第56話の7『誤魔化し』
氏名の他に被害届へ書く項目は……『健康被害』か。あぁ、ケガしたところがないかって事だな。乗車した際に犯人の一人と激突こそしたが、少し痛めたくらいでケガはなかった。強いて言えば、セガールさんがアマラさんに縛られてから微妙に嬉しそうだが、それは書かないでおこう。
あとは……盗られた物を書くところか。確か、仙人が財布を盗られたのと、俺が赤と青のオーブ、それとペンダントを盗られたんだったな。ヤチャは特に被害はなかった気がする。セガールさんについては別の用紙に自分で書いてもらっている。さて、問題はどのように書けば、穏便にオーブとペンダントが戻ってくるかということだ。
「赤のオーブ……う~ん」
赤のオーブとは……すなわち、赤くて丸い水晶玉のようなものである。すでにアマラさんには魔力鑑定により不審物として認識されている為、これをなんでもない物として返してもらうのは至難なのだが、誤って他の一般被害者の方々へ返却されると、それはそれで大変マズイ。なので、具体的かつ、危険性を秘匿として被害届へ記入せねばならない。となると……こうか?
『赤いオーブのような、ただの石』
あっ。魔力が秘められている事はバレているのか。まずいな……じゃあ。
『魔力のある赤いオーブのような、ただの石」
魔力が込められていることを俺が知っていては、それこそ問題なのかもしれない。だとすると……少し誤魔化す必要があるだろうか。だったら……。
『変な力を持つ赤いオーブのような、ただの石』
オーブってのが、すでに響きとしてカッコよ過ぎるんだよなぁ……こうか?
『変な力を持つ赤い玉のような、ただの石』
すでにただの石ではない気がするが、うん。これでいこう。次に青のオーブだが、ジ・ブーンが最近まで持っていたという事もあり、赤のオーブよりも内なるオーラが強い。輝いてこそいないのだが、玉の中にうっすらと宇宙が見えるレベルだった。正直、強盗に奪われた際に疑惑を持たれなかったことが不思議である。魔王軍にも、オーブを見た事のない者は多いという事なのだろうか。
そういったアレやコレを踏まえ、青のオーブにつける形容詞は以下である。
『強い変な力を持つ青い玉みたいな、ただの石』
これで、オーブについては書き終わった。最後は、運命のペンダントについてだ。オーブは現時点で俺が持っていても大して役に立たないが、ペンダントはないと非常にマズイ。なにせ、俺から勇者の能力を取ったら、真の役立たずの出来上がりなのだ。しかし、ペンダントについてもアマラさんに注意を向けられている為、それを俺が持っているべき強い根拠を示さねばならない。すると……こうなる。
『母からもらった不思議なペンダント』
まるで、俺自身はペンダントの正体を知らないが、母がくれた大切な物……というニュアンスを込め、家族を持ち出すことで少しの同情も誘う作戦である。いや、母親の正体を根掘り葉掘り聞かれると困るな。ここは身内じゃない方がいいか。
『よく解らない人からもらった不思議なペンダント』
よく解らない人から物を貰っちゃダメだよ……と言うアマラさんが容易に想像できた。なら、買った方がいいか。
『綺麗だったから路上販売で買った不思議なペンダント』
どこから買ったのか聞かれても、それはそれで困るな……だったら、もうこれしかない。
『俺は両親を知らない。これは物心つく前から持っており、誰からもらったのかも解らない不思議なペンダント』
一体、俺は誰なんだ……謎人物すぎる。というか、説明文を付け加える程、うさんくさくて仕方がない。そんで結局、ペンダントについては『黄金色の大きなペンダント』で落ち着いた……。
第57話へ続く