第66話の6『斜面』
レジスタで会った隊員さんと偶然にも再会したわけだが、そういやまだ彼の名前を聞いていなかったな……。
「俺、テルヤっていいます。あなたは?」
「俺か?俺はバンだ。よければ覚えておいてやってくれ」
バンさんか。体形は背が高くて筋肉質であり、雰囲気としては兄貴と呼びたい風貌だ。顔の傷からして前線に立って戦える人のようだが、肩に下げている武器は見たところライフルのようなものである。この世界に来て、射撃武器を持っている人は初めて見た気がする。
「バンさんは、銃を使っているんですか?」
「あぁ。俺は魔法が使えないからな。近距離戦闘は、こっちだ」
そう言うと、バンさんは袖の中からナイフを取り出し、3秒ほど俺に見せると再び収納した。魔法が使えない状態で遠距離戦を持ちかけられると全く打つ手がなくなるのは、ヤチャやグロウとの戦いで痛いほど思い知った。ただ、俺がライフルやピストルと持ったとして、訓練を積んでいないから撃った自分の肩が外れる恐れ大である……。
そうだ。バンさんが来ているということは、他にもレジスタの人がセントリアルに来ている可能性がある。この際、カルマ隊員でもいいので知っている人に会いたい。
「バンさん。ミオさんってセントリアルで見ました?」
「いや、あの人は来ねぇよ。城のやつらのこと、苦手だし」
「仲が悪いんですかね」
「まあ……ほら。この城のやつらって、戦闘力主義じゃん。ミオさんは剣術の腕を詐称して、あっちに所属したくらいだし」
つまり、戦闘経験の豊富な人はセントリアルに集まっていて、技術者や作業員の人たちはレジスタにいるんだな。じゃあ、絶対にカルマ隊員はいないな……。
「ここが一般隊員用エレベーターだ」
バンさんに案内されるままついていくと、アマラさんと乗ったものよりも少し大きめのエレベーターへ到着した。でも、エレベーターって魔力で動いてるんだったよな……。
「すでに話をした通り、俺は魔法は使えない。ここを使うなら、他のやつを呼んでくるが……」
「いえ……あの、それは困ります」
やはりバンさんにはエレベーターは動かせないらしい。かといって、他の人を呼んできてもらうと、もはや脱走を上層部の人間に報せるようなものであるからして、ここは他の方法をとって下層へ向かいたい。確か、マップを確認した時には、徒歩で下へ行ける道があったはずだが……。
「でも、エレベーター以外の道があるって聞いたんですが……」
「おっ。よく知ってるな。そっち使う?」
やはり、別の道があるにはあるらしい。これだけの高さだから歩いて下ると時間はかかるだろうが、まだ朝までは幾分か時間がある。バンさんはエレベーターの近くにある部屋の扉を開き、その部屋の壁についているフタを引き開けた。
「ここから滑り降りれば、下層にある街の近くまで行ける」
「へぇ」
バンさんの腕の下から道をのぞきこむ。そこには傾き70度……いや、80度くらいありそうな狭い急斜面があり、道の先は暗闇に閉ざされていて、ほとんど先が見えない。滑る……というか、落ちるに近いと思うのだが……。
「そっち、誰かいるのかぁー?」
「あぁ、うん。俺がいるー」
まずい!部屋の外から、誰かの声が聞こえてきた。バンさんは呑気な返事をしているが、俺は見つかったら都合が悪い。でも、目の前の道は斜面が険しい。いや……行くしかない。俺は意を決して足を穴に入れた。
「あ、落ちないようにね」
「えっ……おわっ」
バンさんの忠告が聞こえるのも遅く、すでに俺は急斜面を滑り出していた。落ちないようにと言われても、こんなの落ちてるのと大して変わらない。唯一の救いは、すべっても摩擦がないように作られているからか、おしりが痛くなっていないことくらいである。
まるでダクトの中を通っているかのように、俺が滑っている狭い滑り台の通路には点々と外から灯りが差し込んでいる。右へ左へカーブしながら超スピードで進んでいく。ジェットコースターに乗せられたような恐怖を感じて涙が出てきたところで、ふと俺の目の前には夜空が広がった。
「え……ああぁぁぁ!」
第66話の7へ続く