様。できましたよー」

 「……え?う……うん」


 女の子……ミオさんの声で目が覚める。そのせいで、一瞬だけ恋愛アドベンチャーゲームの主人公という本来の仕事を思い出したが、遠くに見えるスースースとかいう、えぐられた山らしきものを見て現実に引き戻された。


 陽の向きが大して変わっていないのと、まだ博士がレモン汁をすすっている事から見て、俺の睡眠時間は20分程だろう。その間にも立派なドンブリ飯が完成していて、すでに幼児と老人は食べるのに夢中だ。


 「凝ったものじゃないっすが、どうぞ」

 「あ……ありがとう。いただきます」


 じゃがいもを潰したものの上に煮込んだビーフジャーキーみたいなのが乗っており、表面には茶色いタレが塗ってある。コロコロとした野菜が散りばめられていて、それが彩りを添えている。野外で作る即席ご飯ながら、見た目はサラダみたいでキレイだ。


 寝起きと疲れのせいで食欲は足りないが、これを食べ終わるには努力の必要が全くなかった。むしろ、いただけるなら二杯目が欲しい。素直な感想をシェフへと返した。


 「おいしかったです!ご馳走様でした!」

 「よかったっす。そちらの仮面の人も召し上がりますか?」

 「……いや、いい。私は周辺の警戒にあたる」


 なんだか都合が悪そうな様子で、ゼロさんは足早に立ち去ってしまった。ごちそうになった代わり、俺は調理器具の掃除を近くの川で行う。こういう手作業をしていると妙に考え事が捗ってしまい、さっきのゼロさんの態度が気になったりもする。


 今まではゼロさんに付きっ切りだったから、別の女の子と仲良くしているのを見て気分を害されたりしていないだろうか。いや、でもゼロさんが俺に好意を持っているかは解らないし、ここで追いかけて事情を聞くというのも自意識過剰かもしれない。なんにせよ、ミオさんとは近からず遠からず接していこう。


 しかし、それとは別にミオさんと話をしてみて、不思議と安心感を得ているう自覚もあった。なんだろう。多分……これは『仲良くなれる』という実感である。正直、ゼロさんと出会った時には似た感情を抱かなかったが、これがヒロインとヒロインでない人の違いなのかもしれない。まあ、ここは恋愛ものの世界じゃないから、何の判断材料にもならなそうではある。


 それにしても……ミオって、俺が行くはずだった恋愛ゲームの登場人物にも同じ名前の人がいるんだよなぁ。どんな人なのか顔までは解らないけれども、性格などの設定まで微妙に似ている。なんの因果か。偶然ってあるものだなと思う。


 「テルヤ君。そろそろ出発しようか。片付けが終わってないなら手伝おう」

 「もう終わります!大丈夫です!」

 「手慣れてるな。うちの助手にならないいか?」

 「博士……一応、俺は世界を救う人なんで」


 博士の助手になるサブルートも面白そうだが、サブストーリーにかまけてメインをおろそかにしてはいけない。生乾きの調理器具をミオさんに返していると、そこにゼロさんも戻ってきた。


 「敵はいましたか?」

 「問題ない」

 「……そのですね。実は」

 「行こう」


 なんか解らんが、拍車をかけてゼロさんが相手にしてくれない……。うまいものを食った事で上機嫌な幼女ルルルと仙人フェンフェーン、その対比で見て俺とゼロさんの温度差が凄い。かといって、なにか悪いことをした実感もないから、謝るにも謝れない。こういう時、自分が俺様系の主人公だったら強い押しで解決できたやもしれんと悔やんだりもする。


 その後、スースース山の周りをぐるりと歩き、 裏側まで調査を進める。そこには小さな洞窟が開いていて、青色のキラキラとした通路が中に続いていた。


 「入ってみましょう。俺が先に行きます」

 「待つんだ!テルヤ君!」

 「……?うわっ!」


 張ってある綱をまたいで中へ入ろうとすると、体中を電気が駆け巡ったかのようなショックをくらい、転びそうになったところをゼロさんに支えてもらう。その後、博士の指さした方向を見つめると、ボロボロの掛札に書道のような文字で注意書きがあった。


 「なんだ?」

 『男子禁制』

 「ん?これは……」

 「残念。テルヤ君。つまり、私たちは……」

 「……居残り?」

    

第20話へ続く

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