第66話の2『甘酢かけ卵とじカツ煮丼』
「とにかく、街を出るかはともかく……ゼロさんたちと話をしてから考えようかと。夜なら街の人たちも少ないので、見つからずに宿屋まで行けそうですし」
「テルヤ君……ところで、外まで歩けるの?」
カリーナさんがいない間を見て、俺は今夜の脱出計画をセガールさんに明かしている。しかし、言われてみると確かに……姫様の魔法の効果が何時まで続くのかは疑問である。もし夜に宿まで来なかった場合、みんなは俺が軟禁されているのではないかと心配するかもわからん。
「じゃあ、もし宿屋に戻れなかったら……パーティに呼ばれたから、ご馳走になってくるって伝えてもらえます?」
「オッケー。だったら、これ貸してあげる」
俺の伝言にOKサインを出すと、セガールさんはセントリアルの隊員さん達が着ている制服を取り出し、それをごそごそとベッドの下へとしまい込んだ。
「それ……どっから持ってきたんですか?」
「偶然、通りかかった部屋のタンスで見かけたから、ちょっと借りておいたの」
「承諾を得て借りたセリフとは思えないですが……」
「バレなきゃいいのよ」
まるで頼れるお兄さんくらいの気持ちで喋ってたけど、セガールさんって勇者を語って街からお金を騙し取ったレベルの人だったな。この人だけなら何をしても、のらりくらりで逃げ延びそうだけど、こちらは巻き添えをくらうと痛い目にあいそうである。なるべく、セガールさんにも注意して行動したい……。
「勇者様?お料理、お持ちいたしました」
そんな俺たちの会話の合間をぬって、ドアの向こうからカリーナさんの声が聞こえた。セガールさんは調理に時間がかかるって言っていたけど、材料が足りなかったから時間が短縮されたのだろうか?俺が中に入るよう告げると、カリーナさんは出前に使う岡持ちみたいなものを持って入室した。
「こちら、特性コッコマンジでございます」
岡持ちの中から現れた料理はカツ丼のような見た目の料理で、やや煮込まれた揚げ物が卵にくるまれて、ご飯の上に広々と乗っている。ただし、漂う匂いは酸っぱそうな感じであり、とろみの効いたタレは酢豚を連想させる。それがテーブルに置かれると、セガールさんは訝しげな口ぶりで物言いを始めた。
「あなた。カリーナさんと言ったかしら。コッコマンジをこの早さで作るなんて、随分と仕込みが甘いのではないかしら?そんなものが美味しいなんて……あらやだ!おいしいわ!」
「あぁ、ありがとうございますぅ」
芸人さんのような見事な手のひら返しをしつつ、セガールさんはコッコマンジをスプーンでかきこみ始めた。俺もベッドの上の台に料理を置いてもらい、それをいただこうとしたのだが……包帯が邪魔で上手くスプーンが持てない。それを見かねて、カリーナさんは俺の手からスプーンを取り上げた。
「一人じゃできないの?お姉ちゃんがしてあげましょうか?」
「……ええ?いや、大丈夫ですよ」
「ほら。こぼすと、お布団が可哀そうですよ?」
「えっと……いえ、絶対にこぼさないので……」
などと口では虚勢を張っているが、ほんとのところは世話をしてほしい限りである。だけど、街で待っているゼロさんのことを思うと後ろめたい上、セガールさんの視線が冷たいからして、ここは心を鬼にしてお断りしている。そうして煩悩を振り払いながら対応していると、2回だけノックがなされた末にドアが開かれた。
「やあ、カリーナ君。手間をかけたね。私が交代しよう。君は職務へ戻ってくれたまえ」
「あっ、アマラさん。じゃあ、勇者様。続きはアマラさんにしてもらってくださいね」
ベッドで睡眠をとっていたはずのアマラさんが俺の面倒へと復帰し、それに伴いカリーナさんは俺の病室から退却した。迫られて困っていたので展開としては助かったのだが……これはこれで惜しい。そして、その後はアマラさんにご飯を食べさせてもらったのだが……やや絵面が辛いので、そこの描写は割愛したい。
第66話の3へ続く