第65話の2『2通目』
「勇者様。ただいま舞い戻った」
姫様は服に汚れの一つもつかない姿で俺のいる部屋へと帰還し、俺にレンズを見せてくれていたシオンさんに代わってベッドの横へと屈みこんだ。そのまま、彼女は笑顔でジッと俺を見つめている。これは……たぶん、何か伝えるまで無言の圧力をかけられるやつだ。そう思い、俺は失礼がない言葉を選んで、それとなく無難な答えを返した。
「あまりの姫様の強さに、とても驚きました……」
「……では、勇者様。存分に、お気に召して?」
「……あぁ、シュッパ君。シオン君。私は魔王軍の後始末に向かうとも。失礼するよ」
「お手伝いします。シオンです」
俺が姫様のご機嫌をうかがっている横で、アマラさんが理由をつけて退室していく。シオンさんも一緒にお仕事へ向かい、シュッパさんだけが戸口で待機している。えっと……注意をさらされてしまったが、ここは姫様の方へ意識を戻そう。
「僕も、セントリアルの方々が一緒に戦ってくれたら心強いとは思います……」
「ええ。その判断に後悔はつかないと保証しよう。それでいいのよ」
「……」
基本的に俺は相手の出方を見てから動くキャラクターである為、こうして発言を待たれる会話は非常に苦手である。ただ、無暗に相槌をうつと仲間のみんなにも迷惑をかけそうだから、ここは先程と同じく問題を先送りにしよう。
「せっかく、姫様がお越しくださいまして恐縮の胸中なのですけど、緊急警報で目が覚めてしまって……申し訳ありませんが、引き続き睡眠をとってよろしいですか?」
「それが良い。あら?つかぬことながら、こちらは勇者様が手記されたお手紙で?」
立ち上がったそばで手紙に気づき、それを手で指し示しながら姫様は尋ねる。アマラさんには言ってあったけど、姫様には手紙のことは言ってなかったな……一応、説明しておこう。
「あっ……はい。明日、仲間へ手渡してもらおうかと……」
「……勇者様を補助されていた方々とあらば、ワタクシどもは誠心誠意で歓迎する。お仲間の方々も、ワタクシと同様の気持ちであると願う。ええ。真に、願っているの」
それだけ言い残すと、姫様はシュッパさんと一緒に部屋を去っていった。セントリアルの人たちが一緒に戦ってくれる。これは俺たちにとって朗報にて間違いないし、みんながのけものにされる心配も先程の姫様の発言でなくなった。仲間内で反対する人もいないはずであろう。
でも……なんだろう。姫様と言葉を交わす度、どこか自分の首を絞めるような、なんともいえない後に引けなさを感じる。とはいえ、俺だけで話をぽんぽんと進めるのはよくない。俺は再び手紙を広げ、2通目の手紙を用意し始めた。
セントリアルの人たちが魔王との戦いに加勢してくれそうだという事、姫様が凄く強いという事、城では親切にしてもらっているという事、そういった旨を細かく記し、色違いの封筒へと滑り込ませた。
「……よし!」
そして、封筒にロウをたらしてスタンプし、今度はキレイにスタンプのイラストを刻印することができた。いや、これをやりたかったために2通目を用意したわけでは断じてないのだが、それはそれとて非常に嬉しかった。それも……まぁ、事実である。
第65話の3へ続く