第17話『捜索(どこに行ったんだろう…)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。レジスタの街にある真実の泉へ質問しに行く予定が、思いがけず下らない質問をしてしまい、せっかくの機会を棒に振った。
「これこれ、こういうことでして……」
「ほう……それで、この街へ来たと」
カプセルの中に人間の形をしたものが入っているのを見た時は恐怖したが、マッドな雰囲気に似合わず研究所の博士は非常に聡明な方で、まよいごとまがいな俺の話を真摯に聞いてくれた。俺が勇者として旅立ってしまった事件から、ワルダーのオーブを手に入れた事、次の魔王四天王を探して街を訪れた事まで、メタ発言を含まない物語の一切合切を事細かに説明する。
「しかし、すまない。四天王の心当たりは、私にはない」
「そうでしたか。それを知るために真実の泉を頼ったのですが、そちらは下らない質問で終わってしまいまして……ねえ」
ここに来る前、泉であった事を明かしつつ、マントの人に話を振ってみる。
「声に出さなくても答えが返ってくると、その説明を忘れていた」
「……なるほど。君は、どういった質問を?」
「もう少し泉がキレイにならないものか、と脳裏をよぎってしまった結果……何かが足りないと答えをもらいまして」
「何か……?」
その『何か』がなんなんだ。とでも言いたげな顔をいただいたが、それを知りたいのは俺の方である。そんな泉の曖昧な返答は頻発している現象らしく、博士は紅茶カップをテーブルに置くと立ち上がり、緑色の液体で満たされたカプセルを見つめる。
「私たちが泉を奪還した時には、すでに薄汚れていた。試しに真実を尋ねてはみたが、ぶつ切れの答えを示すばかりだ」
「奪還ですか?」
「ああ。泉は元々、聖なる山・スースースにあるレーレーという民族の里に存在していたのだが、魔王軍の襲撃を受け一度は占拠された。里を追われたレーレー族の一団より事情を聴き、悪用を防ぐべく我々が奪還したのだ」
「……奪還って……ここにある泉をですか?」
「文字通り、取り戻したのだ。ガバッと。山ごと」
博士の手ぶりから察するところ、レジスタの街の正体は巨大な吊り下げクレーン状のもので、魔王軍の手が届かない場所へと避難させる目的から、まるごと山をかっさらったと。下手に魔法が存在する世界だからして、それが簡単なことなのかすら判別できない。
それと、泉って土や川やの自然の力で綺麗に保たれると思うけど、それがなっていなければ汚れていくのも自然である。でも、魔王軍から取り戻した時に既には汚れてたんなら、あれは何が原因で濁っているんだろう。生ゴミとか入れられたのかしら。
「街の人々には会っただろうか。彼らの中にはレーレー族の者も多い。泉の付近を補強する必要があり、自然豊かなスースース山の面影は失われてしまったが」
「では、その民族の人たちに泉のことを聞けば……いや、それで解ったら苦労ないですね」
「ああ。泉の浄化については族長を始め、里の行事や儀式に密接な関係者のみ知り得たことらしい。その者たちも街に避難はしているが、魔王軍に口を割るより先、捕らわれ中に自ら魔法で記憶を洗ってしまったと見られる」
「それで、博士が泉の件を調査してるんですね」
「モルアー博士。ただいま戻りました」
「ああ。よく無事に戻った」
俺と博士が長話をしている間にも、マントの人と同じ格好をした誰かが研究所へ現れた。マントの色は統一されているが、仮面の模様はマントの人と違っていて、それで誰が誰なのかを判別しているのではないだろうかと思われる。
「……博士。そちらは?」
「こちら、勇者のテルヤ君だ。見てくれ。これが赤のオーブ……ああ、紹介が遅れてしまいすまない。こちらはスリー。私の作ったキメラ3号だ」
「博士、顔は見せても?」
「ああ」
キメラ……という言葉のインパクトに思考が追い付かない内、スリーと名乗る博士の仲間は仮面を外しつつ、丁寧に角度45度のお辞儀をして見せた。その顔は目元がヘビ、口元が人、前歯がネズミ、鼻はなんだかよく分からん感じで、様々なパーツで福笑いしたかのような出来であった。それを見て、やっとキメラの意味が理解できた。つまり、合成人間という事か。
「……私がスリーです。はじめまして」
「あ、はい。どうも」
「博士ー!あーっ!スリーも戻っていたのかー!」
スリーさんと挨拶した興奮も冷めやらぬまま、今度は少し小さめのマントの人が現れた。声からして、たぶん男の子だと思われる。
「こちら、勇者のテルヤ君だ」
「あ、はい。どうも。テルヤです」
「おー!俺はフォー!博士のキメラ4号だ。泳ぐのが得意だ!任せろー!」
そう言いながら仮面をとると、フォーさんの顔はサルとカエルと鳥の組み合わせで、むしろ飛んだり跳ねたりする方が得意そうである。
「おーっつおっつおっつワン」
「あ、ワンさん。お疲れ様です」
フォーさんの登場に続き、また新たなマントの人が現れる。
「彼は私が作ったキメラ1号、ワンだ」
「ワンだワン」
そう言いつつ仮面をとると、その顔はネコだった。勝手に期待した俺も悪いけど、犬じゃないのかと。
