第52話の2『彷徨い歩き』
「ほら、森へお帰り」
キラーうさぎを森の暗闇へと返し、改めて天の恵みの光を見上げよう。そこで一つ解った事は、仲間の2人とはぐれてしまったという事実である。さて、どうしたものか。途方に暮れたついで、左手に持っている長イモを天の光へとかざしてみたが、なんの導きも降り注ぎはしない。
試しに大声で誰かの名前を呼んでみようか。いや、この謎多き森に危険な生き物が生息していないとも言い切れない。そうだっ。運命のペンダントの光で辺りを照らせないだろうか。
「……」
いや、マップ探索を使う為には目を閉じなければならないし、さすがに女の子がいない場所で下着が見えるのを願うのも無理である。なお、ジ・ブーン編を読み飛ばした読者か視聴者かプレイヤーさんの為に説明すると、海の中での戦いにおいて俺は周辺のマップを確認する能力を覚醒させた。ただし、使うと相応に疲れるので多用はできない。あと、この森に道らしき道はないようであり、目をつむっても何も地図は表示されない。
まいった……このままでは暗闇の中で仲間を見つけることも難しい。いや、こういう時こそ落ち着け、俺。ポケットに手を入れ、レジスタを出る際にルルルがねだって買ってもらったお菓子を取り出す。それは小麦と砂糖を焼いて棒状に固めたものだが、それを噛むか舐めるかしていたら気持ちがリラックスした。やはり、糖分は正義である。
運命のペンダントとお菓子の他、俺が持っているものといえば……赤のオーブと青のオーブくらいか。オーブには魔力が秘められていると聞くけれど、もしや俺にも使えたりしないだろうか。試しに青のオーブを平手で叩いてみる。したら、勢いよくオーブから水が弾け、俺は顔を洗った後のようにビッシャビシャになった
青は水属性。順当である。じゃあ、赤は炎が妥当ではないだろうか。赤のオーブを撫でてみる。すると、叩いた一瞬だけライターのように小さな火がついた。これは良いと何度もオーブを叩きながら歩き始めたのだが、なんだか一発ごとに気がめいってくる。こいつは魔王のアイテムだから、あんまり勇者の俺とは合わないのかもしれない。
時にオーブを叩いて目を暗闇から覚ましつつ、なんとかかんとか真っ直ぐに歩みを進めていく。そうしている内、森へ入る前に聞いたルッカさんのセリフを思い出した。
『あちらは、彷徨いの森と呼ばれております。なんでも、入った者は二度と出られないとか……しかし、私どもも応援しております』
そんな森が近くにあったら即時、通行禁止になりそうなものだけど……なぜ誰も俺たちが入るのを止めなかったのかと。しかも、その他のルッカさんのセリフが、これである。
『セントリアルと聞きますと、空を覆う形で作られた闘技場イキョーが見所でございます。私も一度、拝見いたしました』
『一帯は高い山に囲まれており、海には超える事の出来ない無の領域がございます。迂回するのは難しいでしょう』
海を使って迂回できないのに、どうやってルッカさんは森を抜けて、セントリアルの街まで行ったのか。そして、これが王子様の言い分である。
『海辺で大きく口笛を吹いてくれれば、僕たちも急いで駆けつけよう。王子権限で、クジラ丸を出動させるぞ』
海を通れないのに、いかにしてクジラ丸さんに乗って駆けつけるのだろうか。こうして暗闇の中で冷静に考えると、あちこち矛盾だらけなのだが……設定の作り間違いでないことを願うばかりである。
そろそろ、辺りを確認しておこう。そう思い、俺は赤のオーブをポンと叩いた。
「……」
あれ……今、またたくような灯りの中、何かが一瞬だけ見えた気がする。もう一度、叩いてみる。すると、鼻が当たるくらいの距離に知らない男の人がいた!
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁ!」
「うおぎゃあああああああああぁぁぁぁぁ!」
俺の悲鳴に負けず劣らずの雄々しい悲鳴が響き返され、俺は謎の人物の素性を声で探り始めた。ひとまず、俺は経歴を詐称しておくと決める。
「俺、アラビアで石油業を営んでおりますアブラダ・カタブラーダと申します!なお、人も殺したことのない安全な男!そちらは!?」
「安全……ッ!俺っちは……聞いて驚けぃ!俺っちはなぁ……」
無駄に一拍おいて、謎の人物は自分の正体を口にした。
「俺っちは……世界を救う勇者さ!」
……ん?
第52話の3へ続く