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第64話の1『その夜』


 《 前回までのおはなし 》

 俺の名前は時命照也。オーブを取り返すべく武闘会にシード枠で出場し、運よく優勝した……不正はなかったと思う。

 

           ***

 

 「……勇者様。勇者様」

 なんだろう。意識の彼方からスゥーッと声が脳に入ってくる。夢かもしれない。夢じゃないならゼロさんの声だといいなとは思うが、あの人は勇者『様』などとは言わないので別の人なのだろう。

 体中が痛い。腕も痛いし足も痛いし、なんなら頭も痛い。その中で、誰かが俺の手に触れたのを感じた。重たいまぶたを持ち上げて瞳を開く。したら、息のかかりそうな近さに見覚えのある顔があり、俺は思考を回転させながらマバタキを繰り返した。

 「……ッ!お、姫様!」

 「よくぞ目を覚ましてくださった。勇者様、ごきげんよう……こんばんは」

 ご機嫌かといえば機嫌は悪くないが、状況把握ができないあまり心拍数は計り知れない。このままでは満足に呼吸ができないので、中腰で俺の顔を見つめているサーヤ様には近くのイスに掛けてもらった。

 改めて周りを見回してみると、ここは……病室かな?窓の外には夜空しか見えないが、部屋は宿部屋くらいの広さで、一つしかないベッドに俺が寝ている状態だ。きっと、ヤチャとの対戦で力尽きて、そのあと病院へ搬送されたのだろう。

 俺の他にはサーヤ様しか人の姿は見えず、俺はと言うと両足をギプスでガッチリと固められていて、でも感触はあるから足は失くしてはいないと解る。ひとまず逃げ出す必要もなさそうだが、とはいえ動けないとなると落ち着かないな……。

 「少々、お話をしてもよろしい?ええ……お話いたしましょう」

 「あ……はい」

 そう言うと、サーヤ様はベッドにイスを近づけて、俺の腕に触れる距離まで移動する。前に姫様の部屋で会った時は暗かったから解らなかったけど、こうしてみると鎧越しにでもスタイルの良さが見て取れる。具体的にいえば、ゼロさんよりもメリハリのある体型である。ただし、この世界に来てから会った女の人が少なすぎるため、他の人と胸のサイズを比較するにも難しい……。

 「……勇者様。このような喝采とは無縁の場となり、ここにありますはワタクシの心ばかりです。さあ、優勝の証をお返しいたします」

 サーヤ様は豪華そうな小箱を差し出すと、その中に入っている赤と青のオーブを俺に見せてくれた。なんとかオーブを取り戻せたことに安心はするが、手が痛くてうまく動かないから手に取ることはできなかった。サーヤ様は近くのテーブルに小箱を置くと、代わりに俺の手をとって囁くように告げた。

 「武闘会、拝見した。目を見張る戦いであった。勇敢であった」

 「おほめにあずかり、光栄です……」

 「……」

 大会の様子は、姫様も見ていたんだな。それに俺が気づいた後、ふとした沈黙があり、上目遣いにサーヤ様が俺を見つめる。いや……ドキドキする。俺はゼロさんだけって決めてるのだ。やめてほしい……。

 「勇者様……」

 姫様が何か言いかけると、そこにドアのノック音が響いた。姫様は俺に詰め寄っていた姿勢を正し、座ったままドアの向こうへと呼びかける。

 「あら?あらあら。あらあらまぁ。どちら様?」

 「……」

 「……ん~?聞こえなかったのね?そこの、あなた様?」

 姫様が立ち上がり扉を開くと、そこには誰もいなかった。ただ、なんとなく姫様が怒っている事と、それを察知して逃げたのがアマラさんだった事は、およそ予想がついた……。


                                   第64話の2へ続く


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