第64話の2『用』
このままだと気丈な人特有の色気に惑わされる……冷静になる時間をとろうと、俺は適当に言い訳を始めた。
「申し訳ありませんが……あの……意識が朦朧としているので、少し休んでもよろしいでしょうか?」
「よろしい。いつ時まで休む?」
「……朝までは眠りたい次第です」
「夜が明け次第、再び会いましょう。ワタクシ、あなたに興味があるの。だから、理解して?」
姫様は俺に約束を交わさせると、イスを動かす音さえ立てない静かな挙動で丁寧に退室した。女の人らしい凄く良い香りが部屋に残っていて、それはそれで俺の鼓動を激しく動かしている。また、圧迫面談をしていたような緊張感もあって、それもそれで胸がドキドキしている。
今が何時ごろなのかは解らないが、先程まで気絶しながら眠っていたからして、すぐに寝つくにも寝つけやしない。かといって、両足は包帯でグルグルに巻かれていて、歩くにも歩けない。これ……トイレに行きたくなったらどうすればよいのだろうか。
「勇者様。お失礼いたしますじょ」
微妙にリラックスしていた俺の耳に誰かの声が届き、俺は寝たままながらも少し背筋を伸ばした。ドア越しに聞こえたその声は年季の入った声質に加え、とても時代錯誤な語尾がついていた為、きっとおじいさん的な人がいるのだろうと思いながら入室を促したら、思った通り老人だった。しかもグルグルメガネで白衣のお爺さんである。
「勇者様。眠る前に包帯の交換と、診察をしますじょ」
「トイレに行きたいんですが……」
「そこにビンがありますじょろ?」
「……トイレに行きたいんですが」
俺が尿瓶にするところを想像したい読者もいなかろう。何度もお願いしてみたら、老人は非常に親切に肩を貸してくれた。杖をついているおじいさんの肩を借りて、俺は建物の廊下へと踏み出す。てっきり病院みたいな場所にいるのだろうと思い込んでいたのだが、ここは街の上層にある城の中であることが廊下の内装にて判明した。
「つきましたじょ」
「ありがとうございます……」
足先までギプスと包帯だらけながらも壁に肩をついて歩き、なんとか一人で用を足して廊下へと戻ってきた……のだが、その一部始終を老人に背後から見られていて、とっても落ち着きませんでした。用を足すにあたり、少々の誤射すらあったやもしれない程である。
「なんで中までついてきたんですか……」
「勇者様が、ヤンチャにも逃げ出すといけないからですじょ」
「この足じゃ逃げ出せないでしょう……」
「勇者だから、人間離れした回復力かもしれないですじょ。骨も勝手に治ってるかもしれないですじょ」
そういう主人公、バトルものだと、たまにいるけども……いや、待てよ。
「……俺、骨まで折れてるんですか?」
「2、3本はいってますじょ」
マジか……。
第64話の3へ続く