第51話の2『尋問』
「海が……好きだった……」
体が大きい分、ジ・ブーンは呟きも大きく、低温だが何を言っているのかは明確に聞き取れた。一拍おいた後、続けて自分の気持ちを話し出す。
「いつも、山から見てた……海を占拠しているやつらを追い出して、自分だけのもの、したかった……」
そこまで言うとジ・ブーンは口を閉じてしまい、あとは目も閉じて黙り込んでしまった。あまりに怨念も復讐心もない理由が述べられたせいか、、王子様は何を言い返すでもなく俺の方を向く。
「……勇者。ルッカ。頼まれてくれるかい?」
「……えええ?」
面倒そうな気配を感じ取ったらしく、尋問は俺とルッカさんに丸投げされた。仕方なく、俺は王子様と交代して質問を取り出す。
「……あなたは、どこの誰なんですか?」
「……フジン山脈の守り神」
「フジン山脈?」
「カイガン村の近くにある山の一帯でございます。この付近では最も空に近い、そびえたつような大地として知られております」
「あの村ですか……確かに、山の幸も薄そうでしたね…… 」
俺がフジン山脈について疑問を持つと、隣にいるルッカさんは支えもなくサッと教えてくれた。カイガン……というと、俺たちがレジスタから降りた場所にあった村だ。そういえば、あの村は山の幸に関しても海の幸に関しても、あまり豊富ではない様子であった。
「あの、恐縮ですが、守り神なのに海に来たらダメじゃないんですか……?」
「……」
山の守り神が海へ降りたせいで自然が衰え、更に海では海産物にもダメージを与えていたのだ。そりゃあ、カイガンの村の人々も不作の板挟みで、不審な俺たちに頼みごとをするほど気がまいっていた訳である。なお、俺の言葉に図星を突かれたからか、ジ・ブーンさんも無言になってしまう。
「勇者様。横から失礼いたします。ジ・ブーンさん。率直に申し上げますと、私どもは海を占拠しているわけではございません」
「……」
「あなたも、私も、村の住人も、居場所は違えど、海の一部でございます。山のものは海にかえり、海のものも土にかえります。あなたは、その一部であることをやめてしまった。それは、最も海にとって優しくはございません」
「……わからない」
ルッカさんの言い分は俺には伝わったけど、ジ・ブーンさんには納得いただけなかったようである。このままジ・ブーンさんを海に浮かべておくと山が衰弱するだろうし、なんとかして戻ってもらわないといけない。すると、もっと簡単な言葉が必要だ。俺は伝えたいことを短くまとめて、なるべく臆することなく口から出した。
「つきなみですが……まあ、好きなものを奪い取っちゃダメですよ。守ってあげないと」
「……」
お前は守られている側だろうと言われたら返す言葉もないのだが、俺だって努力はしているのだ。だが案の定、ルルルを見たら微妙に困惑気味な顔をしており、なんだか俺も自分のくさいセリフに苦笑いが出た。
しばし、俺のセリフを聞いて沈黙していたジ・ブーンさんだったが、強く目をつむった末に考えを口にした。
「……海、自分のものにしたかった。海の姫の魔法で水、大丈夫にしたかった。自分の体だけ、いっぱい海に泳がせたかった」
「それはまた、思い切りましたね……」
海が好きとはいえ、海いっぱいに自分のパーツを泳がせる発想はなかったな……そこは奇抜の極みである。
「……海、守る。山に帰る。謝る。許して欲しい」
「ああ。僕たちも、あなたが必要だ。このことは水に流そう!」
あ、結論の兆しを見て、王子様が話を突っ込んできた。じゃあ、あとは俺も後ろで見ていようと思う……。
「王子様……しかし、この者の暴挙は」
「ルッカ!国のみんなは無事と聞いた。ならば、全てやりなおそう!僕たち、みんなで、美しい海を取り戻すぞ!」
「……はあ、さようでございますか。ならば、私には言い分はございません」
「……魚の人……勇者たち……ありがとう」
最後は王子様の考え一つで締まり、ジ・ブーンさんは涙を流しながら感謝を告げると、光の粒子を宙に浮かべながらスーッと姿を消していったのだ。必然的に俺たちは居場所を失い、海へと落ちてしまう。俺たち水の一派ではない人々は、気絶したまま水に浮いているヤチャをビート板の代わりにしつつ、ジ・ブーンさんが山へと帰るのを見送ったのだ……。
第51話の3へ続く