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第54話の1『引き車』

 《 前回までのおはなし 》

 俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公なのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。赤のオーブ、青のオーブを手に入れた俺は、次の魔王四天王の情報を探しつつ、ひとまず近くの街へと向かっている。


              ***


 「君たち、引き車が来たぞ」

 テントの中で眠っていた俺たちを起こそうと、森の番であるモーリーさんがテントの外から声をかけてくれた。テントには俺の他にセガールさんとヤチャが寝ていて、せまかったから仙人はモーリーさんの小屋に間借りして寝ることとなった。俺の寝相が悪かったのか他の人のが悪かったのか、気づくと俺は同室の二人に足を押し付けられた状態で眠っていた。

 ヤチャは寝ている間も白目をむいたままだから、揺すってみても起きたのか解らない。セガールさんはメイクが崩れて顔がヤバい。これだけ崩れていると、逆に誰なのか解らなくて変装としては完璧である。

 テントから出てみる。草には雫がついていて、夜に少し雨が降ったことを知った。モーリーさんの言っていた引き車というのは一軒家ほどもある大きな車で、車輪だけでも見上げて首が痛くなるくらいデカい。何を動力にして動いているのか気になり引き車の周りをブラブラ歩き始めたところ、足元から何者かの怒る声を聞いた。

 「こら!止まれ止まれ!」

 「おおっ……?」

 何がいるのかと、草原の草の分け目を覗き込んでみる。そこにはアリのような大きさの人が5人ほどいて、俺の方を不機嫌そうに見上げていた。

 「……これは失礼しました。えっと……あなたがたは?」

 「俺達、アリちゃんさぁ!」

 「俺達、アリ車を引いてるんさぁ!」

 アリ車……というと、この大きな車をこの小さな人たちが引いているって事か?にわかには信じがたいが、ファンタジー世界に日本の一般常識を持ち込むのも危険。ここは情報を鵜呑みにしてみる。

 「本日は、お世話になります。よろしくお願いします」

 「なんだ。珍しく礼儀のなってるやつよ。小休憩が終わったら出発だ。乗り込んどけこら」

 俺の中では普通の対応なのだが、この世界では珍しく礼儀のなっている対応らしい。言われてみれば、この世界に来て会った人で礼儀が正しい人のが少ない。ミオさんとルッカさんとマリナ姫様と数人くらいかもしれないが、そんな人たちですら唐突に非常識な面を見せてくるので油断がならない。

 「チケットをお求めの方、こちらで販売中でーす」

 派手な帽子をかぶった人がチケットを販売している。みんなの分のチケットを手配しようと声をかけると、チケット売りの人は3種類のチケットを差し出した。

 「こちら、男性用と女性用、ご家族用の3種類がございます。お値段は同じですが、それぞれ部屋が異なります。ご家族用をお求めの際は結婚証明書および、扶養家族証明書の提示をお願いします」

 「じゃあ、とりあえず男性用を3枚と女性……幼児も女性用で大丈夫ですか?」

 「大丈夫でーす」

 「では、女性用を2枚で」

 「あちしも乗る乗る!」

 俺がお金を差し出し、チケット売りさんに金額を確かめてもらっていると、後ろからセガールさんの声が聞こえた。ふと振り向いて見たセガールさんの顔といえば、メイクの崩壊が最高潮であり、もはや人間に見えない。

 「はぁ……はぁ……あちしにも一枚ちょうだい!」

 「はは。化け物用のチケットはないでーす」

 「な……あんた!ぶっとばすわよ!」


                                   第54話の2へ続く

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