第60話の4『待機中』
控室からではナレーションが聞こえない為、どのような試合が行われているのか伺い知れない。かといって、トーナメント表が見当たらないため、誰が対戦相手になりそうなのか予想の域をでない。
とりあえず今後の大会の予定としては、1試合目の勝者である誰かとヤチャが対戦、3試合目の勝者であるツクネさんと4試合目の勝者である誰かが対戦、5試合目の勝者の誰かとマッサツ氏を瞬殺した誰かが対戦すると考えられる。
「次、準々決勝戦の第一試合!バリカタ選手、入場を願います!」
準々決勝が始まった……となると、単純計算して大会には俺を含めて11人しか参加者がいないと見られる。ヤチャは反対側の控室にいるんだろうか。かたくなる攻撃の使い手と見られる硬そうな名前の選手が入場し、また客席は歓びの声をあげている。この反応からして、もしや第1試合は名勝負だったのではないかと思い、ちょっと見てみたかった気持ちも込み上げる。
「……」
……ダメだ。色々と考えを巡らせて緊張をほぐしてみるものの、やはり自信のなさと戦闘力のなさが祟って泣けてきた。今まではなんだかんだで仲間の方々や、一時的に加勢してくれた方々の厚意で生き延びてきたが、今回は正面切っての、ほぼマンツーマン。最悪の場合、何度も使えるかすら知れないコンテニューを消費する事態も想定しておかねばならない。
公的に開催されている大会であるからして、死ぬ間際で試合にストップはかかるかもしれないが……コンテニューを使っても痛みの意識は残るから再戦の気力が持つかは解らない。もし『一つ前の選択肢に戻る』能力が発動しても、そのあと全く能力が使えなくなった前例もあるから、そこから挽回できる目があるかも解らない。とにかく、解らないことが多すぎて何がなんだか解らない。
……待てよ。すでにヤチャが参加できている以上、うまくいけば代わりに優勝してくれる可能性もある。ここでブレイドさんに言えば、まだ辞退はできるに違いない。ここは、逃げてしまおうか?隣でハンマーを床に軽く打ち付けているツクネさんから距離を置きつつ、俺はシュッパさんに声をかけようとドアノブに手をかけた。
……でも、このまま参加を辞退したら、どうなんだろう。ルルルにはバカにされるかもしれないが、別に怒られたりはしないだろう。ヤチャが優勝できなかった場合、仙人もオーブを取り戻す別の案を一緒に考えてくれるに違いない。ヤチャは俺を過大評価しているようだが、これが考えを改めてくれる切っ掛けにはなるかもしれない。
ゼロさんだって俺の参加を心配していたし、逃げ出しても許してくれるとは思う。だけど……。
「次、準々決勝、第二試合!ツクネ選手!入場を願います!」
「わたしか……じゃあ、登場の位置につくね」
ツクネさんが席を立ち、力強く階段を上がっていく。俺は……触っていたドアノブを手放し、空いている席に腕を組んで座り直した。そうだ。恋愛アドベンチャーゲームの主人公である俺が、女の子に良い恰好を見せないで、他になんの生きがいがあるというんだ。やってやる!俺は冷や汗をかきながらも、自分の名前が呼ばれる、その時を待った。
「……」
その後、出番が来るまでの間に3回、ここから逃げ出そうとしたことは……みんなに内緒の事実である。
第60話の5へ続く