第52話の4『白い布』
「まー、そんな俺っちだが、勇者だぜ?泥船に乗ったつもりでついてきな!」
泥船のくだりが大船の言い間違いなのか本音なのか確信を得ないが、俺だって暗闇の中を一人で歩くのは心からイヤである。前を歩いているニセ勇者は謎の歌を歌い出し、そのリズムに乗せて俺に指示を出してくる。
「ヘイッ!ヘイッ!俺は勇者だ容赦は感謝!世界を愉快に魔王は摩耗!ほら!リズムに合わせて灯りをポウッ!」
「えっと……へーい!へーい!」
大体、2秒に一回のぺースで俺は赤のオーブを叩き、この頻度で辺りを照らせば流石にニセ勇者ともはぐれはしないようだ。これだけ騒いでも危険な獣は一向に出てこないし、この森には敵はいないのかもしれない。まあ、何か出てきたら勇者様の必殺技に期待したい……。
「勇気という火はハートでヒート。元気の電気で闇にハニカミ……おほぉぉぉ!」
「……あれぇ?どうしましたぁ?」
ニセ勇者はテンションが上がって叫んでしまった……わけではないらしい。叫び声と共に目の前から消えたニセ勇者の姿を探してみると、彼は俺の前にうずくまる格好で発見された。どうしたというのか。
「どうしました?」
「やばい……俺っち、首をくわれてる!化け物に!」
などと言うので見てみると、確かにニセ勇者の肩には何かが乗っていて、それはリスみたいな、モモンガみたいな小さな生き物であった。見た目はマスコット的で可愛らしいが、もしかすると危険な生き物……いや、どんぐりを食ってるから肉食ではないと見える。しかし、それにニセ勇者は気づいていない。
「やばひぃぃぃ!やばひぃぃぃ!俺っちの背骨が!今、かじられている!」
「全然、危なくないみたいですけど……」
再びオーブを叩き、灯りをまたたかせて様子をうかがう。すると、そのリスはニセ勇者の頭の上に移動していて、やはりつぶらな瞳でドングリをかじっている!もはや、ニセ勇者も気が気ではない。
「あんたぁ!化け物が今、あちしの頭の中に入り込んでいるわ!脳を食っているのよ!カリカリカリカリ……いやぁぁぁぁ!」
「こら。よさないか。人を怖がらせるのは」
ニセ勇者が発狂しているので、俺はリスみたいなものの首根っこをつかんで、近くに生えている木の根元へと置いた。なぜに女の人みたいな口調になっていたニセ勇者は呼吸を整えながらうわ言をつぶやいていて、その最後のセリフがコレである。
「あちし勇者じゃないでやあああぁぁ!」
「ええ?勇者じゃないんですか?」
「……いや、今のは……嘘だぜ!」
なんだ。嘘か。よかった。ニセ勇者が正気を取り戻したところで、俺たちは森の中を行進し始めた。さすがにラップを歌う気力はなくなったらしく、ニセ勇者の歌はバラードに変わった。
「愛しているわ~。あなたがくれた~……うふふふうぅぅん」
「……」
「とろけるほどの果実より~。あなたがくれた~……うふふうぅぅん」
「……」
「太陽に最も近い、あなたがくれた……うふふうぅぅん」
あなたがくれた……なんなんだよ。その先を言ってくれ。
「おっ……おぎゃああぁぁぁ!」
またしても前方よりニセ勇者の悲鳴が聞こえ、またしても俺は彼の行方を探す。したら、今度は謎の草っぽい触手にニセ勇者が吊り上げられており、ぶら下がっている勇者の下半身はふんどし丸出しであった。すぐに俺はペンダントを確認したが、光っていないからパンチラの能力は発動していない。男には反応しないと見て安心した!
