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第1話『旅立ち(ここ、どこですか?)』

 この世には、あまたの物語が生まれ続けている。そして、物語には、ふさわしい主役が不可欠である。


 ここは、あらゆる物語に対応できる主人公の育成を担う世界である。特に明確な名前はないが、俺たちは通称として主人公学園と呼んでいる。未だ見ぬ新たなストーリーの始まりに向け、その主役となる者たちが、旅立ちの時に向け修学に励んでいるのである。


 俺、時命照也ときめいてるやも学園での修行を終え、今日をもって卒業を果たす。卒業生は光の門を通って別の世界へと転移し、その世界へと同調する形で途中参加する。すると、停滞していた物語が主人公の力で動き出すという訳なのだ。俺も自分が担当する世界への出発へ向け、今は控え室で待機しているところであった。


 「……ふっ!ふっ!」


 そんな俺の隣には身長2mはゆうに超える大男がいて……息継ぎをしながら腕立て伏せをしている。彼もまた俺とは別の世界へ旅立つ予定の主人公なのだろう。今日の今日まで面識がなかったために素性は知れないが、白い胴着や筋肉質の体を見る限り、戦いの場へ降り立つ人物であることは見て明らか。それに引き換え、俺は細い体を黒い学生服で包んでおり、見るからに戦闘向きではない。まあ、ここで会ったのも何かの縁と思い、せっかくなので彼に声をかけてみた。


 「君も、今日が旅立ちなんだね」

 「ああ」


 彼は素っ気ない返事をしつつも、表情は自信にあふれた笑みであった。ひとまず理不尽に殴られる心配はないと見て、軽く自己紹介から始める。


 「俺は時命照也。今日、恋愛アドベンチャーゲームの世界へ旅立つ予定だ」

 「恋愛アドベンチャーゲーム?」


 そうか。彼にとっては馴染みのないジャンルなのか。まあ、簡単に説明すると……。


 「選択肢を選びながら、女の子との恋愛を成功させるのが目標かな」

 「俺の名はオメガだ。戦うことしかできない」


 なるほど、バトルマンガか何かの主人公というわけか。そんな殺伐とした世界に飛ばされたら、俺は最初の敵で死ぬんだろう……。


 「生き抜くために鍛え上げた体か。まあ……俺も一つ選択を間違えば、嫉妬深いヒロインの積出玲つんでれいさんにナイフで刺されかねないが」

 「ナイフだと?刺されたら抜けばいいだろ」


 彼も俺と同じく主人公学園にいたとはいえ、所属学科が違うから考え方も全て違う。確かに言われてみれば、バトルものの主人公がナイフや鉄砲で死ぬのも面白くないかもしれない。


 「……まあ、それもそうか」

 「恋愛など……俺には無縁。考えると頭痛がする」

 「お互い、得手不得手あるというわけだ」

 「……卒業生の時命照也、オメガ。世界の門が開き始めた。すみやかに移動するように」


 目の前のドアが開き、先生が俺たち二人を呼んでいる。


 「お互い、いい物語になるよう頑張ろう」

 「ああ」


 部屋を出る際に俺から手を差し出すと、オメガは俺の手の3倍もありそうな大きい手で握り返してくれた。『強く握られて手がイテテ……』なんて、お決まりのパターンを想像していたが、その握力は実に優しかった。同じ世界の登場人物として出会えていたら、仲間として意気投合できたかもしれない。そんなことは絶対にない事だとは知りつつも、ちょっとだけ惜しく思ってしまう。


 俺とオメガは控室前にて別れ、俺たちは別々の道へと先生の後について進んだ。俺を見送ってくれる先生とは今日が初対面だが、あちらも卒業生の見送りに緊張しているのか、廊下を進む中でで多くを語る様子はない。学園の校庭などが見渡せるガラス張りの廊下を抜け、そのまま神殿のような場所へと行き着いた。


 神殿チックな場所の足場は半透明な素材でできており、床下の骨組みまで透けて見える。その先には眩い光の輪が確認できるも、輪の中には輝きが詰まっていて、のぞいても先に何があるのか解らない。きっと、あれが世界の門なのだろう。その周りでは管理者たちが最終点検をしていて、門が正しい場所へ繋がっているのかなどを確認している。


 「エレメント反応、異常なし」

 「進行軌道、異常なし」

 「発光粒子の値、異常なし」


 正直、なにを言っているのか俺にはサッパリ解らないが……異常がないのなら安心だ。胸をなでおろしている俺に対し、先生が俺に役目を告げる。


 「時命照也。君は、これから恋愛ゲーム『愛羅部メモリーズ』の世界に同調する。物語が魅力的になるか、それは全て君次第だ。がんばってくれたまえ」

 「は……はい!」


 俺の返事を受け、先生は笑顔で道をあけてくれた。準備完了のコールが管理班から届き、俺は誰に何を言われるでもなく、周りの人々と目線をかわしてから光の輪へと踏み出す。白い光が体に溶け込み、次第に意識が薄れて行く。


 さあ、ここから始まるんだ。俺の物語が。一寸先も見えない世界へと、俺は脇目もふらずに駆け出した。


 「……テルヤ!」


 ……なんだろう。ドドドという騒音の中、誰かの声が聞こえてくる。幼馴染が起こしに来てくれたドキドキのパターンかな?などと思ってみた矢先、強烈な痛みが頭と肩に伝わってきた!


