第11話『追跡(置いていかれてしまった…)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけバトル漫画風の世界に飛ばされていた。パワーアップの塔では残念ながらパワーアップが叶わず、仲間のヤチャだけが極端にパワーアップしたが、それはそれとて仲間が増えた。
「起きろぞい!勇者こら!」
「……ああ、おはようございます」
パワーアップの塔の途中にある真っ白い部屋にて、ワルダー城の攻略会議らしきものをしていたのだが、あまりに居心地がよくて眠ってしまった。この世界に来て以来、最も深く眠ったかもしれない。その安眠を妨げようと、俺の腹の上に幼児体形の精霊様がまたがっている。
「お前、ワルダーを倒しに行くんじゃろう。眠っている場合ではないんよ」
「……すみません。眠ってしまって」
部屋は広さの解りにくい白色の空間なのだが、そこには俺の他にマントの人と精霊様しかいない。
「ヤチャと仙人様は、どちらに?」
「やつら、もう行きよったんよ」
「え!?お手洗いとかにですか?」
「ワルダーの城じゃ!のんきか!」
俺が寝さぼっている内にも、ヤチャと仙人がワルダーの城を攻めおとしに行ったらしい。ヤチャはともかく、仙人は入れ歯がなくて喋れない状態なのに我先にと突入していく姿勢。いっそ、俺も起こしてくれれば、微力ながら攻城戦に加勢したのに……。
「筋肉男は『お師匠様のかたきは、俺様だあ』などと笑っておったんよ」
「ヤチャがカタキになってどうする……でも、ワルダーはオーブ使い?でしたっけ。だから、ヤチャと仙人では倒せないんでしたよね」
「そうなんじゃよ。早く行くのんよ!」
言われてみれば、最初の村で師匠と戦ってたのがワルダーだったか。俺たちが逃げ延びるまでの時間を稼いでくれた末、師匠自身も退却してくれた可能性はあるにしろ、師匠がワルダーを倒してくれたとは考えにくい。これは心を決めて挑まないと……。
「……勇者。私は」
「……あ」
そうだ。マントの人に敵の城まで来てもらうの危険だし、ここは俺たちだけで解決しないと。一面の白世界な部屋から出口を探しつつも、俺はマントの人に判断を任せる。
「俺、ちょっとワルダー倒してきますから、ここで待っててもらっても」
「……私は、戦闘員ではないが」
「……?」
「できることはあるはず。勇者とは別の仕事をしよう」
「……解りました。お願いします」
もともと、彼女は諜報員としての活動が主だった人だし、率先してバトルに参加していく人種とは逆のタイプだ。お互い、できることをしよう。
「あたちは残るんよ」
「いいですよ」
「……」
「……」
「なんで、来てくれないと困るって言わないんじゃ!言え!」
「じゃあ、頼みます……」
わがままなタイプの人とは少し距離をとればつきあいやすい……と先生に教わったが、それなりに有効らしい。むしろ、マントの人のようにツンでもデレでもヤンでもドラでもない人の方が、どう接するのが正解か悩ましい。しいていえばクールキャラっぽいけど、つぶさなところで言動が温かいから判別がつかない。
「それでは、先に行きます」
「ああ」
ここでマントの人とは一時的にお別れし、俺は精霊様に押されて部屋から出た。太陽は山の頂にあって、あと幾らか経てば夜がやってくる。普通なら夜に出歩くのは避けたいものだが、敵の城に攻め込むなら昼に突入するより、闇夜にまぎれて侵入する方が俺には合ってる。
「精霊様、あの城まで行こうとすれば、どのくらい時間がかかるんでしょうか」
「あたちの魔法を使えば、夜くらいには着くのじゃ!」
「さすが精霊様!お力を拝見したく存じます」
「よろちい!」
