第64話の3『飲料』
骨折の判明に衝撃を受けつつも老人と一緒に部屋へと戻り、ベッドで安静にしつつ包帯などを変えてもらう。ギプスや包帯の下から出てきた俺の足は赤紫に変色しており、しかし見た目に反して痛みは感じられないのが不思議である。
「もっと痛みがありそうなものですが、何か塗ってあるんですか?」
「鎮痛薬を塗ってありますじょ。セントリアルの医学の髄ですじょ」
「鎮痛薬ですか……」
俺の足の包帯が巻いてあった場所には白っぽい液体がベタベタと塗ってあり、その薬の色合いと質感が実にマヨネーズに似ている。自分の足を見て腹が鳴るとは思わなかったが、それを聞いた老人がビンに入った飲み物をくれた。
「寝る前の食事はオススメせんですが、水分補給は大切ですじょ」
「これはなんですか?」
「豆汁じょ」
豆乳と聞くと美味しそうに感じるけれど、豆汁と聞くと心なしか不味そうに思える言葉のマジックである。しかし、震える手で口元へ流し込んでみると、しっかり甘く味付けされていて飲みやすかった。自分のケガした場所を改めて見ると損傷が酷すぎて胃がムッとするものの、この飲み物ならサラッと喉を通りそうだ。そういや、骨が折れたって言ってたけど、どこが折れたんだろうか。
「骨折って、どこが折れたんですか?」
「恥骨と座骨じょ」
「足とかじゃないんですか……」
変な部分が骨折していることを知り恥ずかしく思いつつも、かといって体勢的にどう気をつけたら良いかも解らないから骨折については意識せずに寝ている。そろそろ足の包帯は交換し終わって、今は手の包帯を取ってもらっているところである。ヤチャに掴まれた足ほどではないが、腕も青あざが点在していて痛々しい。そこで、ヤチャについても老人に聞いてみた。
「……俺の対戦相手、あのあと……どうなりました?」
「見てないので知りませんじょ」
「なんで俺、病院じゃなくて城にいるんですか?」
「勇者様が病院で寝てたら、お見舞いが大勢きて療養になりませんじょ」
言われてみれば、グロウに勝っただけでサインを求められたし、優勝したとなれば揉みくちゃでは済まないことが容易に想像できる。にしても……俺が優勝かぁ。それも、俺を一度だけ殺しているグロウと、今まで俺を守ってくれていたヤチャを下してである。真っ向勝負ならば絶対に両名とも俺より強いと断言できるし、まあ……ヤチャに関しても試合でのケガは俺の攻撃によるものだから大したことはないであろう。
……大会での俺の戦いについて考えれば考えるほど、優勝については実力不相応に思えて申し訳ない気持ちである。でも、卑怯な事でもしない限り俺が死んでいたし、別にヤチャになら負けてもよかったのだ。それが偶然、あんなことになってしまった訳で……などと心の中で言い訳をしていると、体に巻かれていた包帯は全て白く綺麗なものに変わっていた。
「ギプスは外していいみたいですじょ。痛いところはないですじょ?」
「はい。今のところは特に」
「では、私は行きますじょ。何か用があれば、テーブルの上の呼び鈴を鳴らしてくださじょ」
これにて診察は終了らしく、老人は荷物を抱えて俺に礼をして見せた。さすがに姫様に色々と質問を投げるのは気が引けたため、お医者さんが来てくれたのはありがたかった。それも含めて、俺は感謝の気持ちを示す。
「ありがとうございます。先生」
「……?先生ではないですじょ?」
「……あ……あれ?違うんですか?」
「私は格闘大会に興味がない、ただの豆屋ですじょ」
そっちが本業か……確かに美味しかったもんな。しかし、なぜ豆屋さんがここに……。
第64話の4へ続く