第61話の4『連撃』
腰を右にねじる。さっきまで右前方に見えていた刀はフェイクで、それではなく真上から白い刀が落ちてくる。白い刀は俺の脇腹を貫きにかかるが、ギリギリで回避することができた。しかし、そのまま体勢を崩してしまい、俺は右ひざをゆかにつけたまま、床へと視線を下げてしまった。その最中、矢継ぎ早に攻撃の合図が来る。
「伍番刀・緑奏線華!」
『1・逆立ち 2・後転 3・前転 4・左に転がる』
刀の名前から察するに、先程まで視界に入っていた、あの緑色の刀が来るのか?というか、逆立ちって……できるのか?俺は?
『1・逆立ち!』
すぐさま床を蹴って、俺は片手で逆立ちを試みた。足に強く力が入った為か、意外とすんなり体は逆さまになったが……そのままバランスを崩して向こう側へと倒れ始める。逆さまの視界の中で、刀の刃が目の前を通過した。
「次!八番・金剛袖手!」
『1・うけみを取って右 2・うけみを取って左 3・うけみを取らずに前 4・バク転』
敵の攻撃の手が早すぎて、どこから刀が来るのか見当もつかない。その上、選択肢は俺がうけみをとったりバク転ができる前提で問いかけてくる。それを否定するのは微妙に悔しいが、俺の身体能力でバク転とか無理だから、自然と選択も一つだ。
『3・うけみを取らずに前!』
「いてっ!」
うけみは取らずに倒れたから、俺は腰を強く床に打ちつけた。仰向けとなった俺の鼻先をかすめて、ギラギラとした包丁のような刀が横切る。
「弐番刀・紫の蝶!」
また来た!早い!
『1・その場で右腕を床に付いて体を左に回転 2・両手を使ってジャンプしながら起き上がる 3・その場で拍手』
倒れている俺の頭へ目掛けて、紫色の刀が振り下ろされる。随分と具体的な提案が選択肢に表示されているが、その中で初めて、回避ではない選択肢が出た。言われた番号の順番で言うと、その場で拍手だが……これはもしや、白羽取りか?できるか?俺に?逃げたい気持ちでいっぱいだったが……それを振り切って行動を選択する。
『3・その場で拍手!』
パンッ!力の限り、両手をあわせる。咄嗟に目を閉じてしまった。
どうなった?すぐに俺は目を開いた。紫の刀は名前の印象通り非常に軽い刀のようで、俺の両手の中でキレイに止まっている。おお!俺、白羽取りしてる!はたから見れば刀を白羽取りをしたビジュアル的に映える光景であり、もしかすると観客席からは歓声が上がったかもしれないが、当の俺は生きた心地がしないから遠くの音までは聞こえていない。
紫の刀を振り払うと、敵の猛攻は一瞬のスキを見せた。かといって攻撃の策はないからして、俺は跳び起きて体勢を立て直すだけである。
「勇者ァ!そう簡単に死なねぇか!上等!」
「……」
刀の数だけ連続攻撃が来ると考えていたが、それでは俺を倒せないとグロウは判断したようだ。刀を操っている風は勢いを増し、黒い風に視界をはばまれて宙を舞う刀は姿をくらました。その中央を駆け抜け、グロウが黒い刀で斬りかかってくる。
「参番刀・黒桜!」
敵は近い。でも、選択肢が出てこない。どう動けばいいのかも分からず、俺は両手を握りしめたまま敵を見据える。冷や汗が溢れる。ペンダントのパワーが切れたのか?刀が迫る。攻撃される!その寸前で、選択肢が消えるカウントダウンと共にウィンドウが表示された。
『1・前に走る 2・後ろへ跳ぶ 3・しゃがむ 4・ジャンプする』
この状況で前に走るのは悪手に思えるが、もうペンダントのパワーも少ないのだろう。カウントダウンが終わるのも待たず、俺は前へと走り出す。
『1・前へ走る!』
「このぉーっ!」
急に間合いを詰められたせいで刀を振り抜けず、仕方なしにグロウは刀の柄で俺を殴りつける。致命傷を避けられたものの、俺は打撃を受けて後ろへと倒れかかった。
「ぐっ!」
「……四番・銀斬刀。押斬り!」
しまった!俺の後ろ、ゆかに突き刺さる形で刀が待機している!このまま倒れるとマズイ!刀にぶつかる!
『1・殴る 2・蹴る 3・踏みとどまる 4・はずす 5・つかむ』
『5・つかむ!』
すぐに選択肢を選んだが……でも、なにを?刀か?違う!俺は即座にグロウの服のすそを掴んだ!よろめきながらも俺はグロウに振り払われ、刀が刺さっている場所とは逆方向へと投げ飛ばされた。
「いってえっ!」
「しぶとい!だが、次で決めてやる!風!爪!」
『1・走る 2・起き上がる 3・転ぶ 4・伏せる 5・転がる 6・何もしない 7・振り向く 8・腕を前に出す 9・上を見る 10・下を見る 11・口を大きく開ける 12・両腕を広げる 13・足を延ばす 14・目を閉じる 15・頭を隠す』
黒い風の中を通り、宙浮いている刀が、一斉に俺の元へと降りそそいでくる。何かしなければ!大量に提示された選択肢の中で、何もしない選択肢が次の正解と思われる。でも、本当に、それでいいのか?思考が追いつかないまま、俺は馬の被り物の人が言った番号を選択した。
『6・何もしない!』
全ての刀は俺に当たらず、俺の右、左、後ろへと突き刺さった。ますで刀で牢を作られた様子だ。なんとか無事ではあるが、もはや逃げ場は前にしかない。風が強く、何も見えない。暗闇の中で、グロウの声が正面から聞こえる。
「十刀流奥義……十刃一絡げ!」
まだ俺は立ち上がることもできていない。今度こそ、手立てがない。ここから勝てるビジョンだって見えない。でも、俺は選択肢が出るのをギリギリまで待った。そして、それはなだれ込むように現れた。
『1・顔を上へ向けようとする 2・起き上がろうとする 3・転ぼうとする 4・伏せようとする 5・前転しようとする 6・大声を出そうとする 7・刀へ手をかけようとする 8・前を向く 9・上を見ようとする 10・下を見ようとする 11・口を大きく開けようとする 12・両腕を広げようとする 13・足を延ばそうとする 14・目を閉じようとする 15・頭を隠そうとする 16・あばれようとする 17・逃げようとする 18・あきらめようとする』
もはや、何かしようにも何もできないのかもしれない。時間がない。攻撃の手段もない。そんな中でも、俺は諦めずに前を向くことを決めた。
『8・前を向く!』
第61話の5へ続く