第14話『飛行(飛んだ!)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。勇者として旅に出た俺は魔王四天王の一人・ワルダーの城へと侵入し、城を瓦礫の山へと変えた末、よくわからないままに赤のオーブをゲットした!
魔王四天王の城がバラバラに解体されたと知れれば、こぞって魔王の仲間たちが駆けつけてくる。その恐れから、俺たちはパワーアップの塔の仙人がいた部屋へと避難した。前に来た時は微妙に斜めだったパワーアップの塔も今は完全に横たわっており、床の温かさも相まって非常に居心地がいい。
「さて、なあなあで赤いオーブも入手できたわけですが……次、何をすればいいか知ってる人はいますか?」
「ふふふふ……俺様が最強だあ」
ヤチャしか俺の質問に答えてくれなかった。これは堪える。次の四天王を探すにしても、手掛かりのあてすらないのは困る。あ……。
「精霊様。マントの人の故郷に、真実の泉というのがあるって言ってましたよね?そこに聞いてみれば、四天王の居場所が解るんじゃないですか?」
「よく、そんな話まで憶えとったんよね。しかし、泉が応えてくれるのは、一人につき一回のみじゃ。言葉が足りんと、無駄骨なんよ」
「一人につき一回か……」
「『魔王四天王は、どこにいますか?』とか聞くと、『東』とか言われるんよ」
「……そこ、どうするか考えておきます」
例えば、俺が『ヤチャみたいに強くなりたいです』と聞いたら、『無理です』と心を折ってくる可能性もあるということか。せめて、『腕立て伏せしろ』くらいの答えは引き出したいところである。
ひとまず、泉への質問については移動しながら考えるとしよう。泉がある街の場所はマントの人が知っているだろうから、案内してもらいたいところではあるが……そこは容易く教えてくれるだろうか。
「街の場所なんですが、どこにあるんですか?」
「……東だ」
「……」
一瞬、真実の泉の物まねなのかと困惑したが、あまり間を開けずに精霊様が補足をくれた。
「レジスタの街は空に浮かんでおって、常に移動しておるんよ。けして、泉の物真似をしてくれたわけではないんよ」
「あ……」
「や……いや、誰も物真似だなんて思ってませんよ」
物真似になってしまったことには言われて気づいたらしく、マントの人は仮面をおさえてうつむいている。まあ、かわいらしい。けど、あまり見つめると逃げ出してしまいそうなので、ここは強引に話を進展させていく。
「空に浮かんでいる街まで、どうやって……そうだ!ヤチャに乗って、飛んで行こう!」
「かしこま……りいいいぃぃぃ!」
「あっつぅ!やめて、それ!」
ヤチャの体からビンビンにオーラが発せられ、けたたましく熱い!ダメだコレ!
「そもそも、勇者が、ちゃんと塔を登って修行していれば、自分で飛んでいけたんよ。勇者、こら!」
「すみませんでした……」
精霊様に怒られた。そんなことを言われても、塔が倒れたのは不可抗力だし。ていうか、もしかして……俺以外の人、みんな飛べるの?
「マントの人、飛べるんですか?」
「私は飛行する術をもたないが……高所よりカイトを用いる。あるいは、鳥獣の力を借りるのが手段としてある」
「なるほど。よーし!そうと決まれば、東の方へ向けて出発だ!」
グダグダしていても話にならない。と、一人で意気込んでみる。すると、入れ歯がないせいで発言のなかった仙人が、床の一部に手をかけて持ち上げた。その中には丸いクボミのようなものがあって、なにやら怪しい。
「仙人様、何が始まるのですか?」
「オオエ!ハファハム!マリモ!」
「……精霊様、何が始まるんですか?」
「解らぬ」
一体全体、何が始まるというのだ。事の行く末を見守っていると、仙人はクボミに禿げ頭を収め、逆さになって高速回転を始めた。まさか、この世界でブレイクダンスにお目にかかれるとは。
「……精霊様、何が始まったのですか?」
「解らぬ」
誰の理解も追いつかないまま、仙人の回転はハゲしさ……激しさを増し増し、それはパワーアップの塔を揺るがすほどであった。いや、揺るがすというか、むしろ浮遊感すら覚える。今は床の角度が完全に変わっていて、俺は転びそうな体制で耐え忍んでいる!