精霊様が俺の背中に飛び乗ってきた。その瞬間、五臓六腑が抜け落ちたように体が軽くなり、まるで薄い重力の中を歩くように軽快になったのがプラス30ポイント、背中の精霊様が推定20キロほどあると見られマイナス20ポイント、これは精霊様が楽をしたいだけなんじゃないかという疑念マイナス10ポイント、結局のところ歩く距離は変わらないという事実でマイナス10ポイントにつき、俺の心は救われなかった。
それからというもの、塔から見渡した時には近く感じられた城は一向に姿を表さず、さみしい口をまぎらわそうと精霊様に話しかけてみるものの、返ってくる言葉は『お腹すいたなあ』ばかり。そろそろ歩きながら眠くなってきた次第、月明かりの中に火の揺らめきが見えた。
「階段がある。到着かな」
「ちょっと止まるんよ」
「なんですか?」
神妙な声で止まれというから、ずりおちてきた精霊様を背負い直しつつ、その場で暫し立ち止まる。
「……お前の力を見せてもらうから、あたちはなるべく力を貸さないんよ」
「精霊様、楽をしたいだけですよね……」
「でも、重大な局面を前にしての、精霊の試練っぽかったじゃろうんよ」
「まあ、ありますよね。そういうワンクッション」
他の世界の精霊ならボスの弱点くらいは教えてくれそうだが、教えてもらっても俺じゃヒントを生かせないから多くは望まない。森の中から炎の灯りをのぞくと、30人は横並びで歩けそうな広い階段があり、その途中途中に兵士らしき服装の化け物が倒れている。
「みんな倒れてる……百人はいるかな」
「勇者、上じゃ!」
「……ええ?」
バキュンバキュンと空で何かが衝突しあっており、何と何が何しているのかと目をこらしてみると、ぶつかり合っているものたちは親切にも金色のオーラで輝き始めた。その中の一つはヤチャ、もう一つは仙人なのだが……あの人たち、羽もないのに空が飛べるレベルなのか。
「我はワルダー様の右腕、絶対無敵の甲鉄城壁、超重装アガン!下の者たちをよくもやってくれたな!絶対ゆるさん!」
「我、ワルダー様の左腕、完全切断の四剣流、斬虐鬼ウガン!部下たちのため、ワルダー様のため、貴様らを八つ裂きにする!観念せよ!」
「ふふふふふ……俺様だぁ」
「ファヒャファヒャホ!フヒャヒャハハ!」
会話になってねぇし、仙人は未だに言葉になってねぇ。それはともかく、2人が戦っているのはワルダーの部下と思われる。ヤチャと超重装アガンは互角に見えるが、アガンが着ているキンキラキンのヨロイを傷つけるのは至難の業だろう。一方、仙人はウガンの四本腕から繰り出される剣撃に防戦一方の様子。
「仙人は攻撃魔法とか使えないのかな……」
「……そっか!仙人は入れ歯がないせいで、呪文の詠唱ができないから戦えないのじゃ!これは厳しい戦いになるんよ」
「なんで、ここに来てしまったんですか……」
「その生涯を塔の守護に費やした仙人が、生きがいを失ったことで捨て身の特攻に出た結果なんよ」
「とめてあげなさいよ……うおっ!」
仙人の悲しき宿命に涙を流す間もなく、ウガンの一撃にノックアウトされた仙人が地面へと落ちてきた。とどめとばかりにウガンが空から降ってくる。まずい!このまま見殺しにはできない!
「……よ……よーし!お前たちが足止めをくらっている内に、ワルダーを倒しに行っちゃおっと!」
「むっ!貴様、こやつらの仲間か!待ちくされ!」
わざとらしいセリフを大声で発しつつ、すでに俺は逃走を始めている。森へ逃げると敵が追いかけてこないかもしれないから、倒れている兵士たちを飛び越え城の門を目指した。重そうな鉄の門が開けっぴろげになっていて、その中へと駆け込んだ数秒後、その扉は俺の背後でバラバラに斬り落とされた。
「仕留め損ねたか!次は八つ裂きにしてくれる!」
アガンの方はヤチャに任せられそうだし、こっちの相手に専念していこう。とはいえ、今は勝てる材料が全くない。今は逃げるに限る!
