第10話『解説(実は、こういうことでして…)』
《 前回までのおはなし 》
俺の名前は時命照也。恋愛アドベンチャーゲームの主人公になるはずだったのだが、気づけばバトル漫画風の世界に飛ばされていた。修行仲間だったらしいヤチャと共に旅立ち、途中でマントの人と知り合ったりしつつも、魔王を倒すための冒険を続けている。そして、今はパワーアップの塔のという場所で、入れ歯をなくした仙人らしき人を発見したところ。ついでにいえば、仙人らしき人が精霊らしき少女を召還した。
「魔王四天王の一人、ワルダーの城に塔が突き刺さってるんですが……それは」
「攻め込むならば今のうちだと思うんよ」
「……かわいそうだから、もうちょっと待ってあげましょうよ」
パワーアップの塔に押しつぶされた城は真ん中から一刀両断されており、その亀裂が広がっての瓦解、何かに引火して炎上しつつの二次災害、加えて随所での爆発が目に見える。このまま待っていれば勝手に壊滅するのではないかと期待しつつも、今は遠くから見ているだけを決め込もうと思う。
「ルールルルルールールーさん。お聞きしたいことが山ほど……それはもう、山ほどありまして、ご存知の事、その限りをご教示いただきたい次第」
「気さくにルールルルでよいんよ。それでは、おじいのところに戻って歓談するんよ」
自衛消防に手をやいている敵の城については忘れておくとして、一旦は塔の中へと戻るとする。相変わらずの真っ白な空間へ飛び降りると、ヤチャとマントの人は依然として何を言っているか解らない仙人を前として、腕組をしたまま言葉を失っている。仙人の声が途絶えたところを割って、マントの人が俺に外の様子を尋ねている。
「外の様子はどうだった」
「う~ん。いい感じかな……」
「ワルダー一味としてはヤな感じじゃ」
マントの人の質問が淡泊だった為、事細かに状況を説明しようとも思ったが、俺たちに慌てた様子がないという事実だけで都合は伝わったらしい。俺が床に腰を据えると、他のメンバーも円陣を組む形で座り込む。床暖房的な温かさが尻に伝わってきて、なんだかリラックスしてしまう。
「では、ルールルルルールールーさん。まず、この塔についてなのですが」
「うむ。この塔は名と体を一概とする建築物なんよ。登ると効率的に筋力アップを図れるが、それしか、あたちは知らん」
「なるほど。それでヤチャが俺様キャラに変貌を遂げたのか……」
これだけ短期間で肉体改造ができるパワーアッププログラムとなれば、敵の軍に利用される懸念もつきまとう。それを防衛するのが仙人の役目で、いざという時に塔を自爆するための仕掛けが灯篭、そう考えれば話としては妥当かな。
いや、ここまで舞台が整っているとすると、主人公たちが塔を登っている途中で敵が現れて、ひともんちゃくある予定だったのではないかとも深読みできるが……今となっては誰にも解らない事である。
「それとなんですが、どうしてワルダーの城を攻略しないといけないんですか?魔王の居場所を探って、そこを攻めた方が早いのではないかと」
「うむ。魔王は隔離された世界より、この世界へと手下を放っているんよ。そこへ乗り込むためには、四天王が持つオーブを全て集めなくてはならないと聞くが、それしか解らんよ」
「ふふふふ……ワルダーは俺様に、任せろ」
「四天王であるオーブ使いは、勇者が繰り出した攻撃でしか倒せない寸法なんよ。筋肉ムキムキよ。そこは勇者に任せるんよ」
なんて不都合な設定が用意されているんだ。完全にヤチャを頼りにしていたのに、そうは問屋がおろさない。
「ところで、精霊様。何故、そんなことをご存知なのですか……」
「レジスタの街に真実の泉というものがあるんよ。その泉へ質問をすると、曖昧とした答えが泉に映る仕様なんじゃが、詳しいことは、そこのマントの人に聞くといいんよ」
「……?」
「……私の故郷だ。泉については信憑性がある」
「……精霊様とマントの方は、知り合いなんですか?」
「いやぁ。レジスタの街には隠密活動を得意とする組織があるようで、その一味は似たような恰好をしておるから、どこの国の者か予想は付くんよ」
「隠密部隊なのに、拠点が割れてるんですか?」
「うむ。それは、レジスタの街をみれば解るんよ。それに、工作員の姿すら滅多なもので、なかば街でも都市伝説と化しておる様子じゃ」
「ほほう」
思わぬところからマントの人の情報が知れたのは嬉しかったが、そういった生業の人ということは、顔を見るのも名前を知るのも苦労するだろうな……。
「こちらも勇者に疑問なのじゃが」
「え……なんですか。精霊様」
「あたち、初対面では子ども扱いされるきらいがあるのじゃが、お前は畏まった言葉をつかうんよ。少し変わっておるな」
「それに関しては、生い立ちに理由がありまして……」
今となっては忘れられている設定かもしれないが、俺は恋愛アドベンチャーゲームの主人公となるべくして育った人である。もちろん、小学生くらいの年齢の子は恋愛対象に入っていない上、俺には妹も存在しなかった為、小さな女の子への接し方を教わっていないのだ。ただただ、手を出してはいけない対象としかみなされたい訳で、こうして他人行儀な扱いになってしまう。それだけの所以である。
