第65話の4『弱さ』
女の子を転ばせる能力だとか、建物のマップを把握できるだとか、そういった非戦闘能力については姫様に説明しても大して利がなさそうだし、戦闘において発動される選択肢についてだけ話せばいいだろうか。とにかく、やや事実と異なっていても解りやすく伝えることを念頭におこう。
「僕……俺、師匠からペンダントを受け取って、勇者に選ばれてから、ちょっと不思議なことが起こるようになったんです」
「不思議な事、とは?」
「なんといいますか……ピンチになると、お告げみたいなものが見えるようになって、その中の正解を選ぶと、なんとかピンチを突破できるというか」
「……不正解の場合は如何様な?」
「死にます……」
「あら……では、あなた」
「一回、死んでます……その時はペンダントの力で、少し時間を戻す形で生き返ったんですが、生き返れる回数は決まっているみたいです」
「超常的。奇跡的。魔法とは別のものであろう。にわかには想像しかねる」
やっぱり、これは魔法とは違うんだな。まあ、ゲームで言ったら別ゲーのキャラが出てきてチートしてるみたいな状態だし、能力も俺の本来の領分を踏襲しているだろうから、時間を巻き戻してるとか、時間が止まって選択肢が表示されるとか、この世界の人からすれば想像できない事象なのだろうと思っている。しかし、姫様は何秒か目を閉じて考えると、すぐに俺の話に感想を述べた。
「解った。ようするに、勇者様の力はワタクシ、または他人には真似のできないものであると。ええ。そのようにワタクシは捉えるべきであると考えた」
「あれ……信じてもらえるんですか?」
「では、全て嘘と申されるか?あなた様」
「いえ……全部、本当です……」
もっとこう、俺から力を奪い取ろうとか、世迷言を述べていると吐き捨てられるのではないかとか、悪い方に色々と考えていたんだが……思った以上にスムーズに理解してもらえた。これにてお話は円満に終了となるからして、俺は最後の確認を申し立てる。
「そんな訳で俺、あんまり役には……」
「して、今回の件を存じている者、理解している者は、他におられるか?」
「え……いえ、仲間も俺の能力については知らないと思います」
「……ほお……左様か。さあ……お立ちになって。ええ。会わせたい人がいるの」
取り出した最後の確認の言葉をさえぎられ、完全に相手のペースで話が進んでしまう。言われたとおりに体をベッドから降ろしてみると、さっきの魔法のおかげか痛みもなく普通に歩ける。姫様は俺の動作を待ちながら部屋の扉を開き、城の中の通路をどこかへ向かって歩き始めた。
しばらく通路を行くと、広い廊下のような場所に出る。隊員の人たちが仕事をもって行き交っていて、姫様を見かけると軽く敬礼みたいなポーズをとって通り過ぎていく。以前、俺とアマラさんとセガールさんで通ったことがある道だな……と思っていたら、やっぱり行き先は姫様の部屋であった。
「足元、お気をつけて。そう。ゆっくり」
エスカレータ式に上がっていく階段に足を乗せ、姫様の注意を受けながら上へと登る。ここまで来ると他に人はいなくて、完全に俺と姫様の2人だけである。なんだろう……人気のない場所で殺されるのだろうか。などと割と本気で、そんなことを考えながら部屋へと入る。
「……あちらが、ワタクシの父上、母上。お見えになって?どのように?」
以前、姫様が座っていた大きなイスを指さして、そう姫様は言っているが……どこにも人らしき姿は見えない。俺はまゆを寄せながら姫様の顔を見て、その手がさしている方向を見つめ直した。イスの両端の飾りには一つずつ、頭蓋骨が乗っている。あ……。
「ワタクシの町。小さな町は、ある日、大きな怪獣に襲われ、姿を消したわ。愛する者、家族、親しき友。ええ。弱いって、悲しい事なの」
よく見ると、イス自体も加工はされているが、何かの生き物の骨に見える。怪獣の骨でできたイスに、両親の骨。姫様が力を欲する理由が、ぼんやりとだが理解できた。
「勇者様」
「え……はい」
「女の子と、秘密を共有する事。よくお考えになってね」
「……あ、はい」
その後、俺は殺されずに治療室へ戻ることができたが……部屋に一人でいても、不安やら責任やら、なんら恋愛事とも死に直面したとも解らない、不明な問題を抱えたようで一向に心拍が落ち着かなかった。頼む。誰か来てくれ。そう考えていた矢先、俺が寝ている部屋のドアがぶしつけに開いた。
「おひさー?テルヤ君?元気ー?」
セガールさんである。手紙を見て、来てくれたのだろうか。そのバッチリメイクな顔を見て、俺は思わず一言だけ口から出た……。
「あ……会いたかったです」
「……え?テルヤ君、キモいー」
確かに、自分でもキモいと思ったが……それはそれでヒドイ。
第65話の5へ続く