第58話の1『ご相談』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公なのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。赤のオーブ、青のオーブを手に入れたのだが強盗に奪われ、それをなぜか武闘大会の優勝景品にされた……。
***
「お疲れ様。英雄の証、似合っているよ」
エレベーターへ戻ると、完全に見物人の様相でアマラさんが迎えてくれた。あまりにショックなことがあった為、会話は全てセガールさんに任せてしまいたい気持ちである。
「この子、英雄の証を手に入れて、大切なものをなくしたのよ。そっとしてあげて」
「それは、もしかして四天王のオーブ?」
「……えぇ?」
それは、およそ返ってこないであろうと思っていた、バツグンに的確な答えであった。予想外の反応を受け、俺は戸惑いの表情をアマラさんに向ける。すると、アマラさんは軽い口調で続けた。
「それならそうと、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「え?じゃあ、返してくれるんですか?」
「いやぁ。今になって、それはできないが、もっと早く言ってくれればよかったのに」
「ですよね……」
「しかし、問題はない。武闘会で優勝すれば、必ず戻ってくるからね。元気を出してくれたまえ」
と……アマラさんの言葉は常に一つ一つポジティブなのだが、それを成し遂げるのは俺だからして胃が痛い。いや……ちょっと待てよ。さすがに、物事が悪い方向へスムーズに動きすぎではないだろうか。下りだしたエレベーターの中、俺は恐る恐るアマラさんに尋ねてみた。
「……アマラさん」
「なにかな?」
「……俺の事、もしかして知ってました?」
「いいや、知らないよ?」
「俺が勇者だって、気づいてました?」
「うん。気づいていたよ?」
「……」
「私も、勇者様の戦いが、この目で見れるのは心の底から楽しみだ」
……あぁ!そうか!これは……はめられた!どおりで、ちょっと無理やり感のある言い訳もアマラさんには通ってしまう訳である。すると、これは……俺の正体を明らかにするついで、オーブについても何日か預かって検証する余裕を残しつつ、俺が勇者だった場合には持っている力も確かめようという算段な訳だ。
しまった。この世界に飛ばされて以来、どこへ行っても正直な人物としか会わなかった為、騙されるという危機感を失っていた。むしろ、俺が誰にも彼にも嘘ばかりついていたので、因果応報ともとらえられるが……正直に生きていたら死んでいたと強く自信を持っているので悔い改めはしない。
しかし、どうしてくれよう。今までは運よく生き延びてこられたが、大会で優勝なんて奇跡でも起きない限り俺には無理だ。ここはダメ元、他の方法がないか打診してみる。
「アマラさん……俺には普通にやって大会で優勝なんて無理です。他に方法はありませんか?」
「そうだな……あぁ、いい事を教えてあげよう」
「……?」
「……英雄の証を持つ者は、シード枠で武闘会に出場できる。準決勝から参戦する為、二回だけ勝てば優勝だね」
それは確かに朗報ではあるのだが……準決勝からとなると、最も強い人と二番目か三番目に強い人に勝たなければいけない。それはそれで荷は重いけれど、ひとまず大会までにペンダントだけは取り戻しておかなければと前向きに判断した。そんな会話をしつつ、アマラさんは俺たちを街の下層部までエレベーターで送ってくれた。
「……そうだ。もう一つ、言い忘れたことがあるんだ」
「……なんですか?」
下層部まで送ってもらった別れ際、思い出したようにアマラさんが俺に呼び掛けた。まだ何かあるのかと身構えつつも、俺は不安いっぱいの姿勢で言葉を待った。何か言われても、慎重に答えねば……。
「……英雄の証を見せると、街での買い物が3割引になるから使ってね」
「あ……はい」
拍子抜けしたけど……それは、ちょっと嬉しいな。
第58話の2へ続く