 「……うっ……いたたたた!な……なんだ!」


 痛みから逃れるように前へ転がり出ると、そのまま水の中へと落っこちた。幸い、俺は女の子が溺れても助けられるよう、水泳と人命救助について心得ている。水中で気持ちを落ち着かせると、なるべく水の落ちてこない場所を探して浮かび上がった。


 目の前には巨大な滝がある。どうやら、俺は滝に打たれていたらしい。恋愛ものにしてはハードなスタートだが……まあ、そういう世界観なのかもしれない。ひとまず、さっき聞こえてきた声の主を探し始める。泳ぎながら体の向きを回転させると、湖の岸に誰かいるのが見えた。


 「テルヤ!おーい!」


 先程と同じ声だ。あの人が呼び掛けの主か。しかし、その姿は可愛い幼馴染でも、優しそうな母親でもなく、3等身くらいしかない頭でっかちな少年であった。この世界へ来る前に思い描いていた風景とのギャップに違和感を覚えつつも、ひとまず彼に話を聞いてみようと俺は岸まで泳ぎだした。


 「ふう……えっと、君は?誰?」

 「何を言ってるんだ!ヤチャだろう!昔から一緒に修行してきた!」


 ヤチャ……えっと、登場人物の名前は全て把握しているつもりだったが、そんな人いたっけ。いや、確か……いつも女の子たちの情報をくれる悪友の説明文に『やんちゃ』とか、書いてあった気がする。あれが実は名前だったのかもしれない。いや、そうであってほしい。やぶからぼうだが、俺はヤチャとやらに質問を差し出してみた。


 「……それで、一番かわいい子は誰だと思う?」

 「どうした?寝ぼけてるのか?伝えたい事があるって、お師匠様が呼んでいたぞ!早く行こう!」


 ヤチャに手を引かれて湖から引き上げてもらう……その瞬間、木々の向こうから爆発音が聞こえ、驚いた俺は再び湖へと落っこちた。数秒後、巨大な白煙が木々の向こうに立ち昇って見える。


 「な……なんだろう。テルヤ、急ごう!」

 「え?ええっと……」


 急いで水から体を引き上げ、ビチャビチャのままヤチャと共に走り出す。あれ……これって、まさか……。


 「……大変だ!テルヤ!ヘイオンの村が燃えてるぞ!誰が、こんなことをッ……あっ!お師匠様!」

 「ヤチャ!テルヤ!来てはならん!危険じゃ!」


 もしかして、これ……いや、間違いない……ッ!


 「くくく……現れたな!勇者よ!俺は魔王ザイアーク様に仕えし、四天王の一人・ワルダー!」

 「やつの狙いは、お前たちじゃ!気をつけなさい!」


 こ……ここって、バトルマンガの世界だああああああああぁぁぁ!


 「ヤチャよ!ここは、ワシが食い止める!とにかく、これを持ってテルヤと共に逃げるのじゃ!」


 師匠と呼ばれた老人はペンダントのようなものを投げ、それをヤチャがパシッと受け取る。


 「これは……テルヤ!もしかして、これって……ッ!あれかな!?」


 俺に聞くな!なんだ、それは!


 「くく……老いぼれよ。お前に、このワルダーが止められるか?」

 「世界の命運は……そう。勇者に委ねられたのじゃ。わしの命に代えても、ここは通さん!おおおおおおお!」


 師匠は自分の両モミアゲを摘まむポーズで、ワルダーとかいう全身を鎧で隠している幹部クラスっぽいのと向き合っている。それを見て、いてもたってもという様子でヤチャが前へと走り出す!


 「お師匠様!ボクも戦います!」

 「ならん!ヤチャよ!テルヤと共に行け!そして、運命の力を……手に入れるのじゃ!」

 「うわっ!は……はなせ!何をするんだテルヤ!お師匠様を助けるんだ!」


 考えるよりも早く、俺はヤチャの背中をつかまえた。というか、逃がすものかと羽交い絞めにしていた!


 「お師匠様!お師匠様ああああ!」

 「ヤチャ……っていったっけ?師匠の思い、無駄にするな!逃げるぞ!」


 そう!そして、俺を一人にするな!ほんと、どうしたらいいか解んないから!そんな胸中で、暴れるヤチャを抱えて俺は森へと走った!後ろからは必殺技っぽい音とかが聞こえてきたけど、そんなことには見向きもせず、俺は全力で逃げ出した!