「もしや、精霊様は外見こそ幼くても、本当はご長寿だったりするパターン……」
「いや、普通に6歳じゃよ」
「そうでしたか。失礼いたしました」
いいんだ。俺にはマントの人がいるから。それに、『浮気ダメ。バッドエンドの、第一歩』って、前いた世界の標語にもあったし。
「……ヤチャ。何か聞いておきたいこととかないのか?」
「ふふふふふ……ない」
「え?本当に?」
「ふふふふふ……ない」
ないのか……身に起こった事としては一番、深刻……大きな変化があったと思うのだが。
「勇者!」
バトル漫画っぽい世界に飛ばされた以上、主人公たるもの周りの戦闘力についていかねばならないし、俺も塔を登るポーズぐらいはして、筋力アップを図るべきだったかしら。しかし、塔の根本で、登ってズリ落ち登ってズリ落ちしていても効果があったか未知数ものだが。
「勇者!こら!あたちを無視するのはひどいんよ!」
「……ええ?ああ、すみません。どうしました?」
「折角だから魔王を倒すにあたって、お前の覚悟というやつを聞きたいんよ!」
「覚悟?」
「……精霊が勇者に聞く、お決まりのやつだから、カッコいい理由を頼むんよ」
「う~ん……ちょっと考えますので、他の方と雑談を願います」
「うむ」
ああ。あるよなあ。『お前の覚悟を示せ』みたいな展開。定番なら、『俺は皆を守りたい』うんぬんとか、『自分の宿命から目を背けてはいけないんだ』しかじかとかかな。まさか俺が、そんなセリフを使うことになろうとは思わなかったし、急に話を振られても困っちゃう感はある。
というか、今さらなんだけど……なんで俺、この世界にいるんだろう。一度、物語の世界へ入ったら原則として、別の物語の世界には行けない訳だが、じゃあ俺が行くべきだった世界には、誰が向かったんだろうか。やっぱり、ここへ来る前に会った、あの主人公だろうか。
そうだ。折角だし、俺たちが元いた世界と、それぞれの物語がある世界、あと俺たち主人公の役割について説明しよう。この時空には幾多もの物語が絶えず作り出されており、それぞれに多くの人物やキャラクターが暮らしている。しかし、そのままの状態で放っておくと、その世界はお蔵入りになったり没になったりして、しまいには時間を停止してしまうんだ。
そこで、先生……神様とも呼ぶのだが、そちらの方々が俺たちのような主人公を養成し、それぞれの物語がある世界へと時を見て同調させ、物語が止まってしまわないようかきまわしていくこととなる。
まあ、時に主人公が不甲斐なさ過ぎて世界が混沌としたり、結果的に元から物語の中にいる人の方が目立ってしまって、主人公が気づかぬ間に交代していたりする場合もあるが、そこは奇奇怪怪である。
俺の元いた世界からは各世界の様子を映像で確認できるから、何人もの主人公が活躍する姿を俺は見つめてきた。ただ、複数の世界を行き来する物語こそあれど、同調する世界を間違えてしまった主人公は未だかつて見た事がない。いや、あるにはあったのかもしれないが、俺も生まれて数年の存在だから、全ての事例を知っているわけじゃない。
この世界へ同調してしまった以上、元いた世界とコンタクトをとる術はないし、同調できる人数は世界ごとに決まっていて、この世界に来られるのは一人だけ。ここへ来る前にオメガという男の子に会ったし、オメガが向かう世界と、俺の向かう世界が逆になってしまった可能性も考えられるが、そのような憶測を並べても、今となっては仕方がないことである。
今、先生たちは俺を見守ってくれているだろうか。不器用にだけど、なんとか10話までは物語が繋がっている。まだまだ敵は全貌が見えないけど、ヤチャやマントの人のような頼もしい仲間もいる。その点、俺は運に見放されてはいないと思う。
「勇者!そろそろ何か思いついたじゃろ」
「はい」
まだまだ自信はないけど、俺ができる限り、この世界で主人公として頑張ってみよう。そう考えたら、先生や、先代の主人公たちに教わった言葉が、自然と口から飛び出した。
「絶望はしない。この世界のために、俺は戦いますよ」
「よく言ったんよ!勇者を導いた精霊って言えば、ちょっと箔がつくから、あたちのためにも頑張ってほしいんよ!」
「えええ……そういる理由なんですか」
「オマシャ。オマシャ。オエ」
「なんじゃ仙人。何がいいたいんよ」
(こら!勇者たちだけに任せず、おぬしも手伝うのだじゃ!)
「じじい。ついに念力で直接、かたりかけてきたんよ……!」
「そんなこともできたんすか……」
どうやら念力を使うと至極、体力を消耗するらしい。仙人は汗だくながら、精霊様と口論を始めたりする。
(歴戦の精霊たちは人間に力を貸してきたというのに、おぬしときたら手柄ばかり気にしおってからに!けしからん!)
「イヤじゃ!面倒だから、戦ったりしたくないんよ!」
(かくなる上は、この呪いの首輪で服従させるしか……)
「うわー!小さい女の子に首輪は絵面的にヤバい!やめてやめて!」
見るも前途多難ですが、俺は頑張って主人公しています。次回あたり、ワルダーの城に乗り込みそうです。
第11話へ続く