「勇者、外を見ろ」
「ええ……?」
マントの人の呼びかけを聞き、ヤチャが開けてくれた壁の穴から外を伺うと、そこには見慣れた土と木じゃなく、ところどころに雲の漂う空があった。『飛んだ!』という喜びもあったが、それより穴から落っこちる怖さがあって俺は床に這いつくばっている。未だに高い所は怖い……。
どのような状態で塔が飛行しているのか実態は知れないが、この時を耐えれば街まで素早く行けるはずだ。早く到着してくれることを祈りつつも、俺は回転している仙人を静かに見守る。
「……なッ!うわああああぁ!」
突如、飛行しているパワーアップの塔を大きな揺れが襲った。俺は悲鳴と共に跳ね飛ばされて床をバウンドし、背中を打ち付けながら、むせかえっている。他の人たちの安否を確認するが、俺以外の人たちは身を伏せたくらいで飛ばされてすらいない。マントの人は引き続き、穴から見た外の様子を伝えたりしている。
「外から攻撃だ」
「魔王軍ですか!?こいつを落とすつもりなんじゃ……」
「ここの甲殻は硬いから、その心配はないんじゃが……あれを見るんよ」
「……ん?」
精霊様の指さす方向では仙人がスピンを続けているのだが……その回転はグラグラしていて不安定だ。こころなしか、その回転にあわせて乗り物も向きを変えている気がする。
「やっぱり、あれがコントローラー?」
「仙人がグラグラしてしまうと、進む方向が安定しないようなんよ。このままでは、東に着かないのじゃ」
「俺様が行く……はっ!」
外に敵勢がいると見て、塔の防衛を図るべくヤチャが飛び出していった。それはいいが、わざわざ新たに風穴を開けて脱出しなくてもいいのではないかと思う。今、塔にはヤチャの開けた穴が二つ、仙人の入れ歯の突き抜けた小穴が幾つか開いていると見られ、本当に強固な外殻なのかは疑問である。
「私も戦況を見てこよう。勇者、仙人を頼む」
「はい!お気をつけて!」
マントの人も戸を開けて身を乗り出し、敵の動向を探ってくれている。さて、ぐらぐらしている仙人のサポートを承ったわけだが、仙人の回転が速すぎて素手で触ったら体が溶けそうな勢いである。近くに仙人の杖が転がっていたため、それで試しに突っついてみる。
「おふぅ!おふぅ!」
嗚咽を漏らしながら、仙人は更にバランスを崩してしまう。『ギャン!』という音と共に弾かれた杖を見ると、先がバリバリに削られている。俺が突いたせいか、またしても乗り物の移動方向が変わってしまった直後、再び外では攻撃が直撃したようで、乗り物は強い揺れに見舞われる。
『勇者一行、お前たちの旅は、ここで終わってしまうのだ!ぐっ……やつを落とせー!』
「……なんだぁ?」
拡声器を通したような声で、ガンガンとした宣言が聞こえてくる。声の近さ的に見て、空飛ぶ敵の船から発せられているもののようだが、そんな威勢のいい発言とは裏腹、あちらはヤチャの反撃に手こずっている模様だ。
『パワーアップ塔の仙人!聞こえているか!俺はブシャマシャ!お前は俺を知っている!』
「ふしゃ……はひゃ……!?」
ん?仙人が反応したぞ。知り合いか?
『弟子仲間のお前は塔へ残り、俺は自由を求めて外へ出た。俺は力も地位も女も手に入れた!お前はどうだ!』
「ふぐぐ……ふぐ」
『引きこもった末、手に入れたものはなんだ!元々、髪の薄いお前だ!もう、髪すら残っていないのではないか!惨めな仙人よ!』
「ふぐぐぐ……ふぐ……」
「……あっ!」
やろう、仙人が乗り物を操縦していると見て、メンタルを攻めてきやがったな!元弟子仲間とあってか、悲しき実情を知っている者の犯行だ。その作戦に引き込まれるように、仙人は体をガクガクと揺らしてしまう!フォローせねば!
「そ……そんな事はないですよ!仙人が塔を守ってくれたから、俺たちはワルダーを倒せたんです!感謝しています!」
「ふぉ……ふぉおおお!」
よし!ちょっと元気を取り戻したようだ!この調子!
「精霊様も何か、仙人に温かいコメントをお願いします!」
「特にない!」
「ふおおぉおうおうおう………」
意気消沈しちゃったじゃないか。精霊様、そういうところ空気が読めない。
『そして、俺が結婚した女の名を教えてやるぞ!それは……』
「ふぉ……ま……ふぁほは」
『あこがれのマドンナ、マーニャちゃんだ!お前の思いは俺が引き受けたぁぁ!』
「ま……まああああぁ」
終わった……仙人の回転は虫の息。落ち着いたスピンの中にも、絶望した仙人の表情が見え隠れしてしまう。俺も膝をついて絶望しかけてていると、そんな中で精霊様が焚きつけた。
「勇者!しばし、あたちが仙人を回すのじゃ!あとなんとかせい!」
精霊様が風の魔法で仙人の回転スピードを上げている!今の内になんとかしないと、なんとか……そうだ!
「仙人、お許しください!」
「ふぉ!」
さっき杖で突っついた時、急に進行方向が変わった。それなら、いっそ進む向きを変えてしまえ!
「マントの人、敵の船は、どっちにいますか!」
「あちらだ!」
「了解!えいっ!」
「ふぉおおお!」
俺は何度も仙人を突っつき、体に受ける揺れを頼りにコントロールを試みた。
『あちらこちら移動しやがって、気がふれたか!いや……うわあああ!こっちにくるなああぁ!』
「いけえええええ!体当たりだあああぁ!」
その後、乗り物の外では小爆発、中爆発、大爆発の大盤振る舞いで、敵の乗り物が大破していること請け合いであったが……それに調子をよくして、仙人の回転が止まっている事から気をそらしてしまったのが敗因であった。もちろん、数分後に乗り物は墜落した。
乗り物内でシェイクされるが如く、ものすごい衝撃に襲われた俺は、当たり前のように気を失ったらしい。気が付いた時には薄暗がりの中にいて、近くにはマントの人が座っていた。
「……勇者、無事だったか」
「一応……生きてます。いてて。他の人たちは、どこに……?」
マントの人が指さした方には穴が開いていて、居場所も機能停止した乗り物の中であると理解した。痛めた頭を押さえつつ穴から外へ出ると、そこの四方には一面の海が広がっていた。
「ここ……どこ?」
第15話へ続く