 師匠たちの戦闘音が届かない場所までくると、俺は岩陰に隠れてからヤチャを解放した。その頃にはヤチャも少し冷静になっていて、彼の目からは涙が零れていた。


 「お師匠様……くっ」

 「いや、ここで師匠が死ぬと決まったわけじゃないから……な?」

 「……そうだっ。お師匠様が、簡単にやられるわけがない。必ず、また会えるはずだ!」


 泣いていた表情から一変、ヤチャは目に決意を露わにした。その時、近くの草むらから何かが飛び出し、俺たちは心臓が破裂しそうな勢いで仰天した。


 「な……なんだ。ただのキラーうさぎじゃないか。驚いたぞ」

 「え……あれ、安全な生き物なの?」


 長い牙の生えた二足歩行のウサギらしきものを見て、ヤチャは安堵の息を漏らしている。ヤチャの反応通り、うさぎさんは俺たちに構わず立ち去った。俺が岩に背を当てて座り込むと、そこでヤチャは何か思い出したように立ち上がった。


 「そうだ!運命のペンダント!」

 「……さっき、師匠が投げてくれたやつか。それなんなの?」

 「いや、ボクも見るのは初めてだ。でも、話に聞いていたものと似ている!まちがいない!」


 話の流れから察するに、何か物語のキーとなるアイテムと見て間違いない。俺は正座の姿勢でヤチャの話に耳を傾けた。


 「このペンダントに選ばれたものは、己の運命と向き合う中で、秘めたる力を会得できるそうだ……と、お師匠様が言っていた。ペンダントに選ばれるため、ボクたちは修行していたんじゃないか」

 「へえ」


 のぞきこんでみる。すると、ペンダントは黄金色に輝きながら浮きあがり、俺の首から下がる形で音もなく装着された。


 「……ペンダントが……そうか。テルヤが……テルヤが、選ばれし勇者だったのか!」

 「まあ……一応、主人公……」

 「主人公?なんの話?」

 「いや、気にしないでくれ。それより……そうだ!これで何か、強力な技とかが使えるようになるのか?」

 「いや、ボクも知らない……ッ!テルヤ!あぶない!」


 そこまでは君も知らないのか……そう落胆したところで、ヤチャが俺の背後へ飛び込んだ。


 「ぎゃあああああぁぁぁぁ!」

 「ヤチャ!く……!」


 何者かの攻撃を受けたヤチャは地面をえぐりながら、10mほども吹っ飛ばされたのだ!助けに行こうにもビビってしまって足が動かない!しかし、なんとか俺は敵の姿へ目を向けた。


 「勇者……こんなところにいた!ワルダー様の命令!ころす!ぶひひ」


 俺の背後にはブタのような顔をした化け物がおり、そいつはブヨブヨとした緑色の太い体ながらも、なんとか二本の足で起立している。手には巨大な棍棒らしきものを持っていて、その一撃がヤチャを吹き飛ばしたのだろう。そんな詳細はさておき、決して安全な生き物ではない事だけはハッキリと解った!


 後ずさりしながらヤチャを見ると、彼は先程の攻撃によって白目をむいたまま倒れている。全力で逃げれば俺だけでも助かるかもしれない……いや、相手の体格は俺の1・5倍ほどもある。残念ながら、俺には足が速いという設定はない。逃げ切れる見込みは薄い。


 それに今、ヤチャを失ってしまっては目的地すら見当がつかない。なにより、バトルマンガの主人公が、傷ついた仲間を見捨てて逃げるのはいただけない。俺は震える足にムチ打って、なんとか体を動かした!


 「勇者、しねぇ!」


 ヤチャの方へ走り出そうとした俺に狙いを定めて、ブタの化け物は棍棒を持ち上げた。それが振り下ろされる……その瞬間、俺の胸についているペンダントが光り輝いた。


 『……勇者テルヤは第一の力・選択肢に目覚めた!』


 ……目の前に四角い枠が表示され、謎のメッセージがつづられている。信じられないことだが今、世界は時間を止めている。振り上げられた棍棒も空を切らない。当然、俺の体も動かない。しかし、思考だけは働く。先程の『勇者テルヤは……』うんぬんの文言が消え、新たな文章がウィンドウの中に表示されていく。


 『敵が棍棒を振りおろしてきた……』


 そ……そうか!このピンチに際して、恋愛アドベンチャーゲームの主人公としての俺の能力が、ペンダントによって引き出されたのか……と都合よく解釈した!


 そして、『第一の力・選択肢……』と、さっき表示されていた。つまり、この状況を打開できる行動が今から表示されるはず!俺はワラにもすがる思いで、なすべきアクションが提示されるのをじっと待った!


 『その時、テルヤは……』


 さあ、こい!なんの手違いで、この世界に飛ばされたのかは知らないが、こんなところで物語を終わらせるわけにはいかない!絶対に、生き延びるんだ!


 選択肢『1.相手の胸をもむ』『2.相手の尻をもむ』


 「……」


 『どっちを選ぶ!』


 え……えええ?


                                第二話に続く


Copyright(C)2017-最中杏湖

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― 新着の感想 ―
[良い点] 衝撃のラストすぎますね。 これは名作の予感!!!
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