第16話『突入(悪気はなかったんだけど…)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。倒さねばならない魔王四天王の居場所も解らず途方に暮れてしまったため、マントの人が住んでいたと思しき街へ向かってみた。
「……仙人!俺、生きてますかー!」
「ヒヒトヒピャッ!」
「精霊様!俺、生きてますかー!」
「お前、人の生存確認ついでに自分の意識を確かめるでないんよ!」
「マントの人、無事ですかー!」
「……問題ない」
みんなケガもなく穏やからしい。俺たちの乗り物はヤチャの馬鹿力で海上より弾き飛ばされ、空に浮かぶレジスタの街へと到着……あるいは命中したらしい。俺の張ったバリアが効果を発揮したのか、一瞬でGを感じなくなったのに体感の衝撃は0だった。
以前、ヤチャが乗り物に空けた幾つかの穴からは外が伺えず、その穴は薄暗くて解りにくいが……鉄っぽいもので塞がっていて外へは出られない。逆側にある備え付けの出口から脱出を図るべく、そちらのフタを押し開けた。
「出てきたぞ!撃てー!」
「おおお!?」
乗り物の外には何か、軍人のような人々が垣間見え、俺が身を乗り出した瞬間、銃撃による歓迎をいただいたのだ。命からがら戸を引っ張り閉め、後ろにいるマントの人へ説明を求めた。
「……あの。殺されかけたんですが、何が起こったんでしょうか」
「……私が行こう」
なるほど。よそ者の俺が出ていったから撃たれたわけで、この街に住んでいる人にしか解らない挨拶などがあるのだろう。よし。ここは、お任せしよう。
「撃てー!」
「ちょ……!?」
期待ながらに見物していたところ、マントの人が俺の二の舞になっていたからして、強引にもマントの人を引き戻した。思わず仲間を死地に追いやってしまった。精霊様と仙人は完全に座り込んで休憩しているし、やはり俺がなんとかせねば。
「……やっぱり、俺が行きます。こうさーん!こうさんでーす!」
とにかく敵ではないとアピールして切り抜ける他ない。降参の白旗を用意できなかった為、羽織っていた学生服を脱いでバタバタと振り回してみる。俺の情けない声と服のバタバタに緊張感を失ったのか、チュンチュンと乗り物をかすめていた銃撃も止んだ。
「……し……失礼しますー」
大きく押し開けた乗り物のフタに隠れつつ、乗り物の外を覗いてみる。軍隊は乗り物を取り囲む形で待機しており、今も銃口は俺の方を向いている。辺りは夜のように暗く、天井にはパイプが迷路のように張り巡らされていて、電球みたいなものが点々とオレンジ色に光っている。
「侵入者め!貴様、何者だ!」
「俺……いえ、私は勇……」
隊長の風格を持つ隊員から尋問され、正直に名乗ろうかと考えたものの、勇者であることを明かしたせいで魔王軍に引き渡されそうになった悲しい一件が思い当った。ここは慎重に返答しよう。
「私たちは旅の者です。魔王軍に襲われ、ここまで逃げ着きました」
「魔王軍……だと?ならば、心配はいらない。この街は光の門を通らねば、侵入は不可能だからな」
「そうですか!助かった!」
「それで、貴様は光の門を通らず、どうやって街まで突入してきた!怪しい奴め!」
「ええ?」
『光の門』ってなんだろうと思いつつも、なあなあで話を進めていたら墓穴を掘った。空に浮かんでいる街ではあるけど、きっとバリアのようなものが張ってあって、どこかに門と呼ばれる入り口があるのだろう。多分、乗り物のバリアを張っていたから、街のバリアを突き抜けたんじゃないかと考える。
「こうなったら、白状するしかないですね。俺は勇者。この乗り物はパワーアップの塔の一部で、それに乗ってやってきました!」
「なに言ってるんだ。あいつは」
「自分で自分を勇者だと?頭おかしい」
本当のことを言ったら言ったで、頭がおかしい人扱いである。どうにも埒が明かないまま説得に悪戦苦闘していると、軍隊の後方から現れた軍人らしからぬ白衣のオジサンが周りを制した。
「なにごとですか。銃をしまいなさい」
「街へ砲撃があり、その砲弾の中から侵入者が発見されました!」
「その者、『自分は勇者だ』などと意味不明な供述をしており、措置を検討しております」
「博士。ただいま戻りました」
言いたい放題の渦中で動けない俺に代わり、マントの人がオジサンへ声をかけつつ降りて行った。その様子からするに、知り合いなのだろうか。
「……事情を聴こう。私の研究所までお連れしなさい」
「……はい」
二人の会話は短く切り上げられ、オジサンは軍隊の分け道を通り去って行った。オジサンのおかげかマントの人のおかげか、はたまた俺の立ち回りが功を奏したか、事は穏便に運ばれたと見える。撤収していく軍人たちだったが、矢継ぎ早に次の事件が発生した。
「事件発生!金色の光を放つ謎の男が、街のバリアを突き破ろうと攻撃しているとの事」
「砲撃許可を要請!飛行部隊、発進準備につけ!」
「ああ!それ、俺たちの仲間です!入り口から入って来いって言ってやってください!」
正しい手続きを踏んで入ってこようにも、ヤチャの言葉足らずと凶悪そうな容姿が原因で、かなり時間がかかるのではないかと想像はつく。ひとまず研究所とやらへ向かうべく、俺は乗り物の中にいる仙人と精霊様を呼びに行く。
「話はついたので早速……こっちは、くつろいでるなあ」
「そういうのは任せるんよ。で、どこに行くん?」
「研究所らしいんですが……どこにあるか、精霊様は知ってますか?」