「はなして!はなして!あちしは勇者よ!」
「だいじょうぶですかー!」
「大丈夫じゃない!首が……首が……」
「首が……締まってるんですか!?」
「首が……かゆい!あぁー!」
「解りました!今、助けますねー!」
ただちに命に別状はないと見て、俺は下からツタを引っ張ってみたりしている。それはもう、何事もなくニセ勇者は助かった。
「……助かったわ。あだた、なかなかやるわね」
「どういたしまして……」
「でも、あちしは限界……ここまでだわよ」
もはや素の性格を隠すつもりもないほど、ニセ勇者は疲弊している様子。かくいう俺も暗闇を歩き続けていることに加え、オーブを叩き続けている事、男のふんどしをもろに目にしてしまったことによる精神的ダメージは大きい。もう一つ何かくらったら、その場で力尽きるかも解らない。
「そう言わずに、もう少し頑張ってみましょうよ」
「無理無理……絶対に無理」
「じゃあ、置いていきますよ?」
「わかったわ。行きましょう」
もはや、俺一人で進んだ方が効率的とも考えられるが、本物の勇者として遭難者を見逃すわけにもいかない。そんで歩き出して間もなく、前方から聞き慣れんばかりの悲鳴がした。
「あばあぁぁぁ!」
「今度はなんですか……」
ポンッ……とオーブを叩いて辺りを照らす。ニセ勇者がいない。どこへ行ったのだろうか。もう一回、オーブを叩いて上を見る。またしてもツタにからまれたのだろうか。すると、俺の顔に何か、白い布が落ちてきた。
「これ……は」
ふんどしが落ちてきた……ということは、上には……それ以上のことは考えるに及ばず、俺はふんどしに視界をふさがれたまま気絶した……。
「おいっ!お兄ちゃん!起きて!」
なんだ。もう朝か。いつものように妹が起こしにきたらしい。やれやれ。妹の騒がしい声で起こされ、一杯の苦いコーヒーを飲んでから学校へと行く。それが俺の一日の始まりだ……などと考えたところで、俺には『妹のいる設定』などない事を思い出す。目を開ける。倒れている俺をルルルが覗き込んでいる。
「……この人、何かと気絶するから困るん」
「ここは?」
そう聞いてはみたが見回した限り、そこが森の出口であることは明白であった。森を歩く途中でフンドシ攻撃を受けて意識が遠のいたのは憶えているが、その後に誰かが救出してくれたのだろうか?なお、ニセ勇者も俺の隣で顔面蒼白のまま眠っている。そうだ!ゼロさんとヤチャを助けに行かないと!
「ゼロさんとヤチャは?」
「いや、あんたが最後だよ?うん。最後だね」
俺の後ろには知らない老人がいて、俺がチームの中で最後の脱出者だと教えてくれた。確かに……ゼロさんもヤチャも仙人とルルルの後ろにいる。そのまま、老人が森のネタばらしを始める。
「あっしは森の番をしちょるモーリー。この森には不思議な魔法がかかっちょって、抜けられるとおもっちょる内は抜けられん。心が折れると森の出入り口に連れ出されるんだ」
「ムキムキは飛んで上から出てきたんよ。そのあと、ゼロさんが出てきて、それから半日してお兄ちゃんと知らない人が仲良く出てきたんじゃよ」
「そう……なんだ」
ルルルが言うところによると、俺は半日以上も森をさまよっていたらしい。となると、ルッカさんが『二度と出られない』とか言っていたのも、何も知らない方が早く出られるからだったのかもしれない。そうやって俺が情報を整理している内、ニセ勇者も俺に遅れて目を覚ました。
「んん~?ここはぁ?あちしは?」
「あっ。起きた。お前は誰なんよ?」
「あちし?あちしは……えっと、なんだっけ……そう!あちし、勇者を倒した本物の勇者よ!」
そんなルルルとニセ勇者の会話のあと、当たり前のように皆の視線が俺へと向き、なんとなく俺は森へと顔をそむけた。
第53話へ続く