第57話の1『ナチュラルメイク』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公なのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。赤のオーブ、青のオーブを手に入れたのだが残念ながら強盗に奪われてしまい、それらは奪還されたのち、セントリアルの街に保管されている。無事に返ってくるだろうか……。
***
姫様に会わせてくれるという話だったのだが、なかなかどうしてアマラさんが戻ってこない。多忙とのことならば面会をご遠慮いただいて結構なのだけど、それをシュッパさんに言ったところで面倒ごとを増やしそうなので、俺は綺麗な姿勢でイスに座ったまま、壁にかけてある絵などを眺めている。
「テルヤくん。姫様の御前に出るんでしょ?メイクしてあげよっか?」
「いえ……もういいですよ」
「君、疲れてて顔色が悪いから、ナチュラルメイクした方がいいわよ。顔かして」
それならいいかと、待ち時間のついでに自然なメイクをお願いした。そうこうしている内、誰かがドアをノックする音が聞こえ、ドアが開いたような気配がした。
「お客様ぁ、大変お待たせしております。ご夕食などはいかがですか?」
「なになに~?料理、何があるの~?」
セガールさんと、知らない女の人が話をしているのだが、俺はメイクをされていて動けないからセガールさんの顔しか見えない。女の人は若い雰囲気の声だけど、どんな人が来たのだろうか。そして、俺も晩ご飯が食べたいと言いたいのだが、くちびるに何かを塗られていて喋れん。
「魚はある?あちし、好きなのよ~。あったら、2人分お願い!」
「煮つけがございます。お持ちしましょう」
視界の端にチラッとだけ、白いフリルエプロンのようなものが見えた。もしかして、メイドさんか?すごく見たい!でも、もう行ってしまう!
「ちょっと。動かないで」
去り際の後姿すら見ること叶わず、セガールさんに顔をグイッと戻されてしまった。オトナリの村で熟年のメイドさんを見て以来、ずっと若いメイドさんにも会いたい気持ちでいっぱいだったのだが……惜しいことをした。
「……完成!うん!姫様に見ていただいても差しさわりない顔ね」
その言い方だと、元の顔は人に見せられないレベルだったみたいになってしまうのだが……無事にメイクは終了したらしい。どれどれ、どんな顔色になったのか、窓に映して確認してみた。したら、この世界に来てから見た事もない人物がガラスに映り込んでおり、その人が近くにいるんじゃないかと思わず周囲を確認してしまった。
「……」
な……なんだ?なんかこう……今の俺の顔と言ったら、70年代の少女漫画に出てくるイケメンみたいな顔で、まつげはバツバツに伸ばしてあるし、血色のいいクチビルはMの字型に整っており絶句の極みである。なお、どうやって輪郭までメイクで変えたのかは本当に謎だ。当然、抗議の声をあげされてもらう。
「これ、ナチュラルメイク……ではないですよね?」
「あら。イケてる男が嫌いな女はいないのよ?」
「あなた、女じゃないですよね?」
男の人が女の代表みたく喋っている点は深く言及しないが、それにしても俺の顔はいかがなものか。俺が頭を抱えるか悩んでいると、控え目に扉がノックされた。その後、アマラさんが静かに入室する。
「お待たせ。姫様のご機嫌を回復させていたら遅くなってしまった……君は誰?」
「テルヤです……」
「君は百面相なのかな?」
本当の百面相は俺じゃなくてセガールさんだと思うけど、それを言うとニセ勇者の件がバレる恐れもあったので、俺は無言のままイケメンフェイスでハニカムしておいた。
「さあ。これより、姫様の元へ案内しよう。私についてくるといい」
「あぁ……さっき部屋に来た人が、食事を持ってきてくれると言っていましたが」
「それなら、ここへ戻ってきてから食べるといい。食事の用意を済ませておいてくれるだろう」
あわよくばメイドさんの姿が見られると思ったのだが……そうはうまくいかない。俺とセガールさんは被害届をアマラさんへ渡しつつ、客室の戸口を潜り抜けた。ずっと扉の前で待機していたシュッパさんも、アマラさんが戻ってきたことで、ようやく頼まれごとから解放されるようだ。
「シュッパ君も、2人の案内をしてくれて、ありがとう。もしかして、どこか行く途中だったのかな?」
「むう……やぶさかではないが」
「……?」
「トイレへ……」
「……ごめん。早く行くといい」
シュッパさん……妙にソワソワしていると思ったら……。
第57話の2へ続く