「知らん」
精霊様が知らないとなると、一般に公開されている施設ではないのだろうか。そもそも、なんの研究をしている所なのか、この場所の物々しい雰囲気も相まって想像が捗らない。
俺たちの乗り物は街の外壁を突き破って侵入したらしく、分厚そうな金属の壁へ埋め込まれている。この場所はゴミ捨て場か何からしく、辺りには原型を保ったまま機能停止している機械や、やけにデカいプラグやコード、歯車なども散乱している。壁には大きなシャッターがついているからして、しかるべき場所が来たら地上へ投棄されるとみられる。
「ここに置いといたら、この乗り物も処分されるんじゃ……」
「捨てる前に解体のコストがかかるから、そのまま放置されるじゃろ」
(どちらにせよ、こいつはもう、動かん……ふうっ)
確かに、乗り物の中は薄明りになっていたから、充電されていたエネルギーが尽きようとしていたのだろう。すると、これから別の場所へ向かう時は、別の移動手段を模索しないとならないな。短い間ではあったが、今まで、ありがとう。乗り物。
「勇者、行こう」
「ああ、はい」
「あたちたち、あとで行くわ」
「わかりま……いや、さっき場所、知らないって言ったでしょ」
乗り物とヤチャのことは一旦、置いておいて……この錆っぽい場所から抜け出そう。敵がいないせいか、精霊様たちはやる気が全くなく、後に街で適当に合流する約束となった。マントの人がゴミ処理場の片隅にある戸を開くと、その先にはハシゴが伸びていて、これを掴んで上へと登っていく。それが街まで続いていると見て、俺もマントの人に続いてハシゴへと手をかけた。
そういや、ここまでの旅で村レベルの集落は幾つか通ったが、街と呼ばれる場所は初である。ちょっとは資金もあるし、宿でも見つかれば幸いだ。様々な期待を膨らませつつ、やっとこさ穴から抜け出す。
「……街?」
およそ、俺の思い描いていた街の姿は目の前になく、遥か上層まで続く吹き抜けの端々に道路やハシゴが巡っている。人の姿も多く見受けられるが、俺が見知っている家の形をしたものはなく、代わりにタンクや倉庫に似た何かが縦にも横にも無造作に配置されている。なんというか、複雑に入り組んでいて一目では街の全容が把握できない。
「こっちだ」
「……研究所というのは、何を研究している場所なんですか?」
「……必要であれば、なんでも」
非常に漠然とした用途の研究所であるようだけど、じゃあマントの人は研究員なのだろうか。研究員などの白衣の人が出てくると鬱シナリオに入りそうな先入観すらあるが、白衣の女の人自体は割と好きである。
ぽっかりと開いている天井の穴から、少しだけ空の色が知れる。そろそろ夜が来る。暗い世界に備えて、街の明かりが少しずつ大きくなり、その光が煙に運ばれて淡くも綺麗だ。途中、一部だけ自然の色が強い場所を見つけ、そこに黒ずんだ泉を見つける。
「もしや、これが真実の泉?」
「ああ」
名前からして神秘的な泉を想像していたのだけれど、こんなドブ川みたいな水たまりだったとは。もう少し、キレイにはできなかったのだろうか。
『……が足りない』
「……え?マントの人、何か言いました?」
「……勇者。何か泉に対して質問をしたか?」
「……ん?あ……ええ!?さっきのが!?」
全く質問したつもりはなかったが、『Q.キレイにはできなかったのだろうか=A.が足りない』という質疑応答が成立したらしい。一人一回しか質問できないとは聞いたが、まさか心の声にも反応するとは。
「しくったなあ」
「仕方がない。行こう」
それにしても、さっき泉から聞こえた答えはなんなのだろう。『が足りない……』と言っていたが、栄養でも足りないのだろうか。まあ、何を養分としているかは予想の域を出ない。
「ここだ」
スチームパンク風の街並みに見とれつつも、息切れがするくらいには上層へ登ってきた。やっと目的地へ着いたようだが、そこは広間にドアだけが立っているだけの怪しい場所であった。
「……もしや、これは、別の場所へ瞬間移動できるドア」
「……よく分かったな」
そうなのか。まあ、それに似たものを通って、この荒っぽい世界へ飛んできた思い出があるので、ひやひやしてしまうのはやむなし。マントの人がドアを開くと、ドアを通して工場じみた光景が広がった。
何を作っているのだろう。慎重に右足左足とドアをくぐり、クレーンに運ばれているカプセル状のものをのぞいてみた。すると、何か人影のようなものがカプセルの中、緑色の液体に浸されていた。
「……な……人だ。人が入ってる!」
「ようこそ。勇者らしき人」
「うわっ……」
後ろから不意に声をかけられる。そこには先程のオジサンが杖を突きつつ立っており、その笑っても怒ってもいない無表情が逆に怖い。なんともいえない不気味さに泉の発した言葉が重なり、恐ろしい予想もついてしまう。
「ま……まさか!この人たちを泉に!」
「ふふふ……」
何かを欲している泉。製造されている人間。ここから推理される答えは一つだ。恐怖しつつも、俺は生贄にされてたまるかと、戦う姿勢でオジサンと向き合った。
「全ての答えを手に入れる。そのためだ」
「なんだと!」
「……その時が来るのを楽しみにしている。ふふふ」
と、俺は緊迫した面持ちで聞いていたのだが、よくよく説明を聞くとカプセルの人たちは喋れるようになったら泉に質問する役目の人たちらしい。その後、博士に出してもらったクッキーと紅茶が、とっても美味しかった。
第17話へ続く