第52話の3『勇者の素性』
漆黒に閉ざされた森で仲間とはぐれた俺は、なんと勇者と名乗る青年と偶然にも出会ったのだ……などと言ってみると希望のある展開なのだが、物語上では当の俺が勇者なのが難点である。
「驚いているみたいだな!俺っちが勇者と聞いて、ビビってんのお?」
「え……いえ、まあ」
その声は俺に話しかけている風なのだが、それに反して相手の声は遠のいていく。赤のオーブを叩いて一瞬だけ暗闇を照らすと、勇者らしき人物は木におでこをつけたまま歩こうとしていた。俺がいる方向を知ると、すぐに相手の声は俺の方へと近づいてくる。
「それ、いい火打石だなぁ!ほしいぜ!俺っち、勇者だぜ?」
「一個しかないので困りますねぇ」
「んじゃあ、代わりと言ってはなんだが、勇者の証・奇跡のペンダントを見せてやるぜぇ?ぜひとも、見たいだろお?」
奇跡のペンダントなんて聞いた事もないが、それゆえに何を見せてくれるのか予想不可能で興味はある。でも、赤のオーブを渡すわけにはいかないし、俺はお断りの心を変えない。
「見たいだろお?なあ、見たいだろお?」
「……」
「んじゃあじゃあ。俺の持ってる赤いクリスタルも見せてやるぜぇ?こいつぁ、魔王四天王を倒して手に入れた。いわば、勇者活躍の印さぁ!」
ペンダントでは興味をひけないとみて、アプローチを変えてきた!焦っている声の調子からして、あちらも暗闇の中で独りになるのが辛いと思われる。当然、それは俺も同じだ。嘘こそついてはいるが危害を加えてくる様子はないし、ここを脱出するまで協力できれば幸いと考えを改めた。
「じゃ……じゃあ、見せてもらえますか?クリスタルとペンダント」
「おっ!そうだろお?ほれほれ、見てくれよお?」
パッと赤のオーブで手元を照らした一瞬、相手の持っている二つのものがチラッと見えた。一つは地方のお土産屋さんに置いてありそうな謎のシルバーペンダントだったのだが、もう一個は剥いたミカンの一切れだった気がする……。
「見た?見た?今、見たな!約束通り、それを貸せよお……おおおおぉぉおおぉぉ……」
約束だからと赤のオーブを俺から受け取ると、それと同時に相手は脱力の声をあげた。そして、すぐにオーブは俺の手に戻って来た。
「呪いのアイテムじゃあないか……勇者は呪いに弱いのだ」
「それは知らなかった……」
おそらく、素手で一般人がオーブに触ったから、なんらかの悪い効果が出たのだろう。もしそうならば、俺も一般人ながら勇者として加護は得ていたりするのかもしれない。
「その火打石は俺っちには使えん……任せる」
「はい……」
「食べ物、持ってるかあ?俺っち、勇者だぜ?」
勇者の連呼と要求の多さから彼の正体は予想できてきたが、その事実をつきつけると暗闇にまぎれて殺されるのではないかと気が気でない。ここは穏便に済ませよう。俺は焼き菓子をなんとか相手に渡し、それを食べている間に話を聞いてみることにした。
「それで……勇者様は、どうしてこんな場所に?」
「……俺っち、魔王四天王を探して旅をしてんだ。聞いてくれよお?セントリアルの街での大歓迎を!俺っちが勇者だって言ったら、ご馳走をわんさかくれたぜ!王様直々に援助金もくれた!ははっ!」
「そう……でしたか」
それで味をしめて、勇者などと名乗っているわけだな。だが、逆をいえば俺が次の街で勇者などと名乗ってしまった場合、自動的にニセモノの烙印を押される訳だ。これは気をつけないといけない。
「勇者様は強いのですか?」
「俺っち、赤のオーブを持つ四天王の城を真っ二つにした!」
なってたなあ……俺の力で割った訳じゃないけど。
「ご出身は?」
「オトナリの村ってあるんだぜ?ド田舎の村さ!そこ!」
ペンダントの名前といい、微妙に間違ってはいるが俺について調べてはいるみたいだ。この性格も外聞外聞から知った俺の真似なのかもしれないが、それにしても似ていない……。
「必殺技は?」
「エクスプロージョンパンチ!」
「好きなものは?」
「滝にうたれること!」
「……では、勇者様のお仲間は?」
「……くうっ。それは……あの……聞いたら泣くことになるぜ?あんた」
「はい……」
仲間の話となるや、あまり情報の収集をしていなかったと見られ、微妙にもったいぶった態度を見せ始めた。もうちょっと突っ込んでみる。
「もしかして、仲間いないんすか?」
「ゆ……勇者だぜ?仲間はいるにきき……決まってるだるお?」
「どこにいるんですか?」
「……」
「……?」
「……俺っちには八千人の仲間がいるが」
「……」
「森に入って全員はぐれた」
それは無理があるだろ……。
第52話の4へ続く