いや、ちょっと待てよ。この流れ、もしかして……マントの人の素顔も見れちゃうんじゃないか?とはいえ、ワンさんとフォーさん、スリーさんの顔が失礼ながら笑ってしまうくらい面白い構成だったため、むしろ見るのが申し訳ない気持ちすら少しある。
「ゼロは顔を見せないのかワン?」
「……私はいい。勇者は仲間を探している。ワンもスリーもフォーも、私より役に立つぞ」
「なるほどー!俺、泳ぐのが得意だぞー!」
「私は腕っ節が強めだワン!」
「私は腕がベタベタしています!敵に貼り付きますよ!」
「え……いえ、俺は……」
他のキメラの人をオススメすると、マントの人は素っ気ない様子で退室してしまった。マントの人の名前はゼロというのか。それが解っただけで、今はいい。ひとまず、グイグイくるキメラの方々を制止しつつ、俺は紅茶を飲み干して立ち上がる。
「ごちそうさまでした。それで、博士。ゼロさんのことで、お話が……」
「それならば、あの子に任せよう。私は、彼女の体を繋げただけの人間だ」
お話が早い。そもそも、お父さんに挨拶もせず、勝手に仲間に入れてしまったのはデリカシーがなかったのだ。そりゃあ、仲間は強い方が旅は楽になるけど、俺は本質的に女の子と関わりたいのだから仕方ない。
「解りました。ゼロさんと話してきます」
「ただ……一ついいかな?」
「……?」
「忠告しよう。ゼロは……控え目に言って、まったく美人ではない。それを知っておいてほしい」
「……そ……そうなんですか」
唐突な博士の言葉にポカンとはしてしまったが、それで考えを変える俺ではない。もしゼロさんの顔が面白くとも、よもや顔がなかったとしても、ここまでの旅で俺を助けてくれた、一緒に頑張ったのは彼女なのだ。俺は迷うことなく、研究所のドアを開く。すると、どこからかガラスの割れる音が聞こえた。
「びゃああああああぁあぁ!」
「な……うわぁ!」
俺が開いたドアの隙間を狙って、何か黒い獣のような生き物が通り抜けていった、それに驚いた俺は足を滑らせ、背中を床に打ち付けてしまう。
「あれは……ツーだ。みんな、追ってくれ!」
レジスタの街へ逃げ去った何かはツーと呼ばれ、博士の令を受けてキメラの人たちが仮面を装着しつつ追跡にあたる。その反面、博士は奥に置いてあったカプセルの中をのぞいており、俺も気になって博士の背中越しにカプセルへ視線を向ける。
「もしかして、さっき中にいた人が……?」
「ああ。キメラのツーだ。長らく目を覚まさなかったが、動けるようにはなったのか」
「すみません。俺が止めていれば」
「こちらこそ、すまない。ああ……カプセルのガラスに血が付着している。まだ体の結合も未完成である故、街の人に危害は及ばないだろうが」
「俺、追いかけます」
逃げ出したアレが凶暴で危険なのかは解らないが、視界に入った時……妙な寒気に襲われた。魔物と対峙した時の威圧に似ている。なんとなくだけど、嫌な予感がする。
その後、俺は博士と一緒にレジスタの街へと戻った。手分けして探すよう提案をしてみたが、俺が路頭で迷う可能性を危惧した結果、やはり俺も博士と共に走る事にした。街の外へ出る目的だとすれば空の見える頂上を目指すのでは、との事からパイプはしごを握りつつ街の上層へと向かった。
「ここは、いなそうですね……」
街の頂上は広い公園にも似た場所となっていて、ガラスの天井を透かせば近すぎる空が見える。公園の左側から世界を見下ろせば、水平線まで続く海。右から見渡せば地平線まで続く大陸がある。どこにもツーさんは見当たらず、ジョギングしているお兄さんくらいしかいない。
「博士!ツーが見つかりました!」
「スリー。下にいたのか?」
下の階よりスリーさんが現れ、ツーさんの行方が解ったと報告をしている。また下に戻るのか。結構、この街は高さがあるから、登るよりも下を見ながら降りる方が怖い。
「エレベータを使おう。こちらへ」
おお。エレベータがあるのか。そう喜ぼうかと考えたところ、ただワイヤーが下へと伸びているだけの縦穴を見つけてしまう。まさか、これ?
「落ちると死ぬ。注意しなさい」
「あ……はい」
ここで『俺、地道に下層へ降ります!』というのも格好が悪すぎるため、高所恐怖症による目まいをおさえて俺もワイヤーを握り、申し訳程度のフックへ足をかける。ワイヤーはガクガク揺れながら、下へとスクロールしている。
「この街の人たち、こんな危険なエレベータいつも使ってるんですか?」
「ないと荷物の運搬に不便でならない。人も乗れない事はないが、移動手段で使った者を私は知らない」
「でしょうねえ……」
ここから落ちたら、最下層のゴミ捨て場へ一直線だろう。ある意味、死ぬ・捨てるのエスカレーターとしては優秀かもしれない。暗闇の中、赤色のランプが点滅している場所でだけは横穴から明かりが漏れている。博士の脱出した穴と同じ場所で俺もワイヤーから離れた。
「おっとと……」
「テルヤ君。大丈夫かな?」
「はい。それで、ツーさんは……」
「博士ー!こっちだー!」
フォーさんが手を振っている。ここは……真実の泉があった場所か。黒ずんだ泉は相変わらずだが、その上に棺桶か、繭のようなものが浮かんでいる。
「一体、どうした。これは」
「ツーが泉の水をすすって、こんな姿に変貌したワン!」
おお。
第18話へ続く