第65話の3『強さ』
城の外は魔王軍の襲来があった為に騒がしいものの、聞こえるのはもっぱら悲鳴などではなく隊員さん達の指揮をとる声や掛け声である。さすがの魔王軍も2ウェーブ3ウェーブと連続では仕掛けてはこないようで、その後の夜は自然と寝付くことができる程度に平和であった。
恐らく、この場所は俺がバトル世界へ転移してきて、もっとも俺にとって危険ではない場所だと思われる。少なくとも勇者である以上、この城にいる人たちに命を狙われる心配はないだろうし、何か起きても姫様の力をもってすれば簡単に解決するだろう。
ただ、城の人たちから勇者としての働きを期待されてしまうと、俺の実力が勇者の肩書きに見合わない可能性が大いにあって、それだけが不安でならない……。
眠っていた意識が冴え始める。どこかから、鳥の鳴き声がする。部屋は太陽の香りがする。ふとんは俺の体温にあわせて温かく、まだ少し眠っていたかったが……そういや姫様が朝になったら来ると言っていたな、と思い出して目を開いた。
「……おぉ!姫様!」
「ごきげんよう。勇者様」
天井から視線を横へ動かすと、すでに姫様がベッドの横で待機されていて本気でビビった……あまりにも動揺したせいか、俺は何秒かフリーズしたまま姫様の首元あたりを見ていた。
「……」
「勇者様。包帯を代える。負傷箇所を見せて」
「え……いえ、自分でやりますよ」
「ワタクシに触れられるのが怖い?一切、心配しないで」
「……あ、いえ……では、お願いします」
姫様に包帯の交換までやってもらうのは気が引けたが、そう言われてはと俺は恐る恐る姫様に足を差し出した。俺の仲間、または一時的に仲間になってくれていた人たちは大勢いたが、こういうピリッとしたタイプの人は今までいなかったので、いいか悪いかは別として新鮮だ……。
姫様の治療における動作は結構なおてまえで、あっという間に手足の包帯は交換が終了した。昨日と同じくマヨネーズみたいな薬を塗ってもらったので、ほとんど足の痛みも感じない。治療の最後に、姫様は俺のケガした部分へ魔法のようなものをかけてくれた。
「……動けるわね?さあ、動けるでしょう?」
「……あ、動けます。どうしてですか?」
魔法をかけてもらった部位は重みがなくなったように軽く、手紙を書くのすら大変だった手も今は不自由なく動く。どんな魔法をかけてくれたのか教えてはくれなかったが、以前にゼロさんが橋でグロウにかけた魔法と似ているような気はした。
「……では、勇者様。失礼」
「うわ……」
姫様はベッドの上に乗り込むと、マッサージするような手つきで俺の体を触り始めた。姫様は体に薄い鎧をまとっているが、手先だけは素手なのでスベスベとした柔らかさが伝わってくる。それと同時に、俺の体は筋肉が大してないので、触ってもらっても触りごたえがなくて申し訳ない……。
「不可解だ」
「姫様……どうされました?」
「……強い筋力は感じない。魔力も感じない。武器を隠して、もちいる様子もまるでない。なぜ、あなたは優勝した?不可解でならない。不可解でならない」
そうか。俺の強さの源が解らないから、それを姫様は探っているんだな。しかし、仲間になってくれる様子とはいえ、どこまで話してしまっていいものか。どこまで信じてもらえるかは定かではない。
「……ワタクシは強くあらねば。その方法は、一つでも多くほしい」
そういう姫様は、俺の弱点を探っているという感じではない。どこか悲しげで、思い詰めているようにも見える。ただ、俺の能力を明かしたところで姫様の役に立つのか、それは疑問だ……いや、むしろ……そうだ。どこまで俺の能力を信じてくれるのか、それを確かめてみるのはどうだろうか?
ここで能力について理解してもらえれば、無茶に前線へ押し出されることもなくなるだろう。理解してもらえそうになければ、それはそれで対応のしようがある。とはいえ、ゼロさんたちにも話したことのない事柄である。混乱を避けるため、なるべく具体的ではなく、簡略的に伝えた方がいいかもしれない。そう何秒か思考した末に決めると、俺は頭の中で情報をまとめながら返答した。
「解りました……僕も、解る限り、お話させていただきます。ただ、一ついいですか?」
「なにか?」
「もし、今から魔力がないってバレても、優勝ははく奪にならないですよね……?」
「……はく奪したほうがいいか?」
「やめてください……」
なんとか、そこだけは事前に言って免れた……。
第65話の4へ続く