「すばしっこいやつめ!一人でワルダー様に勝てると踏んだか!」
ロビーの階段を3段飛ばしで駆け上がり、ひとまず二階へ上がる。それより上の階は塔が刺さっていて崩壊しかけている上、ボスであるワルダーがいそうな気がして今は行きたくない。
『1.右へ 2.左へ』
道が分かれている場所へ来ると、どちらへ向かうか選択肢が出た。外から見た時、城の右上の方の空でヤチャが戦っていたし、ここは左に向かってヤチャたちとは距離をとった方がいいだろうか。
「えっと……左だ!」
後ろから身長2mはありそうな四本腕アーマー男が足も動かさずに飛んでくるのだから、選択が決まったら脚を止めている時間はない。恐らく、精霊様の魔法がなかったら逃げ惑う余裕すらなく殺されているのだろうが、補助スキルがあったところで元の俺のステータスが凡人だから、追いつかれそうになっていくのは仕方ない。
なにか打開策はないだろうか。天井にはドクロをあしらったシャンデリアがある。あれを落とせば……いや、それくらいじゃダメージは与えられないだろう。かといって、幸か不幸か、城の内部には罠らしきものも特になく、走りやすいが利用しがいもない。そんな考えを巡らせている俺の思考に、ヤチャとアガンのセリフが飛び込んでくる。
「人間風情が、このアガン、ならびにワルダー様へ立てつくなど愚の骨頂!」
「全てを破壊する……それだけだあ!」
「死ね!」
「ふふふふふ……」
「上の戦いは、盛り上がっておるようなんよ……」
どんだけ大きい声で掛け合いしてるんだ。いや、こちらの上空に2人が移動してきたとも取れる。と……今度は廊下の先に3つのドアがある。
『1.左 2.中央 3.右』
全くのノーヒントだし、運にかけるしかない。精霊様を小脇に抱え直し、中央の扉を開ける。室内は間接照明のきいた会議室のような場所で、敵の城ながら割とオシャレである。それに見とれていると、またしてもヤチャとアガンの会話。
「無駄無駄ァ!我のヨロイには傷の一つもつけることは無理無駄だ!」
「関係……ない!」
「なんだと?」
「秘技!大・惑星落としいいいぃぃぃ!ふははははぁ!」
「おあああああぁぁあぁ!」
閉めたトビラを貫いてウガンの持つ四本の剣が飛び出してきて、それに死ぬほどビックリしたのも束の間、今度は部屋の左側にある壁を破裂させながら、何か大きなものが城を両断した。どうやら、この上の辺りに乗っていたパワーアップの塔が、何かの衝撃で落っこちてきたようだ。さっきの会話からするに、ヤチャがアガンに何かしたと予想される。
「もう、逃げ場はないのだ。貴様、命の終わりだ」
「くっ……」
とにかく、部屋の奥へと走る。すぐにウガンは部屋の壁を切り崩し、俺のいる部屋へと入ってきた。部屋に小さな窓はあるが、ハメこまれていて開きそうにない。崩れた壁の向こうには広い調理場のような部屋があるにはあるけど、さっき落ちてきた塔のせいで大きな亀裂が生じており、俺には跳びこせない。
こうなったら、ここからは勇者の能力で立ち向かうしかない。剣と剣をこすり合わせているウガンと、長いテーブルをはさんで対峙した。
「木端微塵となれ!ジェットスクリューミキサー!」
体ごと剣をドリルのように回転させ、ウガンがテーブルを木屑に変えながら少しずつ近づいてくる。その時、俺の目の前にメッセージウィンドウが表示された。きた!勝ち目は垣間にも見えないが、やるしかない。どんな選択でも、どんとこい!
『 1.あきらめる 』
……え。
『 1.あきらめる 』
……詰んだ。
第12話に続く