第63話の2『ラッシュ』
審判さんがルールブック片手にルール確認を始めてしまった為、仕方なく俺は地に足つけず飛んでくるヤチャと対峙する。とはいえ、もはやヤチャのスピードは目で追える速さではなく、瞬間移動かと勘違いする動きで俺の前へと移動してくる。その打ち出された拳が俺にヒットする手前、あまりにも無慈悲な選択肢が表示された。
『1・右腕で受ける 2・左腕で受ける』
受ける事は前提かよぉ……正しい選択肢を選べたとしても、片腕が義手になるのは避けられないだろう。ヤチャの利き手は右手だし、右パンチがくるであろう事はポーズを見ても明らか。すると、俺も利き手である右を残すべく、左を犠牲に……いや、待てよ。
目で追えないレベルの速さでヤチャがパンチをうってきていて、すでに次の攻撃の残像すらうっすらと見えている現状、今から俺が左を差し出したところでガードの体勢をとる時間はない。せめて、体を微妙によじらせる程度だが……これはもしかすると、『受ける』気持ちで『受けない』のが正解なのかもしれない。
グロウとの戦いでの疲れが残っているからか、ここへ来て選択肢は終了のカウントダウンを始めた。ヤチャはラッシュを仕掛けてくる。それを念頭において仮説を立てつつ、俺は目を閉じないよう気をつけながら覚悟を決めた。
『2・左腕で受ける!』
「おおおぉぉ!」
「ふっぜ!」
ヤチャが掛け声とともに右ストレートを放ち、俺は見当違いの左腕を少し前に出す。
『1・右足で受ける 2・左足で受ける』
ヤチャのパンチは俺の右腕ガードがあってしかるべき場所をすり抜け、そのパンチが引っ込むと次にヤチャの左足から膝蹴りが繰り出された。そして、すぐさま次の選択肢が俺の前に表示される。となれば、次は左膝の攻撃だから……こっちか?
『1・右足で受ける!』
『1・右手で受ける 2・左手で受ける』
膝蹴りが当たらずに終わると、またしても間髪入れずに選択肢が表示された。ああ!これ!やっぱり、バトルアニメとかの戦闘中に見かけるバシバシバシバシバシバシバシみたいな、目にも止まらぬパンチキックのラッシュ対決だ!あの攻防に固有名詞はあるのか知らないが、およそ勝ち負けに直接は結びつかない攻撃の連打であるからして、ひとまず『尺稼ぎラッシュ』と名付けておこうと思う。
で、普通は右からの攻撃は右で受けるし、左の攻撃は左でガードする。どちらも絶えずガードと攻撃を繰り返すから応酬になるのであって、そこで片方が相手と逆の動きをしてしまうと、全くかみ合わなくなってしまうという理屈である。その上、俺の動きが一般人レベルで遅すぎるから、俺を過大評価しているヤチャが先読みで攻撃している線も考えられる。
……いや、俺も何を言っているのか段々と解らなくなってきたが、つまり……俺からの攻撃の時間をガードに費やして、相手の攻撃を逆に受けていけば、大体は当らないという持論だ。まだ描写としてはテンプレート化していない事象なので自信は半々だが、俺はヤチャの攻撃と逆の選択肢を選び続けるという賭けに出てみた。
『2・左手で受ける』
『1・右腕で受ける』
『1・かがんで受ける』
『2・左膝で受ける』
『1・右頬で受ける』
『1・右肩で受ける』
『おおおっと……これは白熱……白熱のバトルなのかぁ!?トキメイ選手、戦って……るぅ?』
次々と表示される選択肢をこなしている横で、審判さんが戸惑いの声をあげている。確かに……戦っているように見えて、よく見ると戦っていないから、審判さんの観察眼は本物である。
(あの……勇者、なにしてるのぉ?)
客観的に見てあまりにも不思議な攻防だからなのか、仙人からもテレパシーで何をしているのか聞かれてしまう。実のところ、俺にも、さっぱり解らん……そして、ここから俺はどうすればいいというのか……。
第63話の3へ続く