第52話の1『迷い込み』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公なのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。魔王四天王より赤のオーブ、青のオーブを運良くかすめ取り、残りは後2つ。とはいえ手掛かりの一つもない為、ひとまず近くの街へと向かうことになったのだが……。
「近くで見ると、これはまた……」
今、俺たちは彷徨いの森と呼ばれる場所の入り口にいるのだけど、それは森とは名ばかりの『闇』であった。木の幹や枝葉に似たものは見受けられるが、それすらも漆黒のダークブラックに染まっており、一寸先とは言わないまでも3メートルくらい先までしか見えない。
「じゃあ、あたちは上を飛んでいくから……」
「俺も、そうしようかな」
「さすがに持ち上げて森を飛び越えるのは無理なんよね」
ルルルが森を飛び越えていくと言い出した為、便乗しようとしたが却下された。その後、仙人とルルルは本当に森の上を飛んで行ってしまい、俺とゼロさんとヤチャが森の入り口に残された。なお、仙人とヤチャは飛行する際に体から高温が発せられるので、乗せてもらうことができない……。
「ヤチャも飛んで行ってもいいんだぞ」
「俺はテルヤと一緒に行くぞおおおぉぉぉぉぉ!」
ありがたい言葉だが……途中ではぐれてもなんにも頼りになってあげられないのが難点である。ゼロさんは以前よりパラグライダーによる飛行ができると言っていたから、高い山に登れば森を飛び越すことはできそうだが、あえて何も言わないという事は俺と来てくれるのだろうと思う。
「よーし!手を繋いでいきますよー!」
決してゼロさんの手を握りたかったわけではなく、慎重に慎重を重ねた結果である……俺は右手でゼロさんの手をとり、左手でヤチャのデカい親指をつかんで、3人で横並びの状態で森へと踏み入った。
森の中は入り口よりも更に暗闇が深く、すぐに俺たちの周りは闇に閉ざされてしまった。すでにゼロさんとヤチャの顔すら見えない状態だ。でも、とにかく前に進む他ないのだ。前に進んでいるのかすら解らないが、やみくもに進み続ける。
「ヤチャ、大丈夫か?」
「問題ないぞおおおぉぉッ……」
……あれ?勇ましい返答が聞こえたと同時、なぜか語尾が霞んで消えた。
「……えっ?ヤチャ、大丈夫かー?」
「……」
左手に何かを握っている感触はあるのだが、呼びかけに対してヤチャの反応がない。ちゃんとヤチャは隣にいるのか?念のため、ゼロさんの安否も確認する。
「ゼロさん……いますか?」
「私は大丈夫だ」
よかった。ゼロさんは無事らしい。そう安心したついで、俺は自然と左のソデで目元をこすってしまった。目元まで左腕が軽く持ち上がるとなると、もうこれ!絶対に掴んでいる物はヤチャじゃない!
「あああ……あれ?ヤチャ?いい……いないなら返事してくれよ」
やはり、声は返ってこない。じゃあ、俺が左手に握っている物はなんだというのか。なんか怖くなってきた……。
「ヤチャー?どこいったー?」
暗闇が深すぎて、どこを向いて叫んでいるのかも俺は解らない。すると、遥か向こうに一筋だけ光が下り、陽だまりを作っている場所が見えた。しめた!あそこで様子を確認しよう!
「あの光の中へ行きましょう!」
親指みたいな何かを持っている左手と、ゼロさんの手を引いている右手に力をこめ、俺は陽だまりの中へと駆け込んだ。そして、左手に持っているものを見つめる。
「ヤチャ……」
やはり、そこにヤチャはいなかった……そして。
「ヤチャ……じゃなくて、長芋じゃねーか!」
ヤチャの親指だと思って握りしめていたものは、なぜか長芋に似た何かにすり替わっていたのだ!すぐさま、俺は右手にある柔らかな触感を確かめつつ、ヤチャがいなくなったことをゼロさんに伝える。
「……ゼロさ……んん?」
ゼロさんの方を見た……が、そこにいたのは何か……長い牙の生えた二足歩行のウサギらしきものであった。それの耳をむぎゅむぎゅと握りつつ、これなんだったかな……と思い返す。そうだ。この生き物は第一話で見たぞ。名前は……名前は……そう!
「……確か、キラーうさぎじゃねーか!」
なお、それ。見た目と名前に反して無害な生き物であることは不幸中の幸いであった……。
第52話の2へ続く